デートしました 中編

 空を飛ぶこと三十分。ジークハルト様や魔物たちと話しているうちに着いた。

 気を使ってくださったのか乗り物酔いのような症状など出ることもなく、快適な空の旅だった。旅というにはとても短い時間だったけれど。

 上空も綺麗な青空が広がっていて、ジークハルト様や護衛の騎士たちの鱗が太陽の光を浴びて輝き、とても綺麗だった。空と一体になったドラゴンは、言葉にするのが難しいほど、優雅で綺麗で素敵だったのだ。


『まさか、空を飛べるとは思ってもみなかったわー』

<ボクもないよー>

《儂はまあ、風に乗って移動したことはあるかのう》

「私も初めてです」


 魔物たちとそんな会話をすれば、ジークハルト様も『寒くないか?』と聞いてくださる。寒くないし快適だと答えれば、嬉しそうな声がしてくる。


『そろそろ到着する。俺がいいというまで、そのままでいてくれ』

「わかりました」


 窓から光を反射した湖が見えてくる。他にも色とりどりの何か――お花だろうか? それらや草地、鳥が群れをなして飛んでいるのが見えた。

 飛ぶスピードが落ち、ゆっくりと地面が近づいてくる。籠が地面に下ろされたのか、軽い衝撃があった。

 外から鍵が開く音がして、ジークハルト様が顔を出す。


「ミカ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。とても快適でした」

「そうか」


 嬉しそうな顔をしたジークハルト様に、私も微笑む。立ち上がってコートを脱ぐと、畳んだブランケットの上に置いて外に出た。

 魔物たちも外に出ると本来の大きさになり、キョロキョロと周囲を見回している。ジークハルト様が「ここは冒険者が来ないから、魔獣がいるかも知れん」と言うと、魔物たちの動きが止まった。


『あらら。ミカ様~、ちょっと周囲を見回ってくるわね』

「お願いしてもいいだろうか」

『いいわよ~。誰か一緒に行く?』

<じゃあ、ボクが行くよー>

《では、儂はミカと一緒にいることにしよう》

「すまない、頼む」


 ジークハルト様の言葉に魔物たちが頷き、森があるほうへと歩いていく。それを見たジークハルト様が騎士たちに指示を飛ばし、周囲を警戒している。私は騎士たちに護られながらも平らになっている草のところにシート代わりの厚手の布を敷くと、風で飛ばないように、四隅に石を置いた。

 周囲を歩いて見回したいのだけれど、魔獣の動きによっては散歩もしないで帰らなければならないので、おとなしく布の上に座っていた。


《ミカ、魔獣避けの草は持って来たか?》

「いいえ」

「俺が持って来た」

《ふむ……。なら、誰かに火を熾してもらい、それをくべておくのがいいじゃろう》

「そうしよう」


 ジークハルト様の言葉に、すぐに騎士たちが動いて焚き火の用意を始める。薪は森の中にあるからそこから拾い、【生活魔法】であっという間に火を熾し、魔獣避けの草をくべていた。

 しばらくたつとミントのような香りがあたりに漂い始める。魔獣避けの草とは何か聞くと、その名の通りある程度の強さの魔獣を回避してくれる草で、冒険者は野営などに必ず使うのだとか。

 ただ、ある程度なので、本当に強い魔物は避けられないそうだ。


 そんな説明を受けている時、遠くで獣の咆哮が聞こえた。


「なんだ?! 警戒せよ!」


 ジークハルト様の言葉に全員が警戒し、アレイさんも私の頭から下りて腕を上に上げている。私はそのまま敷物の上にいるように言われた。

 しばらくそのままでいると、シェーデルさんとナミルさんが戻ってきた。しかもシェーデルさんのその手には白い毛皮の大きいなにかと、ナミルさんは茶色い何かを咥えている。


《ほう、ホワイトベアとボアか?》

『そうよ。毛皮に傷をつけてないから、何かに使えるわよ~』

<ボクのほうはお肉かなー? ミカお姉ちゃん、食べていい?>

「なんと……! よし、血抜きと解体の用意をしよう」


 ミカは見るんじゃないぞと言われたのでそちらを向かず、何を始めるのか聞いてみると、血抜きをすることでお肉の臭みが取れ、食べても大丈夫になるのだとか。その後解体してお肉と毛皮にし、有用なのは冒険者ギルドに売ったり王宮で使用するそうだ。

 ただ、見るなとは言われたけれど、血の匂いというか鉄の匂いというか、それはどうしようもないので仕方がない。それを我慢していると湖から風が渡り、その匂いを押し流してくれたのでいくらかホッとする。

 そのまま足元に咲いている勿忘草わすれなぐさに似た花を眺めたり、きらきらと陽光を反射して光る湖から跳ねる魚、岸辺に水を飲みに来たらしい鳥を見たりしているうちに終わったのか、ジークハルト様に「もういいぞ」と言われた。


「結局、どのようにするのですか?」

「ホワイトベアの毛皮は俺が持って帰ることにした。これでミカにコートを作ってやろう」

「お肉や内臓はギルドに持って行くのです。特にベア種の内臓は薬になりますから」

「ボアはこの場で食べるとする」

「焼いている匂いで、魔獣が寄ってきたりしないのですか?」

<ボクが結界を張るから、大丈夫ー>


 ジークハルト様とギルさん、ナミルさんの説明に苦笑し、ベア種はコートにしたり薬にしたり、ボアは料理にしたりするのか……と内心溜息をつく。お肉の準備などは他の騎士たちがやってくれるというので、ジークハルト様とアレイさん、シェーデルさんを連れて歩き始める。ナミルさんはお肉をもらうのと騎士たちの護衛、結界維持も兼ねて、残るそうだ。

 アレイさんは私の頭の上に、シェーデルさんは後ろからついて来ている。遠くから鳥の声がしたり、足元に咲いている野花の説明をジークハルト様や動植物に詳しいらしいアレイさんに説明してもらったりしながら、ゆっくりと歩く。

 今日はワンピースを着ているけれどドレスのように重たいものではなくて、とてもシンプルな形の、この世界にある市民が着るようなデザインのものだ。ジークハルト様は、今日はシンプルにシャツとズボンに似たトラウザースを着ていた。当然ではあるけれど、腰には剣もぶら下がっている。


「風がとても気持ちいいです」

「そうか、それはよかった。ここは王都や周辺の街や村の水場にもなっていてな、ここから流れてくる水はとても美味しいのだ」

「まあ、そうなんですね」


 湖から流れてくる川の水がとても澄んでいて、そのまま飲めるという。この湖から流れ出た川で獲れる魚も美味しいのだとか。父にお願いして、取り寄せてもらおうかしら。

 雑談をしつつある程度歩き、元の場所に戻ってくる。するともうお肉を焼き始めているのか、お肉の焼けるいいにおいがしていた。

 お昼にはまだ少しだけ早いけれど、ジークハルト様が「食べたい」というのでお弁当の用意をし、ジークハルト様と魔物たちには自作のお弁当を、騎士たちにはおにぎりを渡した。せめてものお礼として用意したのだけれど、これはこれで正解だたようだ。

 交代で警戒と食事をして、和気藹々わきあいあいとしながらジークハルト様も楽しそうに騎士たちと話をしている。とても仲がよさそうにしていることから、普段からも仲がよく、信頼関係を築けているのだろう。


「ふふ……。美味しいですか?」

《おお! 美味しいぞい》

『ええ』

<美味しいよー>


 騎士たちがボアのお肉をくれたので、それを食べる。ボアという名前から猪を想像したのだけれど、豚肉に近い味だった。それでもこれは美味しくて、シンプルな味付けではあるものの、とても味わい深いお肉だった。

 ま、まあ、ナミルさんは焼いたものではなく、生のお肉を先に食べているのだけれど……。


 食後に自宅から持って来た紅茶を淹れて全員に配り、それを飲む。今日はセイロンに似た味の茶葉にレモンを浮かべただけの、簡単なレモンティーを用意した。

 まさかレモン――リマウを浮かべるとは思っていなかったのか最初は戸惑っていたけれど、私や魔物たち、ジークハルト様が普通に飲んでいたことから、騎士たちも飲んでくれた。お肉を食べたあとだから、口がさっぱりするかと思ってそうしたのだけれど……相好を崩して飲んでいることから、騎士たちも気に入ったようだった。


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