閑話 魔獣大暴走(モンスター・スタンピード)のようだ
「報告を頼む」
騎士たちや魔術師たちの団長や師団長たちに集まってもらい、監視していた魔術師からの報告を聞く。
発生した場所は西の森で王都からだと馬車で二日かかるところにある。だが、竜体だと一時間もかからずに行ける場所にあるので、先に一個大隊を向かわせ、森の周辺にある村や町の住民の避難と結界を張るよう、担当地区の部署である第五師団長に指示を出した。
それから話を聞いているのだが。
「十年前に討伐しているので、規模はおそらくそれほど大きなものではないかと」
「だが、油断はできない。そろそろ魔森林や東の森も怪しいですしな」
魔術師団長の言葉に、東の森の担当部署である第四師団長も懸念を示唆している。
「他の森の動きはどうだ?」
「少し活発になって来ているのは南のほうでしょうか。ですがこちらは今、野生の
「ふむ……。それでも警戒は怠るなよ。冒険者といえど、民に犠牲が出るのは忍びない」
「はっ!」
それからいくつかの確認事項をして出発は明日の早朝とし、準備を早急に進めるように指示を出す。一部準備ができたものに関しては第五師団が先に行き、第二から第四までは念のため担当の森を見回ることと、警戒を怠るなと指示を出す。
冒険者ギルドと商人ギルドにも警戒するように連絡をするよう伝え、王都に来るとは思えないが第一師団にも王都周辺を警戒しろと告げて解散となった。
王都は第一師団が担当していて、魔森林は各師団から選ばれた者が担当している。近衛はまた別だが。
アイゼンとアルにも手紙を送り、明朝俺と一緒に西の森に行くように告げる。正直な話、二人がいるかいないかでは戦力がかなり違うからだ。
彼らが来るまでは、毎回かなりの数の犠牲者が出ていた。だが、彼らが参加するようになってからは、怪我人は出ても死者は一人も出ていない。
彼らが特別なのか、戦力的に楽になったのかはわからない。だが、死者が出ていないことは確かだったし、戦闘能力が上がっているのも確かだった。
そして翌日、彼らはミカに作ってもらったと思われる服を身につけ、王宮に来た。俺もミカに作ってもらった服とタグを服の中に入れ、準備をしている。
(ミカ……俺たちを護ってくれ)
必ず殲滅して、怪我をすることなく帰ると決意し、「出発!」と合図を送って竜体になると、西の森へと移動を開始した。一時間もたたずに到着し、すぐにヒト型になると師団長が寄って来た。
「殿下!」
「状況を説明せよ」
「はっ!」
師団長の説明によると、たまたま数組のAランク冒険者が依頼で来ていたため、森の周辺にある村や町にはまだ被害は出ておらず、怪我人もいないとのことだった。その冒険者にも話を聞きたいと言うと連れて来てくれたので、どのような魔獣がいたのか話を聞いた。
「主にレッドホーンディアとレッドベアでした」
「レッドホーンディアとレッドベアがいたのか……。そなたらは怪我などしておらぬか?」
「はい。ただ、今回は毒を持っている魔獣が多いようで、毒消しポーションを多数消耗しました」
「ふむ……」
毒持ちの魔獣は厄介だ。ちょっと掠っただけでも毒に犯されることがあるからだ。特に、毒持ちのレッドホーンディアとレッドベアは厄介だった。
毒がなければ強いだけの魔獣だ。倒すことができれば、その全てが金銭となり、何かしらの材料となるからだ。毒持ちも、毒腺さえ取り除いてしまえば、通常よりもいい値段となる。
師団長を呼び、彼らに毒消しと傷を治すポーションを分け与えるように頼む。まだ森にいたいと言っていたがそこは我慢してもらう。
だが、彼らにも生活や依頼達成の目的があるため、
たとえAランク冒険者といえども、
俺が冒険者たちと話ている間に準備が整ったようなので小隊に分け、四方から攻めることにする。といっても、アルとアイゼンは単独でも危なげない戦闘をするので、一部不安な小隊に組み込んだり、俺のところに入れたりする。今回は二人を分け、俺の両隣から攻めるように指示した。
警戒しながら、森の中心に向かって歩き始める。魔獣を見つけたので、【光魔法】を放つ。
「【ライトニングアロー】! ……なに?」
いつもなら軽く痺れさせるだけの魔法だが、今回は違っていた。確かに痺れているのだが、今回は魔獣が全く動けないようになっていたのだ。
何が原因だろうか……そう考えた時、ミカの護衛となった
確かに今回、この服とタグを身につけているおかげなのか、いつもより体が軽く感じる。
(まさか……)
もしや、その逆もあり得るのではないのだろうか? そして、ミカが俺を護ってくれているのだろうか。その理由をあとで聞かねばならないが、今やることはひとつだけだ。
いつものように俺が魔獣を痺れさせ、他の騎士たちが魔獣を攻撃する。いつもなら何回も痺れさせて狩るのだが、今回は一回痺れさせただけで狩ることができた。
「殿下、腕をあげましたね」
「いや……多分、これは……」
ミカのおかげだろう、という言葉を呑み込んだ。ミカが【白】を使えることは、この場にいる者たちに伝えていないからだ。
なんでもないと言葉をかけ、慎重に森の中を歩く。反応があった場所である中心に向かうほど、魔獣の数が増えて行く。
いつもの
ああ、神よ……ミカと出会わせてくださったことを、感謝いたします!
ミカがこの世界に来たから戦闘が楽になったのかも知れないし、本当に俺の技能があがったのかも知れない。だが、それでも俺はミカに会えたことを、婚約者となってくれたことを感謝する。
その時、ミカから感じる柔らかい魔力が俺を含んだ周辺に拡散する。そこから出ていたのは、白い光だ。
「殿下!」
誰かが叫んだ声がしたが、それと被るようにガキン! と甲高い音がした。その方向を見れば、複数のレッドベアが腕を振り上げた状態で止まっていた。どうやら襲われたようだった。
「これは……!」
白い光は結界に近いが、明らかに違う。ミカがかけた広範囲の【ライトウォール】だと思い至った時、すぐさま【ライトニングアロー】をレッドベアに放つ。
範囲内に入っている者たちは突如現れた光の壁に呆然としていたが、レッドベアがこちらに攻撃できないとわかるとすぐに顔を引き締め、痺れさせた魔獣から討伐していく。
全ての魔獣を倒し、怪我人がいないか確認すれば、誰一人欠けることなく、その場に立っていた。
「殿下、その、魔法は……」
「……今は話せない。城に帰ったら説明する。今は大暴走を収めるのが先だ!」
「はっ!」
話すにしても、アイゼンに許可を取らねばならない。内心頭が痛いと思いながらまた進むと、剣戟と大きな影が見えた。
「グラナート! それ以上は近寄るな! ドラゴンゾンビだ!」
「な……っ!」
「僕と親父でやるから、全員下がらせろ!」
「わ、わかった! 全員一旦下がれ! アルとアイゼンの邪魔をするな!」
俺の号令に、戦闘に邪魔にならないよう騎士たちを下げる。視線の先では、アルとアイゼンが戦っていた。
《セイジョ……セイジョの気配ガスル》
「聖女はもういない、天へと帰った! だからお前も、聖女の元へと帰れ!」
それは、この世界に伝わる神話だった。但し、それは事実だと、『色付き』の蜘蛛とスパルトイ、サーベルタイガーから聞いていた。
「これをやる!」
アルが銀色のものを投げた。おそらくタグなのだろう……そこからもミカの魔力の波動が伝わってくる。
《セイジョノ気配!》
「これで、終わりだ!」
《ギャアアァァーーー!》
ドラゴンゾンビがそのタグを飲み込むと、中から白い、柔らかい波動を放つ光が立ち上った。それは、ミカが俺にかけてくれた、【
そしてそこにアルとアイゼンが【サンダーボルト】と【サンダーレイン】を浴びせかける。その威力は、いつもよりも上がっていた。
それを浴びたドラゴンゾンビは悲鳴をあげ、骨すらも残さずに崩れて行く。
そして周囲が静かになり、灰となったものは白い光とともに天へと上って行った。
「……ふう。弱点がゲームと同じで助かった」
「アル、アイゼン、大丈夫か?!」
「ああ、大丈夫だ」
アイツのおかげで助かったと、周囲を警戒しながら話すアル。事情を知らない者がいるからこそ、ミカの名前を出さなかったのだろう。
「とりあえず、しばらくは大丈夫かな」
「ああ。まさか、ドラゴンゾンビがいるとは思わなかったが」
「確かにな」
アイゼンも警戒しながら俺に近寄ってくる。怪我人がいないか確認し、拠点にしている場所に戻った。その途中で先ほど起こった出来事と、アイゼンにミカの名前を出さず魔法のことを話していいか問えば、却下されてしまった。
「誰も納得しないと思うが」
「そうですな。ですが、そこは私に話させていただけますかな? 策がありますので」
「そうか……アイゼンがそういうのであれば」
きっと何か事情があるのだろう……ミカのことを話せない、何かが。
確かにミカのことを話して、強引に神殿に連れて行かれても困る。まあ、『色付き』の魔物たちとアイゼンとアルがいる以上、困ったことになるのは神殿のほうなのだが。
そろそろ神殿の改革をしなければならないところまで来てしまっているのかも知れない……そう考え、一度、『色付き』たちに話を聞き、陛下や重鎮たちに話をしようと決めた。
そして各村や町を回り、
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