第71話 ブリーフィング


「―――二週間前、第72師団隷下第14旅団所属のアルファ中隊が旧33セクターのアステロイド領域の定例偵察任務中に突如一斉にシグナルを消失。我々は幾つかのアルファ中隊捜索部隊を派遣したが、その捜索部隊の何れもある一定のこのアステロイド支配領域から同時に全て消息を失っている。原因は不明、その消息を失った区間は通信環境が依然として劣悪でありこちら側からは詳細な通信記録を回収できていない。この案件は我々の手に負えない緊急の事態と判断し、中央イニシエーター協会に即応の救援要請を出した。そこで先日イニシエーター中央派遣部隊が到着したわけだが、消息を絶ったアルファ中隊や捜索部隊の通信記録を直接回収に向かわせるも、失敗した......。イニシエーター中央派遣部隊までもが行方不明になった。今ここに居るオペレーター達は元々は中央派遣部隊の専属オペレーターだった者達だ、バイタル記録に関しての詳細は後に専属オペレーター達から説明してもらう」


 ダンボリス准将は作戦計画立案以前の経緯を簡潔にレイシア隊に説明する。


「失踪した部隊の捜索に向かわせた部隊までもが行方不明、更には即応のイニシエーター部隊までもが消息を絶つとは。まさしく木乃伊取りが木乃伊になるって言葉がここまで当てはまる状況もそうないな......」


 レイシア少佐は頭を抱えた様子でそう言う。


「イニシエーター部隊が壊滅......?したという認識でいいのでしょうか。となるとイニシエーター消失は協会においてもかなりの重大案件のはずですよね......。しかも尚更中央のイニシエーター部隊となるとエリートのはずですし......」


 ミル中尉はそう投げかける。


「そう、だから貴方達は呼ばれた」


 ミル中尉の投げかけにマギはそう返す。


「そういう聞こえはいいけどさぁ、厄介者を新たな使い捨て要員として左遷させただけのようにも思えてくるのよねー」


 レフティアはそう気だるげな話し方でマギに返す。


「いやいや、だとしたらそれはそれで別の人材を用意してますよ。あなた方を威力偵察で使い捨てるような勿体ない真似、私には出来ません」


 マギはきっぱりとそう言葉を返し、レイシア隊はマギを引いた目つきで見る。


「で、肝心の派遣されたイニシエーター部隊の戦力は如何程でしょうか」


 レイシア少佐がダンボリス准将に目を合わせてそう問う。


「うむ、即応で派遣されたイニシエーター部隊の構成はプレデイト級イニシエーターであるベスタティーヌ中佐が率いるマスタリード級3名、セシル級5名。協会直属護衛隊一個中隊だ」


 ダンボリス准将の話したその部隊の構成内容にレイシア少佐は多少の驚きを見せる。


「高級の護衛隊一個中隊にプレデイト級が率いるイニシエーター部隊ともなると、なかなかの戦力だ。彼らがその戦力で仮にも壊滅したとはとても考えにくいが......」


 レイシア少佐のその言葉にダンボリス准将の傍にいたオペレーターの一人が前へ出てくる。


「―――いえ、それが......」


 そのオペレーターはそう言うと、手元のタブレットを操作しボードにバイタル信号の可視化データを表示させる。


「非常に申し上げにくいのですが......、その......。部隊は壊滅したと思われます......」


 オペレーターがそう言うと、ボードからバイタル信号の記録と戦域マップが表示されながら途切れ途切れの音声記録が流れ始める。

 だが音声はノイズが酷く殆ど聞き取れるものではないが、バイタル信号消失のタイミングで流れる悲鳴と思わしきものだけは何となくと聞き取ることは出来る。


「ある地域を境に急激にバイタル信号が連続的に途絶し、また一定間隔を開けてまた途絶していっています。これは仮想的にマップ上にバイタル信号を元に陣形を再現したものです、シミュレーションで撤退陣形を想定し消失した護衛隊のバイタル信号の記録を照合すると、部隊が撤退戦を強いられていた確率は凡そ88%という試算です」


 オペレーターはボードに表示された仮想の陣形に指を指しながらそう説明する。


「なるほど、その凡そ一定間隔で信号が消失していってるのはイニシエーター部隊の『しんがり』が倒されるのを繰り返しているという見方か。とすると全く敵に歯が立っていないという事だが......」


 レイシア少佐は頭を悩ませる。


「うーん?その団集団から幾つか離れている点滅した信号はなんなんだ?撤退している集団?からはどんどん置いてかれているように見えるが」


レオはボードを見て、散財しているまとまりのないイメージ映像化されたバイタル信号についてそう話す。


「あぁ......これは......。おそらく対人光学拡散砲の影響かと......」


レオの問いにオペレーターの1人が口を開く。


「対人光学拡散砲......?」


レオにとってその言葉は聞き慣れのない単語だった。


「機械軍種別、オルドアステロイドの後継機。スプラミュッタ・NアサルトII型の標準装備です。生物系をより残虐的に損傷させることに重きを置いた装備群の一つで、殺害を目的としていません。その為ボード上の様にその兵器の影響による負傷兵を回収できない本隊がまるで散在した兵士を置き去りにしているように映るのです。通常は衛生チームが回収するのですが......この状況下ではそれすら機能していないという事を表しています」


ミル中尉がそう答える。


「そうだとしても、現状でイニシエーターが対抗できない機械種なんて聞いたことがないわよね。ていうか少なくともここ数百年はそんなことはあり得なかったはずだけど?新型の機械種ってことかしら?にしてもプレデイト級が撤退戦を強いられているなんて余程の敵という事になるけど」


 レフティアはレイシア少佐の言葉に被せるようにそう言う。


「あ、あのー......」


 一人が発したその声に場の人物たちは一斉にその者へと視線を向ける、その声の主はレオだった。


「どうしたのレオ君」


 一番最初にレフティアが反応する。


「いやぁその、無知で申し訳ないんですがその『ぷれでいと?』だの『ますたりーど?』だのってなんなんですか......?」


 レオは恥ずかし気な様子でそう質問する。


「え?そんな事?」


「はい......」


 レフティアにそう返されるとレオは頭を軽く下げる。


「まぁそうか、知らなくて当然ではあるな。この際丁度いいから軽く説明しておくが、我々イニシエーターにも軍隊階級とは別に独自の階級が設けられている。『プレデイト級イニシエーター』はその中でも最上級のクラスで、要はエリートだ。その下にオールド特殊クラス、『マスタリード級』、『セシル級』と続いている」


 レイシア少佐はレオにそう簡潔に説明する。


「な、なるほど......。いまいちどんぐらいすごいのか想像がつかないですけど......」


「物差しがなければ当然実感などわかんだろう、私やレフティアを階級で言うのなら私は『セシル級』にあたり、レフティアは『マスタリード級』に相当する」


「えっ、レイシア少佐でセシル級......、レフティアさんでマスタリード級って......。プレデイト級バケモンじゃないすか!!!」


「まぁ概ねその通りだ、レフティアはともかくとして私なんかより遥かに実力のある持ち主連中だ。だから尚更私はこの事態に納得がいかないのだ」


 レイシア少佐の説明に、レオはレイシア少佐やレフティアを上まる強者の存在など到底信じ難いものであったが辛うじてそういうものだと理解する。


「あっちなみにあたしも少佐とおんなじセシル級だよ~、そこのジェディ捜索隊長もセシル級~」


 ロップ中尉はジェディ隊長と呼称する人物の方に指を指しながら話に割り込む。


「YO!よろくしなぁ!!!れいしあ隊しょくぅん~!!!」


「えっ、そうなのか......」


 そのジェディと呼ばれた人物のあまりに場のテンションと剥離したその様子にレオは目を白黒させる。


「ん?なんだと。彼が捜索隊の隊長なのですか?」


 レイシア少佐は驚きを隠せない様子でダンボリス准将にそう聞く。


「えっ、あぁまぁそうだが......。ジェディ大尉は元々この戦域の地政学調査官だ。彼以上に適任の人物はいない」


「ちょちょちょ!『なんだと』ってそれぇひどすぎんよぉレイシア少佐ぁ!俺はYO!これでも立派なイニシエーターの戦士なんだけどぅーなぁ!」


 ジェディは謎に満ちた決めポーズをしながらレイシア少佐にそう言う。


「あはは......、なんかこの辺のイニシエーターさんって何ていうか......あたまがおか......こ、個性的......なんですね!」


 ミル中尉は顔を引きつらせながらそう言う。


「およおよリゾート気分のビキニ娘にお調子者の捜索隊長がお仲間とはなぁ、心強いぜぇーまったくよぉ」


 ゼンベルはあくびをしながらそう言う。

 するとダンボリス准将は咳ばらいをして話を戻す。


「とにかく、要は今回の作戦はアルファ中隊の捜索、及びアルファ中隊捜索部隊の捜索、そしてアルファ中隊捜索部隊を捜索していたイニシエーター部隊の捜索。という事になる」


「いや、ややこしいなおい」


 レオは思わず突っ込み言葉を口にする。


「だが先ほどもレイシア少佐が言ってくれていたように、プレデイト級までもが仮にやられたとなると我々は相当な覚悟を以てして今回の作戦に挑まなければならない。その為の捜索部隊の編成はこちらで数日内に完了させる予定だ」


「あら、まだ終わってないんだ」


 レフティアはそう言う。


「申し訳ないが、こちらも師団内選りすぐりのメンツを選出して都合をやり繰りしている最中でな。また、中隊規模以上は作戦行動に支障きたす恐れがある事から小隊単位での作戦任務とする」


「ふーん、まぁでも別に要らないんじゃない?この際人間の部隊なんて」


 レフティアはそう言うと、場に凍てついた空気が滞る。


「まぁ、そう言うな。いざ交戦となればレイシア隊諸君が表立って戦う事になるだろうが、それで簡単に壊滅させられては困るのでな。レイシア隊捜索部隊の編制なぞ私はしたくはない。我が軍閥、ポルトリード軍会のメンツも保たねばならない。すまないが最善のバックアップは取らせてもらう」


「ふーん」


 ダンボリス准将の言葉に、レフティアはいなすような反応を示す。


「それでは作戦計画『アステロイド領域辺境調査』のブリーフィングは以上とする、なお本作戦は名目上はただの辺境調査となっている、中央イニシエーター部隊の消失は協会との協議の結果、現段階では大っぴらの事案にはしないとの事だ。留意するように、ではレイシア隊諸君は軍備を整え次の指示を待て。あとミーティア・ミルクォーラム中尉は本作戦おもって指揮系統のオペレーター部隊に臨時配属とする。では改め―――」


 ダンボリス准将がそう言い閉めようとしたその瞬間、テントの外から一人の共和国軍兵士が息が上がった様子で駆け込んでくる。


「―――ダンボリス准将!!!緊急のご報告です!!!」


「どうした、呼吸を整えて報告せよ」


「はっ!南部統合方面軍参謀本部より統括指揮官ガルガン・エスタール大将閣下が第5前哨基地にお見えになられました!」


 その兵士の言葉に場の多くの人間の顔に動揺が走る。

 その中でも特にマギは、不愉快そうな表情でその報告を聞いていた。


「むぅ?何かの悪い冗談か?」


「いえ!!!もうすぐおそばに......!!!」


「―――おっ、いたな。マギよ、ワシが貴様の邪魔をわざわざしにきてやったぞい」


 共和国軍兵士が報告を告げたそのわずか後、その兵士の背後から物々しい気配を放ち大量の勲章を身に着けた一人の人物がテント内に堂々と進入してくる。

 それに続くように護衛のイニシエーターと思わしき二人の人物が、先ほどの人物に負けず劣らない重厚な装飾や勲章が施された様子で場に姿を現した。

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