第63話 人外の楽園③

 ミステリアスな雰囲気を醸し出すマギとのやり取りを終え、レオは再び『楽園』と呼称された幽閉施設へと出戻っていた。

 彼女との会話を経て、レオはマギに対してどこかその優しさのような包容力のような物とは裏腹にどこまでも冷徹で残酷な一面も感じ取っていた。

(あの人と話す時のあの妙な緊張感はなんなのだろうか、まだどんな人なのか分からないがまぁでも悪い人ではないだろう。それに、綺麗な人だった......)


 相変わらず幽閉施設の中の様子は以前変わりなくダラダラと生気を感じさせない少女たちが過ごしている、その中ただ一人。

 セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメだけはレオに待ち焦がれた眼差しを熱烈に送る。セツギンはレオに手招きするように手を振り、例のコタツへと誘う。


「あやつとなんの話をしておったんじゃ?」


 セツギンはそう聞くと、手元の茶を丁寧に啜る。


「あぁ、実はここを数日で出してもらえることになってな。ある依頼をこなすことを条件に......」


 レオはコタツに肘をつけ顔を手で支え、どことなく辺りをなんとなく見渡す。


「ほう?それはまた急な話じゃの。いきなりやってきたと思うたら今度は急にいなくなってしまうとな?マギがお主をここにわざわざ収容させた意図が見えてこん」


 セツギンは腕を組みながらそう言う、レオはその事に特に気を掛ける事もなく静かに沈黙する。

 考えてもどうせ分からないと言わんばかりに。


「ふーむ、ところでお主。なにができるじゃ?」


 セツギンはレオに強く関心を寄せ、興味津々な表情でレオに問う。


「あー、それは......」


 レオは今一度、自分に何が出来るのかを整理するように思考を巡らす。

 そしてセツギンに対し、ベルゴリオのソレイスや、アイザックの銃タイプのソレイスをそれぞれ手の平で顕現させるとそれを披露する。

 そしてこれらはオリジナルの複製物であり、オリジナルと同じ能力を遜色なく発揮できる事や、何度も呼び出せること、そして新たに複製物を増やせる事も教える。


「ふむ、なんじゃそれだけか?確かに原則としてディスパーダ共はソレイスと使い手それぞれ一対としての関係を持っておると聞くが、それにしても地味じゃのー。それが周りが騒ぐ特異性だとでもいうのかの?」


「いや、特異性とやらに関してはその能力が本題じゃない。多分、不死性の方だと思ってるんだ......」


「不死性じゃと?なんじゃそれは。お主死なんのか?今どき死なん奴などその辺にゴロゴロおるじゃろが」


「いや、俺の場合は本当に死ねないんだ。普通とは違う、俺に再生能力はない」


「ふむ?再生能力がないならそのまま朽ちるだけではないか」


 ギンセツは心底不思議そうな表情で指を頭に当てながら、レオの話を聞き入れる。


「俺の場合は、その......。死んで初めて生き返ることが出来る、その時に今まで背負っていた傷や怪我が綺麗さっぱり治ってるんだ......。俺はこの数十年間の間それに気づくことはなかった、普通は死なないもんな。人間って......、死ななきゃ気づけないなんてな......」


 ギンセツはそれを聞くと、多少驚いた様子でレオを見る。


「......ふむ、なるほどの。どうりで......お主が世界中が求めた真の不死者なのか」


 セツギンはレオにどこか懐かしみさを抱くように思い老ける、そして全てに合点がいったのかどこか澄んだ顔つきで虚空を見つめる。

(しかし、なぜこやつが選ばれたのかの。特に変わり種と言った印象もなかったが、それに例の複製能力とやら、まさかとは思うが......)


「まぁ事情はよー分かったわ、というかお主。せっかくの複製能力で出せるのがそれだけっていうのはちと味気が無さすぎるのではないかー?もっと他にあるじゃろ?面白いもん」


「いやそうは言われても......、本当にこれだけ......。いや、なにか引っ掛かるな」


 レオは確かに記憶にある限りの物は出したはずだった、しかしその違和感は拭えずに体にこびり付いている。

 記憶にないはずの重量や形態を体は記憶しているような、レオはそれの再現に無意識に挑んでいた。

 両手を前に何かを支えるかのように差し出す。

 すると、あっさりとその正体をレオは目の前に顕現させてしまった。

 人の手には余りに巨大なそれは現れた瞬間、質量を持つとレオの手の支えを無視して大きな音を立てて机上に落下する。

 コタツの周りに居た少女たちはセツギンを含め驚愕した様子でそれに視線を集めた。


 大きな鎌だ、どこかで見たような禍々しいという言葉では言い表せない程の壮厳な雰囲気を醸し出す巨大鎌。

 レオは確かにこれをどこかで目にしたことが確実にあった、それは徐々に蘇る記憶の末に解明する。


「―――黒滅の四騎士の、武器だ......」


 レオはそう囁くと、辺りには沈黙した空気が漂う。

 しかしそれは束の間。二本の槍を抱くようにうずくまっていた一人の少女、イズ・ラフェイルは凄まじい剣幕でそれが現れた瞬間、レオに敵対心を剥き出しにする。


「―――よん......きし......。四騎士......!、四騎士だあああ!!四騎士がいるうっっ!!」


 イズ・ラフェイルは突如そう叫ぶと、一心不乱に二本の槍を以てレオを串刺しせんとばかりに急接近する。

 レオはそれの余りの速さに反応しきれず、身を無防備に曝け出していたままだった。


 しかし、イズ・ラフェイルの行動に逸早く悟ったセツギンは瞬時に自らの武器である異様な装飾が施された妖剣を右手で虚空から取り出し、レオの前にその身を挺す。

 矛先がレオに向かった片方の槍をその妖剣で防ぐと、もう一方の槍は左手でそれを掴み鍔迫り合うような状態に陥る。


「四騎士ー!!四騎士がなんでいる!!なぜまだ生きているっっ!!」


「な、なにを言って......」


 レオは庇うセツギンの後ろで気を取られ、状況に理解が追い付かずにいた。


「......おやおやイズよ。なんじゃいきなり物騒じゃの、物言わぬ風してその動揺っぷり......。ワシの知る今までのお主がまるで嘘のようじゃなー?」


 鍔迫り合う中、セツギンはイズ・ラフェイルに対して言葉を投げかけるが、それを聞き入れてる様子はまるでなく、唸りながらその視線は全てレオに注がれていた。


「ほう、まるでワシには眼中にないって感じかのう?マギ共には悪いが聞き合分けがない小娘には少し痛い目を見せる必要がありそうじゃの」


 セツギンはそう言うと妖剣に火にも似た、ただならぬ青紫色のエネルギー体がその剣を燃やすが如く、纏うように現れ辺りを紫に照らす。

 しかしその瞬間、イズ・ラフェイルは急に力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。

 セツギンはそれを疑うように視線で追うが、イズ・ラフェイルの背後にいつのまにか現れていたエマの姿を捉えると、安堵した様子で妖剣を手中に収める。

 エマは剣の柄でイズ・ラフェイルの首裏を打撃し気絶させたようだった。


「ちょっとー、なんなの急に騒がしくしてー珍しいじゃーん?何やったのさセツギンはさーん?」


 エマはこの状況に特段驚く様子もなくこの場に現れた。


「知らぬわ、そ奴がいきなりレオに襲い掛かったのじゃ。今のいままで抜け殻のような奴じゃったのにこんなことをして来るとは思わなんだ」


 エマはイズ・ラフェイルの視線の先にあった物に目を向ける。


「確かに、イズさんの行動には僕もビックリだ。どうやらレオ君が持ってるその武器にイズさんは深い思い入れがあるみたいだよー?その鎌って何なのかな?」


 エマはレオに問うように投げかける。


「これは、黒滅の四騎士の持っていた武器だ......」


「あーなるほどね」


「何がなるほどなのじゃ勝手に納得するんじゃない、何か知っているなら説明せい」


 セツギンはそう言いながら自らの服を軽く整え叩くと、元座っていた位置に再び座りなおした。


「んーそうだねー。詳しい事はさすがに知らないんだけど、ざっくり言うとイズさんはかつての大戦時、どこかの小国義勇軍の大将として共和国戦線に参加していたんだよ。その時に黒滅の四騎士の内の一人と戦って戦死したと言われていたんだ、だからそう言う事絡みなんじゃないかなってねー。噂じゃあ何かの呪いをかけられているのだとか~」


 エマは軽快なジェスチャーをしながらそう話す。


「ほう、それでレオの出したそれに反応したってわけかの。やれやれ、何て未練たらたらの重っ苦しい奴じゃ、ったく面倒くさい女じゃのーまた目覚めて暴れたりしなければいいんだがの。ほれ、お主。めんどーになる前にその鎌を仕舞っておけ」


 レオはセツギンにそう言われると、すぐ様に鎌を虚空の中へと収めた。

 こんな事が起きても外の人間が一切踏み込んでこない状況に、レオは異様なモノを感じ取っていた。

 この中で起きることにここを管理する外の人間は関心がないのか、それとも為す術など元よりないから見守る事しかないのかは分からない。


「こんな所で横たわれても迷惑じゃの、さっさとその辺で寝かせてくるのじゃ」


 セツギンが誰に向けて放った言葉なのかは分からなかったが、それはセツギンの背後から現れた存在によってすぐに理解させられる事となった。

 セツギンの背後が青紫色の炎で急に燃え滾り、そこから燃え続けたような球体が現れる。

 その中からはその炎で形作られたかのような工程で、中型生物サイズの生物が二体その姿を現した。

 セツギンから生えている耳によく似たものと同様の耳をしており、また毛並みがあり非常によく整われていた。

 尻尾のような物が複数本生えていて、いずれも非常に毛深い。牙は口内からははみ出しており余りに鋭く尖っていたが、見た目そのものは非常に愛くるしささえ覚えるものだった。

 それらはレオにとってはまるで見たこのないような生き物であったが、不思議と抵抗感はまるでなかった。


 その生物たちがイズ・ラフェイルの元へ駆け寄ると肩部付近の裾の左右をそれぞれが引っ張り合ってそこから運び出し、埋まっていたコタツのスペースが開けられた。

 役目を終えたその生物達はその場で先ほどと同様の炎で燃え上がるとその姿を虚空へと消した。


「今のって、セツギンさんのペット的な......?」


「ペットではないのう、こやつらは【ヨウコ】と言う。ワシの権能で使役できる召喚使遣しょうかんしけんじゃ。お主たちにとっては何れもこの世のものではないから親しみなどないだろうがまぁお前達のとこで言う異邦生物じゃよ」


 セツギンはそう言うと、机上に置かれていた茶に手を伸ばしそれを再び手に取る。

 イズ・ラフェイルが居たコタツのスペースが開くと、そこにエマが滑り込むかのように入り込む。


「ふふーん、ねぇレオくん。僕たちの話を少ししてあげようか?人外終局と呼ばれるエンプレセスについて、ね?」


 エマは両手で頬をつきながらレオにそう言った、右も左も分からないレオにとってはこれとない情報を得る機会だ、これを逃す手立てはない。


「それは......いいのか?もちろん俺としては有難い話だが......」


「もっちろーん!僕としては君に知って欲しいんだー色々なこと、理解者とか共感者が少しでも増えてくれることが僕のささやかな願いだよー」


 エマはそう言って眩しい笑顔をレオに向ける、見た目の黒一色の装いからは感じ取れないような人としての純粋さがエマの言動や仕草からは感じ取られたような気がした。


「分かった、それじゃあお願いする」


「おっけー!んーそうだねぇー。じゃあここに居るエンプレセス達の話からしようかな。現在確認されている限りのエンプレセス達は全員で十人!その内ここに収容されているのはさっきの【第三人外終局イズ・ラフェイル】、そしてそこの同じコタツに入ってるだらっとしてる子が【第五人外終局イージス・デネレイ】、そして【第七人外終局ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン】こと僕、そして最後にこのコタツの持主こと【第八人外終局セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ】の計四名だよー!」


 そう言って彼女は左手の指で四の数を示す。


 エマは現在収容されているエンプレセス達について丁寧に教えてくれた。

 エマの話に寄れば、まず現在収容されていない残りの六人のエンプレセス達は確認されて以降消息不明か、収容に失敗し収容行為そのものが保留になっているという事。

 そして、そもそもエンプレセスとは何なのか。

 それは人類世界に仇なす存在としてデュナミス評議会によって判断され、リスト化された存在の事をそう呼んでいるらしい、そしてこの収容施設はデュナミス評議会本庁直下に置かれ直接的な管理体制にあるとの事。

 いざという時にデュナミス評議会が直々に対処する為なのだろうが、さぞデュナミス評議会とやらに所属する者達は余程自分たちの腕に自信があるのだろう。

 世界の脅威とも呼べるような存在を一か所に集中して管理しようだなんて傲慢さすら感じさせる。


 エマは自分たちがどのような経緯で収容されたのかについても簡単にだが語ってくれた。

 イズ・ラフェイルは黒滅の四騎士との戦闘で戦死したと思われていたのだが、約200年の時を経て彼女が生存している事が確認された。

 発見された場所はギリア領域と呼ばれる卿国内に位置する立ち入り禁止区域。

 しかし発見当時、彼女の体は当時の肉体から一切の劣化なくその肉体は保たれていたいう、原因は不明。

 そして発見時にはまだ覚醒しておらず例の二本の槍を抱え、そのままここセントラルへと運ばれた。

 その二本の槍は記録資料によれば彼女元来の武器ではなかったようだ。

 しかし、運ばれた彼女は何に呼応したのか突然覚醒すると、首都をまるごと滅ぼしかねない莫大なエネルギーをその槍から放出したのだと言う。

 だがこれは、その槍を彼女から離したことが原因で彼女の元に戻すことで安定状態なりその莫大なエネルギー放出は収束した。

 未だこの現象を解明できない評議会は彼女をエンプレセスに認定し収容したという。


 イージス・デネレイ。彼女に関しては通常の共和国イニシエーターとして協会に所属していたが、彼女の生み出すソレイスの能力が極めて特異的であるとされ、またその能力も危険性が高いとの事から、忠実に仕えていた戦士であったにも関わらずデュナミス評議会によって収容されてしまったのだとか。

 そのせいかまるで外の事象に興味を示さないのだと言う、具体的な能力は本人からは聞き出せずエマですら知らないようだ。


 ライヴァラリ―・ブラックエマーシェン。自称エマは卿国育ちの旧剣聖だと言う、百年ほど前のかつては卿国の筆頭騎士としてその名を轟かせていたらしい。

 そしてある時卿国を離れひっそりと傭兵稼業に勤しみ、あの【星屑作戦】にも参加しようとしていたのだと言うが、それをすっぽかした挙句の果てにマギによって捕まってしまい今に至るのだと言う。

 具体的な彼女の能力については語ってはくれなかった。


 そして最後にセツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ、彼女は自らここに来たのだと言う。理由や目的もエマには分からないようで、またその事をセツギンの口から語られることはなかった。


 そうして何気ない思っていたよりも普通の数日が過ぎる頃、遂に翌朝ここから出る事となった。


 翌朝。

 準備と恰好を整えたレオは出入口付近で待っているマギの元へと向かう。


「もう、行くのかの?」


 多少寂しそうな声音でレオの背後からセツギンは声をかけてきた。


「あぁ、色々ありがとうなセツギンさん。イズさんに襲われた時も守ってくれたりして、あのまま放っておいても俺なら死ぬことはなかったけど」


「馬鹿言え、あんなことがってせっかくの男と口も利けんくなったらワシが困るからのう。共益じゃ、共益。それにあの後もワシらの距離が縮まったのかモフモフ達と共に添い寝もしてくれたことだしのう?」


 セツギンは恍惚とした表情でそう言う。


「いやいやアレはセツギンさんが勝手に......!」


「おいおい興が削がれるような事を言うでないはお主、ほんの冗談じゃよ」


「はぁ、全く......」


 セツギンと軽いやり取りを終えると、そこに寝間着を着たエマが非常に眠たそうな様子で現れる。


「―――ん、じゃあねレオくん。またどこかで会えるといいね......」


「あぁ、エマさんもありがとうな色々と」


「ん」


 エマはふわふわとした口調でそう言い残し、颯爽と別室へと姿を消してしまった。


「それじゃあセツギンさん、またどこかで」


 レオはセツギンにそう言って振り向くと、出入口の方へと歩みだした。


「ふむ、達者でのぉ。あっそうじゃ」


 セツギンがそう言うとレオはセツギンの方に再び振り向く。


「お主、マギには用心するんじゃぞ。見かけはいいかもしれんが惑わされぬようにの」


「あぁ、分かったよ」



 セツギンやエマ達とのやり取りを終えたレオは、出口付近で待機していた重装兵士たちに連れられ屋外テラスに向かった。

 そこで珈琲を片手に、壮大な街並みを嗜む左目に眼帯をした女性が座っていた。

 旭光が差し込みその女性のシルエットを幻想的に演出させる、やがてその女性はレオの存在に気づくとその洒落た椅子から立ち上がる。


「来たね、じゃあ行こうか」


 レオはマギと会い、レイシア隊と合流すべくとあるセーフハウスへと向かい楽園を後にした。
































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