第49話 力の自覚⑧

 レオは嘗てないほどの身体能力の向上に思わず心を躍らせていた、ヘラクロリアムの加護から染みる圧倒的な力の奔流と膨大なエネルギー、まるで神にでもなったかのような気分でレオは刃を震わせる。


「すごい!すごいぞこれは!これがお前たちが見ていてた光景なのか!?」


 一度ヘラクロリアムと融和し始めたレオの体は以前の生身の人間の体のそれとは大きく変質していた、ソレイス硬度も身体速度も唯一対峙していたベルゴリオだけがその歴然の差を感じ取っていた。


「くっ、速いな。だが......!」


 しかし、レオのベルゴリオを遥かに上回る身体速度だけではベルゴリオを圧倒するには至らなかった。

 レオの乱雑な斬撃にベルゴリオはそれを見切ると、斬撃をかわしながら鋭い一撃を再び胸部へと突きつける。


「馬鹿め、その身体能力を持て余しよって隙だらけだ!」


 しかし、その一撃は以前の様にレオの体を突き抜けることはなかった。


「なっ!?我が一撃が!?」


 ベルゴリオのソレイスはレオの体を突き抜く以前に傷をつけることすら敵わない。


「あ、ありえん......。コイツ一体何者なのだ......?」


 レオは瞬時に呆然と立ち尽くすベルゴリオの両腕を二本のソレイスで容易く切り裂く、腕を失ったベルゴリオは抵抗する様子もなく地に落ちた腕と己のソレイスを眺めながら後ろに身を引いていく。


 すると、入れ替わるようにレイシスの少女ダグネスは紅に発光するソレイスを展開しながらレオへと瞬時に間合いを詰める。


「次は私の番だ」


 そう短く告げると、レオの首元にダグネスのソレイスが寸前に添えられる。レオの首はその一撃で確実に持ってかれたと誰しもが思った。


 しかし、レオはその一撃を口元でソレイスを受け止めてしまう。するとそのまま口にくわえたソレイスを噛み砕く。


「コイツッ!?ありえない!人工的なソレイスとは言え例え高級な覚醒者であろうともソレイス噛み砕くなんて不可能だ!」


 レオは噛み砕いたソレイスを捕食するかのような様子を見せる。


「お前、食っているのか、私のソレイスを」


 しかし気づけばレオからは理性の欠如が見え始めその問いにすら反応する様子がない、まるで本能の赴く獣のように高慢であった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 幽閉施設で起きている様子をモニター越しで眺めるアイザックは一つの推論を独り言の如く唱える。


「彼の能力はヘラクロリアムの捕食、そしてその能力の発現か。そしてそうやって取り込んだヘラクロリアムの性質に応じて肉体や精神が変化しているのか?ダグネスの純粋なネガヘラクロリアム体である紅玉の人工ソレイス・イレミヨンを口径から吸収したことでよりレイシス側へと近づいた。しかもそれは、レイシスの誰よりもレイシスらしい、より暴力的で感情的、そしてより高慢なレイシス......」


 それを静かに聞いていたメイ・ファンス少将は、アイザックに言葉をつづけるように静かに言う。


「並みのレイシスですら辿り着けない人的感情のマイナス領域、より肉体は闘争に特化し、その硬度はダグネスの一撃すら防いだ。これは、とんでもない逸材を引き連れてきたものね、アイザック......」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「目が怖いな君、もしかして我でも忘れているのか?力の奔流に流されているようではまだま......」


 ダグネスが言葉を言い切る前に、レオのソレイスがダグネスの体を上下に両断するかの如く振りかざす。

 その一撃に瞬時に反応して見せたダグネスはレオから再び大きく距離を取る。


「まずいなこれは......」


「ダグネス様、助太刀いたします!」


 ベルゴリオは切断された腕が完全に再生しきった様子で千切れた袖を震わせながらダグネスを守るかのようにソレイスを構えながら前へ踏み出る。


「あぁ助かる、イレミヨンを片方失った私だけでは手が余るところだ。私がゼロ距離で奴の頭部に枢光ヘイテンロアを撃つ、何とか私が奴の間合いに踏み込めるように隙を作ってくれ!」


「承知!」


 ベルゴリオは戸惑う事もなくレオに向かって突き進む、そのまま足を狙うように姿勢低く踏み込むもレオは浅く飛び上がると落下する勢いでベルゴリオに向けて右手のソレイスを振り下ろす。


 ベルゴリオはそれを寸前でかわすも振り下ろされた勢いで左方へ吹き飛んでしまう、吹き飛ばされたベルゴリオは空中でレオに瞬時に詰められると、レオは体を回転しながら刃をしならせてベルゴリオの四肢を瞬時に奪う。


 そして次の一撃がベルゴリオの首元を狙っていることを見たダグネスは、させるかと言わんばかりにレオの体を横から蹴り飛ばす。


「ダメだ、ベルゴリオの空間障壁がまるで歯が立ってない。私一人で奴を抑えるしか......!」


 ダグネスは積極的にレオの間合いに踏み込むと乱雑な斬撃を受け流しながら、ゼロ距離で枢光を打ち込む隙を探す。


 しかし、レオの殺人的な重い一撃をいつまでも受け流せる程ダグネスには余裕があるわけではなかった。


「いつまでもこんな防戦一方のやり合いをしても先に尽きるのはこっちの方だ......、何か起点はないか......」


 すると突然、レオの右手側のソレイスは変質させて銃型のモノへとその姿を変えた。


「コイツ......!ソレイスの変質も自在だったのか......!?」


 レオの左手側のソレイスによってダグネスのソレイスが弾かれると、右手の銃型ソレイスに対してダグネスは完全に無防備の状態となってしまう。


「マズイ......!やられるッ......!」


 ダグネスがそう思い込んだ瞬間、幽閉施設の設備が瞬時に稼働する。あたり一帯が壁面に埋め込まれていた照射装置によってレオだけが赤く照らされると、レオは苦しむ様子を見せながら動きを止めて、手に携えていたソレイスが消失する。


 その隙を逃さなかったダグネスはレオの頭部に片手を被せるように腕をもっていく、その手は先ほどの照射装置によって放たれていた紅く眩い光よりも、より強力に輝かせ丸く球状にそのエネルギーは形作られる。


「―――枢光ヘイテンロア


 ダグネスの放った冷徹な一撃によって、レオの頭部は跡形もなく消し炭となった。


 頭部を失ったレオの肉体は、安らかに地へ落ちた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


「申し訳ありませんダグネス様......」


 ベルゴリオは満身創痍の面目ない様子でダグネスに頭を下げる。


「よせ、私とてギリギリだった。まさか彼があそこまでのポテンシャルを秘めていたとは思わなんだ。まさに奇跡だ」


 しばらく後、レオの消し炭となっていた頭部はやがて再生されていくもその場で目覚めることはなかった。後に幽閉施設へとアイザックと共に入ってきた救護班によってレオは特殊治療室へと運ばれていく。


「あなた方のご協力には感謝する、レオの秘められた力を引き出してくれたことにな。以後レオの体には我々と同じ負のエネルギーが定着した状態、完全に一つのディスパーダ......、いやレイシスとして目覚めた。目覚めてからは多少の経過観察と感情の均衡を保たせたのちに本格的に戦略利用する、戦闘部の皆にも伝えておいてくれよ。これからの戦場を共にする仲間にとしてな」


 アイザックは煙草を吹かしながらダグネス達にそういい告げると、救護班の後を追うように去ろうとする。


「ふふ、せいぜい感情面だけはちゃんと抑制してくれよ。お偉い方の爺さんみたいなコミュニケーションされたらこっちも溜まったもんじゃないからね」


 アイザックの去り際にダグネスはそう言うと、アイザックは特段反応する様子もなくその場を去って行った。




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