第48話 力の自覚⑦

 ベルゴリオとレフティアの視線の対立に、レオは静止を試みようともその因縁の関係に踏み込む余地はなかった。


「レイシス......、ね。お望みなら死なない程度には相手してあげてもいいけど、まずあんたじゃ相手にならない事くらい分かるわよね?」


「チッ、なめよってからにぃ!」


 ベルゴリオは思わず自らの獲物を振り上げ間合いを詰めようとする。


「やめるんだベルゴリオ」


 ダグネスは直前まで読んでいた本を閉じると、ベルゴリオにソレイスを納めるよう身振で諭す。


「はっ」


 ベルゴリオは短くそう答えると潔くソレイスを納めた、その表情は葛藤の様子を見せる事無く清々しい。


「悪かったねイニシエーターのお方、でもいきなりで私たちも驚いているんだ。これまたぶっ飛んだお客が来た、とね?」


 ダグネスは席から立ち上がると、そのままレフティアの方へとベルゴリオの前を過ぎて近寄っていく。


「あら?別に良かったのよ?戦いは嫌いじゃないもの」


 レフティアは挑発めいた言動でそう言う。


「ふふ、冗談はよしてくれよ。君はソレイスにすら手を掛けていないじゃないか、仮に私たち二人を相手取っても素手で勝てる自信があるんだろう?そんなおっかない態度を取る人にわざわざ戦いを吹っ掛けたくはない。当然私としても負ける気は毛頭ないが、お互いに技量を見誤るほど浅はかではないはずだ。その挑発に乗るつもりはないよ」


 レフティアはダグネスの発言に対して面食らった様な表情をする。


「あら!驚いたわ、そっちの突っ立ってる奴とは違ってあなたは随分落ち着ているのね、感情バカのレイシス共の中でもこんなのが居るなんて驚きよ」


「うむ、確かに君の言う通り。私たちは負の感情を源にしている以上はそう思われててもおかしくはない。自分で言うのもあれだが、その中でも私のようなものは少数派だろう」


 ダグネスはレフティアと相対しても平然としていた、その様子にレオは多少の安堵を得る。


「へぇ、本当にすごいと思うわ。だってこんなあなた達レイシスのお仲間を何人殺してきたかも分からない存在を前にじっとしてられるなんてね、いきなり協力者だって出てきて納得できる方がおかしいって思うのに。まぁでも貴方みたいなその幼さに加えてその豪勢な礼装と相応の達観者って訳ね、少しレイシスというものを見直したわ。勿体ない人材ね」


「イニシエーター様からご褒めの言葉を預かり幸栄の至りだが、残念ながら与太話をしている時間は我らにはないはずだ。そこの彼の覚醒を急がなければね、私たちにとっても。彼の目的にとってもね」


 レフティアはその言葉に素直に頷くと、レオの方を向く。


「そうね、じゃあまずは見せてもらうとしますか」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その後、ベルゴリオとレオは普段通りの手合わせを行った。しかしその光景は依然と然程代わり映えはなく、一方的にレオが刺殺されては再生を繰り返す光景が永遠と繰り返されていた。


「えぇ......、こんな古臭いやり方でずっとやってたの?どう考えても並よりちょっといいくらいの身体能力の人間がディスパーダ相手に敵うわけないじゃない、あほなの?」


 レフティアはレオに厳しい言葉を投げかける。


「いや、そうは言ってもこれ以外に何か効率のいい方法でもあるってんですか......」


「知らないわよ、でも無茶振りもいいところね。よくこんなのを続けさてるわね上の連中も、レオ君。その死に続けられるメンタルだけは一線級よ」


「ははは、それはどうも」


 レオはその場に座り込むと、対面していたベルゴリオは矛を納め姿勢正しく立ち戻る。


(くっ、俺はこのまま一太刀も浴びせられない無能のままなのか......?アイザックのソレイス、その模造品ではここまでが限界。所詮は初見殺しの出来損ないに過ぎない、ベルゴリオのような相手を前にはもっと実践的な力が必要だ。だが、俺の体術や身体能力では到底上まる事はない、何か。何かないのか)


 レオは具体的な解決策も見当たらないまま、呆然と時が過ぎていった。


「今日はここまでだな」


 ベルゴリオはそういうとレオの前から去って行った。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 幽閉施設を後にしたレオは、レフティアと共に自室へと戻っていた。

 レフティアが堅いベッドの上に座り、向かい側のイスにレオは座ると先にレオが口を開く。


「そういえばミーティアさんは今どこでなにを?」


「ミーティアちゃん?彼女なら平気よ、特設の拠点で今は少し仕事してもらってるから」


「そう、ですか」


 レオはどこかソワソワとした様子で、気まずそうに座っている。


「それでねレオ君」


 呼びかけられたレオは、それに短く返事をする。


「アドバイスってわけじゃないんだけど、私たちディスパーダっていうのは所謂感情を拠り所にしてヘラクロリアムの振る舞いを変質させているの。例えばレイシスならネガヘラクロリアム、イニシエーターならトゥルヘラクロリアムと言った感じで正に真反対のエネルギーをぶつけ合ってる。ヘラクロリアムの加護を受けて私たちは様々な力を発現させている、つまりはもしかするとレオ君の今に足りてないのは拠り所とする感情の部分なんじゃないのかなって思うの。なんていうのかな、レオ君の今の強靭なその精神性が反って力の源流と相反しているのかもしれない、現状のレオ君そのものはヘラクロリアムに依存してないとは言え、その手に携えているのは正しく私たち覚醒者のもの。ヘラクロリアムをソレイスから自らへの体内へと逆流させてみてれば、もしかするとレオ君の体と親和性が後天的に生まれるかもしれない。でも普通の人間がディスパーダになった例なんて一部を除いて私は見たことないから何とも言えないけどね」


「なっ、なるほど」


 レオは頭を抱えながらも、レフティアの言葉に必死にしがみつこうとしていた。レオにとって嘗てないほどの活路であったからだ。


 レフティアはベッドから立ち上がると部屋の玄関の方へと足を運ぶ。


「それじゃ、私はここの司令官さんに纏まった話をしたらここからはとりあえず去るわね。共和国軍へリークさせる情報の信頼付けには私が必要だから、それじゃレオ君も頑張ってね。上手くいけば近いうちにまた会うことになるだろうし、その時レオ君がすごーく強くなってる事に期待して待ってるね」


 そういうとレフティアは爽やかな笑顔を見せながらレオの前から去って行った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次の日の幽閉施設にて、レオは以前とは違う顔持ちでこの時を臨んでいた。

 ベルゴリオはその事に気づきつつも、特に気にすることもなくいつも通りに顕現させていたソレイスを構える。


「それじゃ、やるぞ」


 レオはそういうと、アイザックの銃型のソレイス二丁を両手に顕現させる。その次の瞬間、ベルゴリオは瞬時にレオの間合いに詰める。

 ここまでは変わりのない展開だった、しかしレオは依然として両手にソレイスを携えたまま棒立ちでベルゴリオの鋭利な一突きを受けいれていた。

 ベルゴリオはその事に戸惑うもそのまま深くレオの胸を貫く。


「何をしている、遂に自暴自棄になったか」


 ベルゴリオがレオの耳元でそう囁くと、レオは薄ら笑いで応える。


「ぐっ、いーや。俺は自分の力を誤解していたんだ」


 苦し紛れの表情で、レオは両手のソレイスを自らの体を貫くベルゴリオのソレイスに添えるように当てる。


「こういう事だったのか、レフティアさん!」


 すると、レオの当てた銃型の二丁のソレイスは突然ベルゴリオのソレイスと同じ外見へと急速に変質する。


「これは!?なぜ私のソレイス!どういうことだ!?」


「この体を貫くソレイスそのものの感覚が伝わってくる......、ヘラクロリアムを体内に取り込むようなこの感覚......、そしてこの感覚が俺の模倣するソレイスを選択する......、これがこの力の正体だったのか......!」


 レオは両手に変質させたソレイスで、そのままベルゴリオの腕を勢いよく切り落とす。

 それに為す術なくベルゴリオは大きく後ろに仰け反ると、何とか右足で態勢が崩れるのを踏み耐える。


「ぐうぅ......、まさかそんな使い方をしてくるとはな......これは一本取られたな」


 ベルゴリオは切り落とされた腕を左手で拾うと、そのまま傷口に当てて固定し小煙をあげながら元通りに再生させる。レオの胸に突き残されたベルゴリオのソレイスは、そこから一度姿を瞬時に消すと再びベルゴリオの手元へと顕現する。


「貴公には今までなかったヘラクロリアの源流の巡りを感じる、私のソレイスを通してヘラクロリアムを体内に吸収させたのか。面白いことを考える」


 その様子をみていたダグネスも、思わず目を見張る。


(彼の力は複製に纏わるものだと思っていましたが、本来の性質は吸収と発現。しかも顕現に関しては原則としてソレイス一対である所を彼はベルゴリオのソレイスと同質量の物を二本同時に顕現させている、アイザックの銃型ソレイスはヘラクロリアム密度的に模造の粗悪品、総量を持ってしてもその複製には納得がいってましたが......。いやはや正当な質量を持ったソレイスを顕現させている彼は今、ヘラクロリアムの加護を得たのですね)


「さぁ、ベルゴリオさん。改めて手合わせを頼むぜ」


 レオは二本のソレイスを構えて足を踏み込み、ベルゴリオと真正面から対峙する。


「あぁ来い、お前に齎された真髄を私に見せてみろ」


 そう言うと、同じタイミングで両者は互いの間合いに踏み込み互いのソレイスを激しく交じり合わせ、空間を嘗てないほどに震撼させるのだった。




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