第45話 力の自覚④

 幽閉施設を監視するモニタールームから、レオとレイシス達を眺める複数人の監視人と二人の将官の姿がそこにはあった。


「―――アイザック、本当に彼が僅か一週間で枢騎士を倒せるまでの成長ができるとおもっているのですか?しかもただの枢騎士でなく、枢騎士団の団長クラスを相手にして」


 艶めかしい女性の問いかけが、アイザックに囁かれる。


「はい少将、彼が我らの希望です。彼が真の力の覚醒に目覚める事ができたのなら、唯一懸念の種であるネクロ―シスの対抗策となるでしょう。その為にも彼の早急な覚醒が必要です」


 アイザックに相応しくない堅苦しい口調を纏わせた言葉の羅列が事の重要性を主張する。


「ふふ、あなたがそんな言い方をするなんてね。よっぽどの事なんですね大佐、予備コードの有用性は認めましょう。しかし、貴方の言葉を信じるという事だけで彼に一週間丸々投資し続けるのはやはり無理があります。アンビュランス要塞撃滅作戦施行予定日まで後二週間しかありません、彼の過程において四日以内に成長因子を感じられない場合は即座に私の独断で幽閉します。それでもよろしいですね大佐......?」


 少将の大人びた口調と微笑みが重圧なプレッシャーを生み出し、アイザックの表情を引きつらせる。


「マジですか少将......、ここはよしみという事でもうちょっと猶予が欲しいんですがね」


 アイザックのその言葉に少将はため息をつく。


「駄目ね、貴方も分かってることだと思うけど。例のレイシスのお嬢さんから得た情報では第二のエイジスシステム機構の事もある。要塞内に解除プロトコルを仕込むのにも一週間は掛かる見通しよ、その作業は要塞全体のマンパワーを注いてフェイズ移行する。その為にもイレギュラー要素は抹消しなければならないわ」


「ふぅ相変わらず手厳しいねぇ、メイ・ファンス少将?」


「あら、それは一体誰のせいかしらねぇ。アイザック大佐......?」


 メイ少将がアイザック大佐の口調を真似るかのように言い返した。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――――幽閉施設にて一日が経った頃。


「私はもう何回貴公を切り殺したのか覚えていないよ......、50回以上は死んだかね?」


 ベルゴリオは、地面の血の海に触れ伏したレオを眺めつつ剣の汚れを拭き取りながら整然と立ち尽くしていた。


「ぐうぅ......」


 血の海がレオの体内に逆流していく異様な光景を何十回も繰り返しながら、この訓練という名の殺し合いは行われていた。


「わっかんねぇ......、何をどうしたらお前に勝てるんだ。一ミリもわからねぇ......」


 レオは何度も交える戦いの結果を悔み嘆きながら再び立ち上がる。


(ここまで何度もぶっ刺されて分かったことって言えば、まずは傭兵時代のノウハウはまるで通用しない。つまりはゼロの状態から全く別の戦略を組み立てなきゃいけないって事だ、だがそれだけじゃない。その上で速度も腕力も全てが規格外の人外を相手にして尚勝てと言われてるわけだ。現状俺にはこの複製できるソレイスの銃しか明確な対抗手段がない、不意打ちが通用しないこの状況で俺が見いだせる活路とはなんなんだ......)


 一方でレイロードの少女ダグネスはベルゴリオとレオの戦いを傍らに、何時ぞやに置かれていた円形の机と脚の長い椅子に座り、足を揺らしながら書籍と少量の菓子を嗜んでいた。


「ふむ、巷の同年代で人気のある本とのことでしたけど私にはあまり理解できない話ですね......」


 ダグネスは一人でぶつぶつと呟きながらその書籍を一旦閉じる。


「おーいアンタ!!!なに人が死にまくってる傍でそんな一人パーティ開催してんだ!どんな神経してんだよ!?なんかアドバイスの一つや二つでもないのかよ!?」


 突然レオから話かけられたダグネスは書籍を落としそうになるも、間一髪のところで拾い上げる。


「おっと......えっ?あ、あぁ。アドバイス、アドバイスか。駆け出しの覚醒者に対してならまだしも仮初めの人間相手にアドバイスなんてしたことないからな。どうせこちら側の理論なんて常人には理解できんだろうし......」


 ダグネスはその書籍をはたきながら机の上に置くと、考えるような仕草で天井を向く。


「でも、そうだなぁ。君も無策に挑んで勝てぬ相手って事くらいは身をもって十分理解しただろう?まぁ策を講じても勝てる相手ではないけど、単純に戦略やテクニックで解決が出来ない事もある。まず必要なのは純粋な力の奔流だ、己の力の性質を再認識して見つめ直す。そうして力の使い方を解析してみろ、まぁ今の君伝えられる事はそのくらいのものだ。次のアドバイスはベルゴリオを倒せるようになってからだな」


 そういうとダグネスは、少量の菓子を口に頬張ると再び書籍を手に取る。


「己の力の性質を......再認識して見つめ直す......」


 レオは座り込むと、自ら複製した銃のソレイスを向きを度々変えながら見つめる。

 その様子を見たベルゴリオは戸惑いながらも剣状のソレイスを虚空に納めた。


「ふん、まぁそうやってしばらくは見つめ直しておくがいい」


 ベルゴリオはそういうとダグネスの方へと足を運んでいき、ダグネスの向かい側に立つ。


「ん、その椅子使っていいぞベルゴリオ。その為に用意したものだ」


「はっ、ご厚意に感謝致します。失礼致します」


 ベルゴリオは席を引いて着席する。


「ふーむ、浮かない顔をしているなベルゴリオ。そんなに奴が信用ならないか?」


「はい、確かに通常の人間にしては基礎能力は高いのでしょうがあそこからディスパーダとして覚醒するなど皆目見当もつきません。アイザック大佐の言葉を素直に信じていいものなのやら......、このまま撃滅作戦施行日まで奴を切り刻み続けても私は一向に構いませんが、ザラ様のお時間をお使いになられてまでお付き合い頂く程の事なのかと疑問を覚えます」


「そうか、別に私も構わないがね。どうせならついでに奇跡でも拝めて行こうかってくらい軽い気持ちでここにいる、正直期待はしていないさ。この国を変えるにはどんな無茶振りでもそれに縋らないといけないくらい要素は必要な気もする、ただ......それだけだ」


 ベルゴリオとダグネスは俯くレオを眺めながら、そのままその日の訓練を終えた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 あれから部屋に戻ったレオはベッドの上で仰向けに横になると、ふと今日一日の出来事をを思い返す。


「そういや俺、今日ずっとあの幽閉施設で殺され続けてて外の景色を一度も見てないんだな」


 しばらく横になっていると、部屋のインターホーンが鳴った。ベッドが起き上がり、重い足運びで玄関の方へと向かう。

 鍵の掛からない扉を開けると、そこにはクライネの姿があった。


「クライネさん、なんか用か?」


「レオさん、ひとまずはお疲れ様でした。幽閉施設の出来事で聞きたいことがあるので、その。いいですか......?」


「あっ、あぁ。もちろん、どうぞ」


 レオはクライネを部屋に通そうとするも、クライネは中に入ろうとはしなかった。


「あっ、いえ。その......、良ければ外に出ませんか?」


「外ってのは、地上の事か?」


「はい、監視スタッフから聞いた話だとレオさん施設でかなり壮絶な経験をされたでしょうし。気分転換が必要かと思いまして」


 レオは丁度今日一日外の景色を見ていない事に思いはせていた事もあって、その提案に快く応じた。


 時間的には夕方程なので軽く服を着こみ着替えを終えると、クライネと共にメインエレベーターの方へと足を運ぶ。


「外はどんぐらい寒いですかねクライネさん?」


 そう聞かれたクライネは手元の端末で外の気温を調べる。


「結構寒いですね、まぁやはり北の帝国という事もあってこの時期はどこも寒いですけどね。レオさんは慣れてないでしょうからちょっと大変かもしれませんが」


 クライネは薄笑いしながらそう言った。


「はは、それは確かに」




 メインエレベーターに乗って地上へと上がっていくと例の建物の中へと着く、エレベーター内から出ていくと手前の入り口には来たときは別の見張りが二人立っていた。

 特にコミュニケーションを交わすこともなく、目線だけで片方の見張りが建物の扉を解錠する行動を取った。


 外へ出ると、空はうっすらと明るいが寒い風が吹き込んでいる。


「うぅ、寒い。だけど、久しぶりに外の光を見てなんだかホッとするよ」


「ふふ、それは良かったです。それじゃあ裏道の方を少し歩きましょうか」


 広場の方から外れた道をクライネと共に歩いていると、先にクライネの方から口を開く。


「それじゃあレオさん、ドクターメルセデスから預かった質問シートがあるので答えられるものがあったらそれから教えてください。えっとまずは、死ぬことを繰り返えしていく内に何か精神的な変化は起きましたか?」


「そうだな、多分死ぬという事に慣れてしまったかもしれない。恐怖心というか、そういうのが少し薄れているかもしれないな」


 レオのその答えを聞くと、クライネは手元の端末に指を弾くような動作で文字を入力していく。


「なるほど、痛みに対する感覚はどうですか?なにか後遺症などは?」


 その質問を聞いたレオは、手を自分の胸に当てて何かを探るように手をゆっくりと回す。


「痛みはとても慣れるものじゃない。慣れる気もしないけど、なんだろうか。あのレイシス、ベルゴリオって呼ばれてたレイシス。あいつの殺し方がスマートっていうか、安らかな死って感じなんだよな、痛い時間が少なくて、気づけば痛みが消えてて傷が消えている。もし相手が雑な殺し方をするレイシスだった今こうして歩けてすらいない気がするよ......。俺は一度死なないと傷を癒せないから、敵によっては本当に辛い目にあいそうだ全く」


「なるほど。ドクターメルセデスも精神面へのダメージを懸念なされていましたが、思っていたよりは余裕そうですねレオさん」


「ふぅ、それはどうかな。ぶっちゃけこれを一週間続けるってのはめっちゃしんどい、今すぐにでも逃げ出したいくらいだよ」


 レオは軽快な口調でそういうと、大きく背伸びをする。


「とてもそういう風には見えないですけどね。でも、レオさんのその特殊な再生能力をもってしても心の傷は癒せないわけですか、あまり深入りしないようにしてくださいねレオさん。心が壊れてしまったら元も子ありませんから」


 クライネは質問シートを一通り終えたのか、端末をコートのポケットにゆっくりと仕舞う。


「さてレオさん、お腹すいてませんか?何か食べていきません?」


 クライネは手を自分の後ろへ回すと意気揚々とした表情でレオを見つめる。


「えっ?いや、別にいいけどセキュリティーは大丈夫なのか?あんま出歩くのはまずいんじゃ......」


「それは大丈夫ですよ、ここ一帯の管轄は既に我々のものですから。コソコソするよう事は何もありません、そこら中に設置されたカメラもここを監視する衛星も既に我々の支配領域です。なにせこの下には要塞が埋まっているわけですからね、一帯そのものがちょっとした軍事施設ですから」


 それを聞いたレオはその用意周到さに少しを体を震わせる。


「じゃあ行きましょうか、近くにおススメの店があるんですよ」


 クライネに連れられてお店に向かおうとしたその時、背後から見覚えのあるプレッシャーをレオは咄嗟に感じ取った。


「どこに、行くんですって?レオ君」


 その聞き覚えのある声にレオは思わず振り向くと、そこには見覚えのある白銀の髪を靡かせ、布面積の少ない恰好をした佳麗な女性がそこには立っていた。


「れ、レフティアさん!?」









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