或る男の独白

 俺は何よりも死ぬことが怖い。夜寝る前も、このまま目が覚めなかったらどうしようかと悩み、死ぬとは一体どういうことなのか、死んだ後もこの意識は続くのか、などと思考を巡らし、頭をすっかり疲れさせてようやく眠りにつく。

 そう、死んでしまう。医者だろうが、政治家だろうが、或いは乞食だろうが、地位に関わらず死ぬのだ。逃れる術はない。結局どういう人生を送ろうが、どういう道を辿ろうが、その先には必ず死が待っている。

 俺は常々、死というものを生に対する冒涜ではないかと思っていた。どうせ死ぬなら何故生むのだ。俺が生まれてきたことに、何の意味があるっていうんだ。そう考えたら最後、日常生活の何も手が付かなくなる。街路樹の下で、部屋の隅で、ぶるぶると震えちまう。誰だってそうだろう。


 男は今年で三十六になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る