第18話 新生魔王は獣たちを倒さない
「皆の者、無事か!?」
転移魔法で野原に帰還した俺は、真っ先に堕天使兵たちに呼びかけた。
魔獣と神獣の咆哮。
堕天使兵たちの掛け声。
そして魔法の着弾音。
それらが激しく入り乱れ、野原は大混戦の様相を呈している。
「あぁっ、魔王様!」
兵長を務める少女が、灰色の羽根を開いてこちらへ飛んできた。
「ま、魔獣と神獣の猛攻によって、ケガ人は多数です! が……死者と重傷者はゼロです! 魔王様方のこと……ずっと、お待ちして、いまし、た……」
俺と話したことで緊張の糸が切れたのか、兵長は気絶してしまった。
彼女の身体は傷だらけだ。かなりの奮戦が見て取れる。
「よく戦ってくれた。感謝するぞ、少女よ!」
俺は兵長を地面に寝かせ、敵の大群を見やる。
「グギィィィィアアアアッッ!!」
「ガルルルッ、グルルルゥゥッ!!」
「ギギギッ、ギギッ、ギギギギ!!」
野原を囲むような陣形を維持している、無数の魔獣と神獣たち。
堕天使兵たちが辛うじて応戦しているが、戦況は苦しそうだ。
そのうち、複数の獣どもと視線がぶつかる。
どうやら俺に気づいたようだ。
けたたましい威嚇の鳴き声が響く中、少し遅れてスピカたちも魔法陣から飛び出してきた。
「くっ……まだまだ敵はたくさんいるわね!」
「あ、あらあら。堕天使兵たちは無事でしょうか……」
「ダンナ様、状況はどうなっていますか!?」
俺がすぐさま戦況を伝えると、彼女たちは一斉に新たな告解武装を構えた。
スピカ、アルテミス、グルヴェイグ。
彼女たちの手には、第二の告解武装――『クアドルトゥーラ』が握られている。
俺は自分のクアドルトゥーラに視線を落とした。
その形状は、ムチそのものだ。
それも、太くて短い乗馬用のタイプである。
ムチの本体はブルーを基調としており、グルヴェイグがメインとなって創り出された告解武装であることを示している。
「ん~、よいしょっと♪」
最後に魔法陣から出てきたリリスは、敵の大群を前にしても余裕の笑みだ。
「いや~、魔獣と神獣をまとめてドッカンしちゃう超絶武装を想像してましたが、まさかこんな手があるとはっ! さすが魔王様ですっ♪」
その能天気な口調が、俺の背中を後押ししてくれる。
リリスと過ごす楽しい日常を、これから先も守っていきたいから――。
「やるぞ、みんな!!」
今ここで、獣どもを制圧しなければ!
「はあぁぁぁぁっっ!!」
真っ先に飛び出したのはスピカである。
姿勢は低く、視線はまっすぐ。
野原を切り裂くような高速移動で、近くの魔獣に躍りかかっていく。
「ギギギィィィィィッッ! グルルルゥゥッ!!」
彼女の相手は双頭のオオカミだ。
民家と同サイズの魔獣を相手に、しかしスピカは一切ひるむ様子がない。
「ギギギィィィ!! グアアアアアッッ!!」
双頭のオオカミが牙を剥く。
一本一本がナイフのような大きさの牙。噛みつかれればひとたまりもない凶器である。
そんな魔獣に肉薄し、
「うるさいわね! 私の言うことを聞きなさい!!」
告解武装のムチ――クアドルトゥーラを一振りした。
パチンッ!
小気味よい炸裂音が響く。ムチの先端が、双頭のオオカミを軽く打ったのだ。
すると、どうだろう。
「ぎるるるる……。ぐるるっ、ごろろろ……」
殺意を剥き出しにしていた双頭のオオカミが、スピカの手前にゴロンと寝っ転がったのである。
おおっぴらに腹部を晒している。まさしく服従のポーズだ。
「す、すごいわ!」
スピカはクアドルトゥーラの効果に歓声を上げると、その場にしゃがんで双頭のオオカミを撫で始めた。
「わっ、毛皮がフカフカよ! ふふっ、いい子ね。よ~しよしよし」
「ごろろろっ……。わうぅぅ……Zzzzz」
なんと。
凶暴きわまる双頭のオオカミは、そのまま眠ってしまった。
俺は心でうなった。まさかこれほど強力な『テイム能力』を発揮するとは。
だが、これさえあれば!
「皆の者、スピカに続くのだ! クアドルトゥーラで殴打した獣は、その者に服従するようになっている。ここにいる獣どもを、一体残らず手なずけてしまうのだ!」
『はいっ!!』
その声を合図に、仲間たちが四方に散っていった。
ムチの音が次々と響き、魔獣と神獣をことごとく服従させていく。
そうだ。これこそ唯一の打開策。
あえてグルヴェイグをメインにしたのは、彼女の武器――乗馬用のムチをモチーフにした告解武装を生み出したかったからだ。
「ククク……。南海の楽園を、喰い尽くすぞ……!」
俺は口角を吊り上げ、自称九歳のゴスロリ女神の泣き顔を想像した。
――戦闘が終結したのは、翌日の朝だった。
野原を取り囲んでいた魔獣と神獣の大群は、一体残らずクアドルトゥーラの効果によって『テイム』され、従順なペットとして生まれ変わった。
聖隷グルヴェイグ王国のくすんだ朝陽を浴びながら、俺は次なる一手を放つ。
『――魔王ジュノの一味は、この私、グルヴェイグが撃破しました――』
そんなニセ情報をグルヴェイグに流させたのだ。
形式は直筆の手紙。
グルヴェイグが、ペルヒタ派の末端の下級天使を呼び出し、手紙を預けたのである。
現在、グルヴェイグの魔力反応は魔族仕様になっている。
が、リリスとアルテミスが魔力反応を偽装する魔法をかけておけば、末端の下級天使なら騙せると踏んだのだ。
結果は……おそらく成功。
ネコミミをつけた下級天使の少女は、なんら疑うことなくグルヴェイグの手紙を受け取り、ペルヒタのもとへ飛び去っていった。
その後ろ姿が消えたところで、俺はグルヴェイグに告げる。
「そういえば、世にも都合のいい記憶操作魔法を取得したと言っていたな?」
「はいっ、ダンナ様!」
グルヴェイグが新妻感たっぷりの笑みを向けてきた。
「一部の記憶を切り取る魔法です。たとえば、先ほど私がおしりで達してしまった一連の流れを、堕天使兵の記憶から削除することで、『私とダンナ様が愛し合うようになったから、この国は魔界に編入した』という結果だけを植え付けることができるんです」
「ほほぅ……」
後半部分の内容はともかく、非常に興味深い魔法だ。
俺はグルヴェイグの肩を抱き寄せ、耳もとでささやいた。
「その記憶操作魔法――あとで活用させてもらおう。よいな?」
「えぇ、もちろんですよ。愛するダンナ様のためならば、妻は何でもしますので」
理知的な美貌に四角いメガネ。
すらりとした長身と豊麗きわまる肉体を誇るグルヴェイグは。
またしても、新妻感あふれる穏やかな笑みを咲かせたのだった。
――そして、現在。
転移魔法によって、俺たちはペルヒタ教国の王都・ペルフィーに戻ってきた。
天気は晴れ。風は弱い。
時刻は正午を少し回ったところである。
聖ペルヒタ祭、仮装パレード三日目。
祭りの最終日である今日、ペルフィーの大通りには、二日目をはるかに上回る見物客が詰めかけていた。
その人垣が沿道を埋め尽くし、まともな通行ができなくなっているほどである。
「押さないでー! 押さないでゆっくり進んでください!」
「皆様がケガをされては、ペルヒタ様も悲しまれますよ~!」
憲兵の少女らが『ピッピ♪』と笛を鳴らし、懸命に大通りの流れを確保しようとしている。彼女たちもネコミミとネコしっぽを付けているあたり、細かいところまで徹底された祭りだ。
『…………』
混沌とした大通りの一角に、すでに俺たちは溶け込んでいる。
俺、スピカ、アルテミス、リリス、そしてグルヴェイグ。
五人の間に会話はない。
全員徹夜で戦い続けた後だが、それからしっかり作戦会議を行い、あとは実行へ移すのみという段階だ。今は集中力を高める時である。
正真正銘、崖っぷち。……いや、すでに崖を落下中かもしれない。
ここでペルヒタを出し抜けなければ、ダミー像や魔力反応遮断薬をはじめ、これまで積み重ねてきた数々の作戦が水泡に帰してしまう。
魔界を統べる王として、そんな事態は絶対に許されない。
現在、俺たちは私服姿だ。
さらに魔力反応遮断薬を使い、認識阻害効果を発動させている。
しかも、今はグルヴェイグが仲間になり、告解武装――クアドルトゥーラを生み出せるようになったのだ。失敗を繰り返すわけにはいかない。
――勝てる。
……いや、勝つしかないのだ。今、ここで!
「早く来るのだ、ペルヒタ……」
俺は大通りの向こうをジッと見つめた。
ペルヒタはグルヴェイグの手紙を読んでいるはずだ。
――グルヴェイグの手腕によって、魔王ジュノたちは撃破された。最終日の仮装パレードはのびのびできそうだ――。
と、ペルヒタは思っているだろう。……おそらくは。
べつに疑っていてもよい。
ただ、ほんの少しだけ――。奴に第二の告解武装、クアドルトゥーラを打ち込む隙さえ作れれば……!
ズゥゥゥゥ――ン……。ズゥゥゥゥ――ン……。
来た。魔獣と神獣の足音だ!
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
沿道の人間族が一斉に声を上げる。
パレード隊のファンファーレすらかき消さんばかりの熱狂に、大通りが揺れた。
「クッ、こやつらめ。二日目にあれだけ騒いでおいて、まだ騒ぐか!」
「それだけペルヒタへの関心が高まってるんだわ。信仰心……すごく回復してるんじゃないかしら?」
「うぅぅ……少しだけ羨ましいです。わたくしが女神だったときには、これほど熱烈に信仰心をアピールされたことはありませんでしたから……」
不安げなスピカ。
眉を曇らせるアルテミス。
リリスとグルヴェイグは、通りの向こうをジッと見つめている。
「ややっ、パレード隊が見えましたよ……って、またまたビッグになってるじゃないですか!」
「あれは……ペルヒタが調子に乗っている証拠ですね。私の手紙も多少は効いているはずです。ダンナ様が攻撃を加える隙が、少しだけでも生まれればいいのですが……」
グルヴェイグの言うとおりである。
必要なのは、わずかな隙だ。
それさえあれば必ず勝利を手繰り寄せられる。
――パレード隊が近づいてくる。
ペルヒタが乗っているのは、昨日と同じく巨大な白キマイラだ。
まわりを護衛する魔獣と神獣は、昨日よりも増えている。
おそらく白キマイラを目立たせるためだろう、護衛の獣を増やした代わりに、個々のサイズがやや小さめなのが、せめてもの救いだ。
金管楽器のファンファーレが鳴り渡る。
魔獣と神獣が列をなし、勇ましく行進していく。
熱狂する沿道。
ペルヒタに祈りを捧げる者たち。
ネコミミとネコしっぽを付けた少女たちが、ネコをイメージした尻振りダンスで俺の股間を攻撃してくる。
――来た! 白キマイラだ!
「うおおおおぉぉぉぉぉペルヒタ様ぁぁぁぁぁぁぁあああああッッ!!」
『ドレスは尊き贈り物♪ 小さいからこそ似合ってる♪ ああ我らがペルヒタ様♪』
「ペルヒタ様ぁ! こっちを向いてくださぁい!」
熱きカオスに身を焦がす見物客。
それらを押しのけ――――俺は前方に疾駆した。
それが、合図。
スピカたちも俺を追走し、二度目の奇襲作戦を発動させる!!
「はあああぁぁぁぁッッ!!」
召喚魔法を詠唱し、魔空間にキープしておいた『魔王の衣』と『告解武装・クアドルトゥーラ』を喚び出した。
そして跳躍。
着地点は白キマイラの背中――そこに結わえつけられた、搭乗用のカゴである。
禍々しくも美しい魔王の衣が、俺の全身を包む。
右手に現れるクアドルトゥーラ。
同じく右手に、魔導調律に使う黄色い淫紋を幾重にも発生させる。
そして――額に角が生えたところで、俺はカゴの中に着地した。
「……ッ!?」
ペルヒタの目が見開かれる。
そこに宿るのは、驚愕、混乱。――一瞬の隙。
――それだけで、充分だ!
「はぁぁぁッ!!」
俺は腰を回転させ、勢いよく右腕を繰り出した。
クアドルトゥーラの先端が、ペルヒタの矮躯に迫る。
が。
「させない……」
ペルヒタは残像を伴って姿勢を下げ、俺の初撃を回避した。
「なにっ!?」
すぐさま右腕を強く引き、その勢いを利用して左腕を大きく伸ばす。
ペルヒタのゴスロリドレスを掴もうとしたのだ。
だが、なんと。
「ちびっ子……ばんざい」
ペルヒタは床を転がり、俺の股をくぐり抜けたのだ!
――逃げられる!
「させるかぁぁぁぁ!」
俺は振り向きざまにムチを振った。
全身のしなりを活かした、渾身の一撃である。
パチン。
――その音は、炸裂音と呼ぶにはあまりにも貧相だった。
なぜならば、
「ほ、ほほぅ……なかなかの身のこなしだな、ペルヒタよ。そんなドレスで、よくもまあ俊敏に動けるものだ」
「これぐらい、余裕……」
六芒の女神ペルヒタが、クアドルトゥーラをキャッチしたからだ。
テイム効果をもたらす先端部分ではなく。
普通のムチとなんら変わらない、持ち手に近い部分を――。
クアドルトゥーラを突き出す俺。それを掴むペルヒタ。
束の間の膠着状態。
ペルヒタの大きな瞳が、素早く左右に動いた。
「ふぅん……。このムチで叩かれると、テイムされちゃうんだね……」
彼女は周囲を確認したのだ。冷静に。一分の隙も見せずに。
まわりでは、俺の仲間たちが魔獣と神獣を次々と手なずけている。
そこかしこでクアドルトゥーラの炸裂音が響き、獰猛だった獣たちの咆哮は、甘えるような鳴き声に変わっていく。
「アレでわたしをテイムして、魔王のペットにする作戦なんだね。……えっち」
こちらを見つめるペルヒタの瞳は、敵意と殺意に満ちている。
隙は――無い。
クアドルトゥーラを打ち込むチャンスは、完全に消滅してしまった。
ペルヒタが強い口調で言い募る。
「魔王ジュノ……わたしの国から出て行って。ここはわたしの楽園。魔獣ちゃんと神獣ちゃんをモフモフするための、唯一無二の聖域なんだから……!」
「……楽園、か」
俺の答えは。
「残念だったな、ペルヒタよ」
――嗤い、である。
「きゃひいいぃいぃいいいぃぃいいいいぃぃいいぃぃぃっっっっ!?!?!?」
次瞬。
ペルヒタの小さな身体が雷に打たれたかのような、激しい痙攣に冒された。
ぷっしゃあぁ――っ!
可愛らしい水音が弾ける。
びしゃあぁ……ぽた、ぽた……と、ペルヒタの足もとに甘酸っぱい香りを放つ水たまりが生まれた。
「あぁあ……あぁぁぁ! ぁぅうっ……あぅ、うぅぅ……!?」
何が起こったのかわからない――。
そう言わんばかりに、ペルヒタは目を白黒させている。
「ククク……。ペルヒタよ、腕を見てみるがいい」
「ああぁ!」
ゴスロリドレスの袖をまくったペルヒタが、
「ひぅうぅぅんんあぁああぁぁぁ! ぁああああっ、ぁぁあぁぁぁぁああっっ!!」
またもや不規則に身体を跳ねさせる。
弾けんばかりの快楽によって、もはや身体の制御がきかなくなっているのだ。
「ぅぁあっ……あぁぁああっ……。ど、どうして……どうして……!?」
小さな女神がヘナヘナとへたり込む。
彼女の右腕には、黄色い淫紋がくっきりと浮かび上がっていた。
我が史上最強の快楽スキル、魔導調律による淫紋だ。
クアドルトゥーラを撫でながら、俺は言った。
「ククク……。魂と肉体がマッチしてきたおかげか、俺は魔導調律の効果を物体に付与できるようになったのだ!」
そう。
本当の狙いはこれだった。
クアドルトゥーラでペルヒタをテイムできたならそれも良し。
もしクアドルトゥーラを止められたら、そこに付与した魔導調律の力を注ぎ込むことで、ペルヒタを快楽堕ちさせる。
二重の策を心に秘めて、俺は二度目の奇襲作戦に臨んだのである!
俺は小さな女神を見下ろし、
「さあ、覚悟しろペルヒタ。これまで獣どもを支配してきたキサマに、主人に支配される悦びを教えてやろう!」
魅惑のプレイ……いや、儀式の開始を宣告する。
「い、いやぁっ! んぁあ……い、いやぁっ……いやあぁ……!」
涙目になりながらも、愛らしい喘ぎ声を洩らしてしまう。
そんなペルヒタに、股間にそびえる海綿体の魔獣はたいそう悦んでいる。
俺は沿道を埋め尽くす大観衆に向けて、華々しく宣言した。
「皆の者、喜び踊れ! ハレンチ仮装パレードの開幕であるッッッ!!」
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