第19話 女神王ヴィーナスと天界の刺客たち
「あーうー」
やわらかな雲のベッドに頭から飛び込み、モコモコの雲ふとんをぎゅ~っと抱きしめる。
ここは私の大好きな場所。
この気持ちいいベッドさえあれば、人間界とかどうなったって構わない。
ママから『ヴィーナス』の名前を受け継いで女神王になったけど、その生活は疲れるばかりですっごくつまらないのだ。
「うー……うーん……」
雲のベッドをゴロゴロ、ゴロゴロ。
たったそれだけで、いつもはそこそこ幸せな気分になれるのに……。
だけど、今日はイマイチ気が晴れない。
「あーもー! それもこれも、みーんな魔王ジュノが悪いんだ!」
私は身体を投げ出し、ふぅ~と息を吐いた。
見慣れたドーム型の天井を眺める。
ここは天界の王宮。
女神王ヴィーナスたる私の聖域、寝室である。
もちろん男子禁制だ。あと、女の子でも神族以外は入っちゃダメ!
私が女神王になってから、王宮全体を淡いピンクとパールホワイトにかわいく塗ってもらった。われながらセンスが良くって困っちゃう。
円形の寝室のド真ん中には、大きな雲のベッド。
昼間は、六芒の女神たちの栄光が室内を明るく照らしている。
「ジュノ……かぁ」
私は天井を見上げたままつぶやいた。
『――女神どもは統治者に値しない。一国残らず魔界となることこそが、リリアヘイムの最大幸福なのだ!』
彼の宣戦布告を思い出す。
……あのときはシルエットだけで応じて正解だった。
「さすがにこの格好じゃ締まらないもんね~」
今日はちょうど宣戦布告のときと同じ格好だ。
ぺったんこなお胸をカバーする、フリフリのかわいいネグリジェ。
だけどママ譲りのつやつやロングヘアは、しばらくボサボサ状態が続いている。
それに今の長さだと……歩くと床を引きずっちゃいそうだ。
「はぁ~。いつもはアルテミスが梳かしてくれてたのになぁ~……」
私は枕をむぎゅっと抱いた。
アルテミスの大きなお胸を再現した、ぽよんぽよんの枕だ。
「あの子は私を裏切って魔界に行っちゃうし……うぅぅ、つまんな~い」
私は寝返りを打ち、うつぶせになった。
「むー……。ねーねー、みんな~?」
と、虚空に向かって呼びかける。
すると、しばらくして。
ヒュン――……ヒュン――……という硬く、高い音とともに、床に魔法陣が現れた。
その数、二つ。
それぞれの魔法陣から女の子たちが迫り上がってくる。
「ハッ、お呼びでしょうかヴィーナス様」
一人目は黒髪ロングのお姉さんだ。
異端審問官らしく制帽をかぶり、タイトなミニスカートを合わせている。
切れ長のキツそうな瞳。
四角いメガネをかけていて、口うるさい性格がそのまま表れているから困っちゃう。……まあ、おっぱいが大きいから許してあげてるけど。
彼女の名前はグルヴェイグ。六芒の女神のひとりだ。
「ヴィーナスさま……来たよ」
そして二人目。
私よりも小柄で、私よりもぺったんこな女の子。
紫色のストレートヘア。ぱっつんの前髪。そして死人のように淀んだ瞳。
この子は魔獣使いだ。
白と黒のゴシックでロリータな衣装を着ているけれど、肩のケープはどう見ても魔獣の毛皮だ。……倫理観の線引きがわかんないや。
名前はペルヒタ。
グルヴェイグと同じく、六芒の女神のひとりだ。
「あとの子たちは~?」
グルヴェイグとペルヒタがひざまずいて頭を垂れる中、もうしばらく待ってみたけど、新しい魔法陣は現れなかった。すぐに来られるのは二人だけらしい。
私は雲のベッドに寝っ転がったまま、
「まーまーお二人さん、面を上げ~い」
と言って、ひらひらと手を振った。
二人がひざまずいたまま顔を上げる。
「にしても、ペルヒタ。このあいだはダメダメだったね~。私がうんと魔力を分けてあげたおかげで、魔王たちにバレないようにドラゴンを投入できたっていうのに。一体何十種類の認識阻害魔法をかけたんだっけ?」
「……ごめんちゃい。まさか、わたしの可愛いドラゴンちゃんたちがフツーに負けるとは思わなくて……」
とは言ったものの、ペルヒタは無表情のままだ。
すると、グルヴェイグが鼻を鳴らした。
「フン。詰めが甘いからこういう失敗を犯すのです。私ならば、魔王の一味など余裕で処刑してやれますが?」
「……おばさんには、無理」
「お、おばっ!?」
グルヴェイグが黒髪を逆立てて激昂する。
けれどもペルヒタはどこ吹く風だ。
「女盛りは一ケタ台だもん。十歳を超えたら、もうおばさん……」
「どういう価値観ですか! というか、あなた私より年上でしょうに!」
「わたし……九歳だもん」
「み、見た目はそうかもしれませんが、それって下一ケタの話ですよね!?」
しょうもない言い合いをする二人の女神に、私はクスッと笑みをこぼした。
そしてベッドを降り、ピンと背筋を伸ばす。
「あ、そうそう。私――女神王ヴィーナスは決めましたっ!」
『!!』
グルヴェイグとペルヒタが言葉を収め、また恭しく頭を垂れる。
私はたっぷり言葉を溜めて、
「魔王ジュノの計画を阻止するための、次なる刺客は――」
ビシッとその子を指さした。
紫色のロングヘア。ちびっ子魔獣使いのペルヒタを。
「ふぇ? またわたし?」
「ま、グルヴェイグと共闘してもいいよー。今回は使役してた龍族を投入しただけだったし、次はもーっとイケてる作戦を考えて、しっかりリベンジしてね~」
「んっ……おっけー」
ペルヒタは無表情のまま、ぐっと親指を立ててみせる。あーもう、この子はお人形さんみたいでホントにかわいい。
すると、グルヴェイグが大きな魔法陣を発動させた。
遠見の魔法陣だ。
人間界の田舎の村が映っている。
グルヴェイグは、ニタァ~とドS感たっぷりに笑い、
「では、魔王の一味を処刑するための作戦を練りましょう。まずは敵情視察です」
「ってことは、コレは魔王の村なの?」
私が訊ねると、すぐに「ハッ」という肯定が返ってきた。
「ペルヒタ、よ~く見ておきなよ。次こそは、キミがあいつらをグチャグチャにするんだからねー」
「はーい……」
そんな具合に、三人で魔法陣をのぞき込んだ。
村の中――少し大きな建物の庭で、男女がお茶会を開いている。
そこにはアルテミスの姿があった。
天界にいたときよりも笑顔が優しい。
一緒にいるのは魔王ジュノと金髪の女。
そしてピンク髪の幼女。
『ちょっとジュノ! 私の【知力】が一八に下がってるって、どういうこと!?』
『うむ。あまりにもアホなプレイ……いや、儀式が原因だろうな。いけない尻肉サンドウィッチなどと言っているからこうなるのだ』
『それを言って喜んでたのはジュノだけでしょ!』
『まぁまぁスピカ様。【知力】二〇が一八になったところで……』
『えぇ、いろいろと残念なのは変わりませんよっ♪』
『アルテミス! リリス! そういうことを言う子のケーキは、私が没収よ!』
『『キャーッ!?』』
お茶会は笑いにあふれ、端から見ていても仲の良さが伝わってくる。
「…………はぁ~」
私は思わずため息を吐いてしまった。
「いいなぁ……。天界にいるよりも、ずぅっと楽しそう……」
「め、女神王様! やつらを羨んでどうするんですか!」
「もぅ……。やつらを倒す作戦、考える流れだったのに……」
グルヴェイグとペルヒタに詰め寄られ、私はやれやれと肩をすくめる。
三〇〇年ぶりに復活した魔王、ジュノ。
彼がこれからどう出るのか。
リリアヘイムを魔界にするために、何をやらかすつもりなのか。
正直、ちょっとだけ楽しみだ。
「ま、相手にとって不足はないかな。新生魔王には負けないよ~」
私はつぶやき、天井を見上げた。
魔族の王をひねり潰す快感を、何度も何度も夢想して――。
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