第18話 新生魔王たちの新たなる力
王都が光に包まれる。
金と銀、そして暗黒の光に――。
三つの光は王都を包み込むように広がり、混ざり合い、ピンク色の燐光を散らしながら、すべての視界をゼロにする。
やがて、そのまばゆい輝きが収まったとき。
「さあ、俺たちの国を取り戻すぞ!」
「当たり前よ! 龍族なんてさっさと斬り伏せてやるわ!」
「わたくしたちで、リリアヘイムを尊き魔界にいたしましょう……!」
俺、スピカ、アルテミスの三人は、それぞれ一本の剣を握りしめていた。
金と銀に輝く鋭い両刃。
柄はツヤのある闇色。
三人分の魔力を凝縮して生み出した、第一の告解武装『トリアングルム』である。
そして走る。
リリスたちが戦っている大通りを目指し、一心不乱に足を進める。
やがて路地を抜け、俺たちは剣を構えた。
ガチャ――と重厚な金属音が響く。
トリアングルムの先端を三体の巨龍たちに突きつけ、周囲を確認する。
王都は……無事だ。
さきほどよりも多くの建物が壊れているが、しかし想定したよりも格段に被害は少ないようだ。
リリスたちの頑張りに、俺が感謝を捧げた瞬間――。
三人のトリアングルムを軸にして、あふれんばかりの魔力が周囲にほとばしった。
大地が震え、大気が震え、金と銀の刀身がさらなる輝きに包まれる。
「ゴアアァァァァァ!!」
炎の龍族が眼球を見開く。
「ギギィィィィィッ!!」
氷の龍族が牙を剥く。
「グルオォォォッッ!!」
土の龍族がウロコを逆立てる。
龍族たちが姿勢を低くした。臨戦態勢である。
三本の告解武装を前にして、彼らの本能が生命の危機を伝えているのだろう。
「……ま、まお~さまたち~……がんばってくださぁ~い……」
俺は横目でリリスを捉えた。
崩れかけた聖堂に寄りかかり、右手を小さく、力なく振っている。
汗や泥で顔は真っ黒。ツインテールの髪はほどけ、魔法を使いすぎたせいで目の下に濃いくまが浮いていた。
彼女のまわりには大勢の仲間がいる。
堕天使兵と魔族兵。そして王都の憲兵や騎士団だ。
誰もがボロボロに傷つき、膝をついている者も多い。
しかし、彼らの瞳は死んでいない。それどころか俺たちを見つめ、希望の光をらんらんと輝かせているのだ。
その光景を目の当たりにして、俺は傍らに呼びかける。
「スピカ……皆が大いなる期待や希望を寄せているが、気分はどうだ?」
スピカ・フォン=シュピーゲルベルクは。
人々の期待や希望を重荷に感じ、魔族に堕ちた告解魔法士は。
「ふふっ」
と柔らかな微笑みを浮かべた。
「……もう、辛くないわ。だって私は一人じゃないもの。ジュノもいるし、アルテミスもいる。みんなと一緒なら……私はどこまでも強くなれるわ!!」
黄金の魔力が逆巻き、王都の空に光を散らす。
そこに加わる魔力は、どこまでも澄んだ銀色だ。
「わたくしも、一歩を踏み出さなければいけませんね」
アルテミスがトリアングルムの柄を握り直す。
「あの龍族を斬ることは、天界への明確な反逆を意味します。けれどもわたくしは後悔しません。わたくしは、ジュノ様への愛に生きると決めたのですから……!!」
二人の決意が魔力を高める。
俺が発する暗黒の魔力と混ざり合い、ふと、温かな想いが胸に染み込んできた。
「フッ……。良き時代に復活できたことを、魔界に住まうすべての家族に感謝しなければならないな……」
そっとつぶやき、俺は訊ねる。
「して、スピカ。この剣は、どのように振ればよい?」
「わたくしも聞きたいです。恥ずかしながら、剣を振るのは初めてですので……」
俺とアルテミスの問いかけに、
「そんなの決まってるわ!」
スピカは晴れやかに言ってのけた。
「ありったけの激情を込めて、ただ思いっきり振り回すだけよ!!」
その言葉が消えたとき。
ダンッ!! と三人同時に地面を蹴った。
俺は炎の龍族へ、スピカは氷の龍族へ、アルテミスは土の龍族へ肉薄する。
「ゴアアァァァァァ!!」
目前で吼え哮る炎の龍族。
俺の心に恐れはない。仲間を案じる気持ちもない。
「私は――国を、変える!!」
「ジュノ様の世界のために!!」
背後で聞こえる気合の声を、心から信頼しているからだ!
俺は突進の勢いをそのままに、一気に剣を振り下ろした。
炎の龍族めがけて、スピカの言葉に従い、己の激情を刃に込めて……!!
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「ゴアアァァァァッ!!」
空気が裂ける。魔力がうなる。
刃が衝撃波を帯びる。
――激突の瞬間、炎の龍族のウロコが弾けた。
肉も骨も、容赦なく引き裂けていく。
ほとんど抵抗は感じない。
あれほど強靱だった龍族の身体が、溶けたバターのごとく両断されたのだ。
「ゴ、ゴァ……」
あえぐような声を洩らして――、
「ゴブッ……」
炎の龍族は右と左に身体を分裂させ、光の粒子となって消えていった。
俺のトリアングルムが、地面に勢いよく突き刺さる。
全身全霊の気合とともに振り抜いたせいで、俺の力をもってしても刃を止めることができなかったのだ。
小さな地割れが起きてしまったが……まあ、不可抗力ということにしよう。
「ギ、ギゥ……」
「グル、ォ……」
向こうでは、氷の龍族の首が飛び、土の龍族が上半身と下半身に分断されている。
やがて二体も光の粒子となり、王都の空へと昇っていった。
――静寂が訪れる。
風の音が流れる。
炎上した建物が、ときおりパチパチと音を立てる。
俺はそっと目を閉じた。
胸の奥に、熱い気持ちが渦巻いている……。
これは、そう、達成感だ。
俺たちの『やましさ』がもたらした絶後の一撃が、王都に平和をもたらしたのである!
「ジュノ……」
トリアングルムを片手に、スピカがこちらを見つめる。
「ジュノ様……」
両手で重そうに剣を持ちつつ、アルテミスが微笑む。
三人の視線が交わり、互いに身を寄せ、キスの予兆が顔をのぞかせたところで――。
「リリスたちの大勝利でぇ~すっ!!!!」
堕天使幼女のキャッキャとした声が、見事に雰囲気をぶち壊した。
「フッ……まったく、リリスのやつめ」
俺がトリアングルムを地面に突き立て、ホッと表情をゆるめたときだ。
「魔王様~っ♪」
駆け寄ってきたリリスが、俺の胸に飛び込んできた。
小さな身体を受け止める。
細く、薄く、儚い身体。
こんなにも幼い身体で、リリスは戦い抜いたのだ。
「よくぞ持ち堪えてくれたな。さて、約束の褒美だが……」
「では魔王様、リリスに熱いキッスをばっ!」
言葉と同時に、彼女は唇をキスの形にして迫ってきた。
俺としても、まあやぶさかではない。
なぜならば。
リリスは魔界の、大切な家族なのだから。
「うむ。それでは……」
「魔王様ぁ~♪」
唇が近づく。
鼻先が触れる。
吐息が重なり……ちゅっ。
花びらのように幼い唇――その感触は、スピカやアルテミスよりも柔らかで……。
「ジュノ、私もするわ!」
「わたくしも混ぜてください!」
だが、リリスとのキスはいきなり中断させられた。
さきほど味わったばかりの唇の感触が、二つそろって舞い戻ってきたのだ。
「わぷぷっ、スピカさんにアルテミスさん!?」
リリスが素っ頓狂な声を出す。
彼女を挟むようにして、スピカとアルテミスが俺の唇を奪いに来たのである。
口の右端にスピカの薄い唇が触れる。
口の左端にアルテミスのふっくらした唇が触れる。
だが……さすがにこれは無理がある。
スピカたちの突進によってバランスを崩し、俺は背中から地面に倒れ込んだ。
腹の上にはリリスが乗っかり、左右の腕にスピカとアルテミスが収まっている。
なんともマヌケな光景に――、
「フッ、フフフッ……!」
俺は思わず、気の抜けた笑い声を洩らしてしまった。
「あっ、魔王様が笑ってます! カワイイです!」
「高笑いは聞いたことあるけど、明るく笑ったのは初めて見たわ!」
「あぁんジュノ様やめないでください。ほら、もう一度笑ってください!」
「そ、そう言われると、すさまじく笑いづらいのだが……」
いかん。恥じらいのあまり頬が熱くなってきた。
やはり人間の身体は、こういうときに不便きわまりない!
彼女たちをやんわり押しのけて立ち上がると、
「……む?」
王都の様子が変わってきているのに気がついた。
避難していた住民たちが、だんだんと戻ってきたのだ。
彼らは次々に歓声を上げ始める。
「みなさん、ありがとうございます!」
「魔族だからって怖がってごめんなさい!」
「ともに手を取り合い、良い国にしていきましょう!」
避難誘導を行った騎士団や憲兵、そして堕天使兵や魔族兵たちに、涙ながらに感謝しているのだ。
そしてもちろん、俺たちに対しても。
「ジュノ様ばんざーい!」
「リリス様ステキー!」
「アルテミス様~!」
だが、そこにスピカの名前はない。
なぜなら彼女は『魔道迷彩』という術式によって、他者から第四王女、スピカ・フォン=シュピーゲルベルクだと認識されないようになっているからだ。
かつての仲間たちに、第四王女が無事に生きていることを気取られないための措置である。
俺は小声で訊ねた。
「スピカよ。魔道迷彩……まだ使うのか?」
「ふふっ……そうね。しばらくは使おうと思うわ」
意外な返事に眉を上げる。
俺の疑問に気づいたのか、
「ほら見て。あの子たちの顔……」
スピカは王立騎士団――つまり、かつての部下の少女たちを指さした。
王立騎士団は住民の避難誘導に従事していた。
今は誰もが泥だらけ、傷だらけだ。
それでも彼女たちは笑っている。
達成感に打ち震えるように、キャッキャと声を弾ませているのだ。
「私が一緒にいたときは、あの子たち……あんなに生き生きとしてなかったの。私に魔力を分け与えて、期待や希望をまるごと託して。彼女たちの役目は、たったそれだけだったから……」
スピカは続ける。
「だけど、今のあの子たちは違うわ。自分たちで考えて、動いて、王都を守り抜いたのよ。あの子たちには……たとえ『戦う王女』がいなくても、自分たちの心の中に希望を見出せるようになってほしいの。その方が、きっと……」
「あやつらにとっては、幸せだろうな……」
スピカの言葉を引き取り、俺は小さなうなずきを返した。
「だからね、ジュノ……」
ふと、手に柔らかなものが触れる。スピカが俺の手を握ってきたのだ。
「もうしばらく……私は、あなただけのものだから」
そう言って、指先を絡めてくる。
俺はフッと鼻を鳴らして、
「まったく、可愛いやつめ」
スピカを両手で抱きしめた。そっと、優しく、愛を込めて。
――まさに。
――まさに、そのときのことだった。
青く晴れた空が引き裂け、大気を激しく震わせつつ、巨大な円形の魔法陣が姿を現したのだ。
色は純白。
底知れぬ聖性を撒き散らしながら、上空の魔法陣はどんどん大きくなっていく。
『!?!?』
俺を含め、その場の全員が目を見開いた。
あれは遠見の魔法だ。
あの魔法陣を使って、なにかを映し出すつもりらしい。
やがて、巨大な魔法陣の中央に波紋が生まれた。
湖面に波を立てるように、ゆらゆらと揺らめいていく。
そして。
魔法陣の向こうに、何者かの影が浮かび上がってきた。
長すぎる髪。肉づきの薄い身体。
おそらく……かなり小柄な少女だ。
「あ、あ、あ……」
少し離れたところで、アルテミスが切れ切れの声を洩らしている。
その反応で俺は察した。
「まさか……当代の女神王ヴィーナスか!!」
俺の声は、どうやらあちらに届いたらしい。
「ごめいと~。私が今の女神王ヴィーナスだよ~」
だが、返ってきたのは、じつに気の抜けた少女の声だった。ものぐさでダメダメな女神王というのは本当らしい。
俺がわずかに警戒心をゆるめようとしたときだ。
「いやぁ……それにしても、やってくれたねぇ魔王ジュノ」
女神王の声が、わずかに低くなった。
「!」
俺は即座に警戒心を尖らせる。
魔法陣を通しているというのに、感じる。
当代の女神王ヴィーナスは、ケタ違いの魔力を有しているのだ。
それこそ、三〇〇年前の俺すらも上回るほどの……。
「んで? 魔王はこれからリリアヘイムで、何をやらかそうとしてるのかな~?」
からかうような声が響いてくる。
俺は内心の驚愕を隠し、笑みをのぞかせた。
「決まっている。ここリリアヘイムを、理想の魔界に変えるのだ!」
腹の底から声を出して宣言する。
「キサマら無能な女神どものせいで、リリアヘイムは醜く腐敗してしまった……。人を人とも思わぬキサマらに代わり、俺が世界を支配してやろう。女神どもは統治者に値しない。一国残らず魔界となることこそが、リリアヘイムの最大幸福なのだ!」
「あははははははっっ!!」
すると、魔法陣の向こうから無邪気な笑い声が聞こえてきた。
女神王のシルエットが揺れる。腹を抱えて笑っているようだ。
「あ~面白い! いいよいいよ、やれるものならやってみなよ! 神か魔族か。世界の存亡を賭けた絶頂大戦が今、幕を開ける~ってね!」
――ブツン。
それっきり影は消え、巨大な魔法陣はだんだんと風に溶けていった。
「…………」
魔法陣が消えた空を、俺はジッと見つめ続ける。
右の拳を固く握り。
俺は――嗤った。
「世界の存亡を賭けた絶頂大戦……結構ではないか。残る六芒の女神も、女神王ヴィーナスも、俺の魔導調律によって狩り尽くしてやろう!!」
勢いよく振り返り、頼れる仲間たちを見る。
“元”王女、スピカ・フォン=シュピーゲルベルク。
“元”六芒の女神、アルテミス。
そして堕天使の幼女リリス。
彼女たちとともに、俺は覇道を歩んでいく。
魔導調律によって世界を快楽の深淵に堕とし、理想の魔界を創り上げるのだ。
俺はスピカたちに呼びかける。
「帰ろう。俺たちの魔王城へ……!」
神聖アルテミス王国での戦いは、これにて一時、幕を下ろす。
しかし、すでに賽は投げられた。
リリアヘイム全土を巻き込んだ、世界の存亡を賭けた絶頂大戦――。
女神と魔王。
どちらが勝つかは……フフッ。
そんなもの、魔王ジュノに決まっているではないか……!!
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