第三章(兵部切腹)‐二
昌景が密かに
二人の目付は昨夜半も、曾根周防や長坂源五郎を引き連れた義信が、飯冨兵部邸宅を密かに訪れていることを信玄に復命した。
太刀持ちとして信玄に
信玄はこれを一読するや
「どのようにこれを入手したか」
と昌景に問うた。
苦渋の表情で昌景が入手経緯をありのまま報告すると、信玄は
「その
そこまで深謀遠慮して・・・・・・」
と言ったきり絶句し、手にした書簡をはらりと落として
「余は、
と絞り出すように言った。
「御屋形様。謀叛露見した上はすぐさま飯冨兵部邸宅に
昌景は思い詰めた表情でそう言った。
信玄は
「そなたはならぬ昌景。余は
と告げると、早速穴山信君を召し出し、事態ありのままを伝えた。
信君は突如命じられた難事に驚愕し、そしてしばし立ち尽くした。飯冨兵部少輔虎昌率いる
信君は急ぎ自領に舞い戻って歴戦の軍役衆を選りすぐりながら、
「困ったことになった」
と独りごちていた。
そこへまかり出たのは信玄によって信君の
「穴山様は選りすぐりの兵を召し出されるおつもりでしょうが、御屋形様は兵部が邸宅を討って出て来ることはあるまいと仰せです」
「では籠城か。いずれにしても相当の損害を覚悟せねばなるまい」
「さにあらず。兵部は討って出て来ることもなければ籠城することもなかろうとの
信君は怪訝そうな顔をした。
「では御屋形様は如何に仰せだったのか。大人しく
「兵部は
相手が飯冨兵部と聞いて死闘を覚悟していた穴山信君は、そうは聞いても緊張の面持ちを崩すことなく
「そうあって欲しいものだ」
と呟いた。
武藤喜兵衛は信玄より、穴山信君相備として飯冨兵部少輔虎昌追捕を命じられたものであるが、その際信玄より
「兵部はその場にて切腹して果てるであろうから、その武辺の死に様を間近に見聞し、武士たる者は斯く在るべしと今後の参考とせよ」
と特に命じられていた。
弱冠にも及ばず実戦経験も乏しい若武者に、武士の心構えを教育する信玄の意図であった。
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