第12話「その傷を、いつかお互い勲章に」
その男の名は、
野球部の後輩……そして、
子供達の無邪気な歓声が満ちる中、正重は店の外で清次郎に飲み物を渡した。
「ま、飲んでくれよ。おごり」
「チス! いただきます!」
声がでかい。
運動部特有の、声の響きだけで伝わる気持ちがあった。
言葉として洗練され過ぎた、その空気の振動が心地よい。
正重もコーラのボトルを開封して、
だが、結果は今でも
そして、その自分勝手な
「まあ、なんだ……あの時は悪かったな。ちゃんと謝ってなかった気がする。ごめんな、今井……すまなかった」
「……やめてくださいよ、先輩」
「ん、でも、ちゃんとしときたいからな」
「そんなの……とっくにですよ、とっくに」
「だよな。今更遅いか、はは」
太い
そのまま黙って、スポーツドリンクをガブ飲みする。
それからしばらく、二人は黙って並びながら口数が途絶える。何かを言おうとする都度、バツがわるくて飲み物を傾けた。
だが、清次郎は前だけを見て喋り出した。
往来は少し
「実は……新チーム、立ち上げて。俺、部長ッス」
「お、そうか。ま、頑張んな。お前の最後の夏は、これからだからさ」
「……ウス。それに、最後にするつもりないですよ。俺も、みんなも」
「ああ、その意気だ」
それをぶつけたら、少し胸の奥が軽くなった気がする。
だが、清次郎が受け取ってくれたかどうかはわからない。
彼は正重とは目を合わせず、それでもいつもの歯切れの良さでズバズバと言葉を選んできた。
「地元に残ってるOB、少ないんスよ。みんな都会で進学か就職で」
「まあ、わりと
同級生やチームの仲間……仲間だった者達。皆、大半が町を出ていった。
東北の田舎町で、これといった産業もない。そして、ゆるやかに衰退しつつある。町に寿命がるというのなら、まさに静かな大往生が見え始めているのだ。新たな動きもなく、それを
そんな中、若者達は常に都会へと流出し続けている。
時々携帯電話で見るネットのニュースでも、自分の町が十年後や二十年後の限界集落だといっていた。地図から消える町、なんて見出しが目を引く。
そんなことを思い出していると、初めて清次郎が正重を真っ直ぐ見た。
少し
「先輩、部活……見に来てくれないスか。……去年はあそこまでいったし、一年の入部者も増えました。新体制、先生もコーチも力入れてくれてるッス。でも、もう一押し……先輩にも、力を貸して欲しいんです!」
そこまで一気に早口でまくし立てて、清次郎は「あ!」と口を手で抑えた。
そこには、現役時代よく
同じ
そして、投手としての彼に汚点をなすりつけ、敗戦の直接的な原因にしてしまったのは……他ならぬあの日の正重だった。
「す、すんません! 先輩、仕事してて、でも……まだ、この町にいてくれて」
「ああ、気にすんなって」
「じゃ、じゃあ!」
「はは、俺みたいなのがノコノコ出てったら、面倒だぞ? デカい顔されて面白くない二年……あ、もう三年か。そういう奴等もいるの、わかるだろ?」
両の手を握り締めて、清次郎は黙った。
だが、なんとか彼は言葉を絞り出そうとする。
脳裏に言うべきことを探して俯く、そんな後輩を見て正重は思った。
彼もまた、不安なのだ。新チームの部長に就任した、それだけの実力がある選手だと正重も思ってる。そんな彼が気後れしてしまう、堂々と部を引っ張れない原因は正重が作ってしまったのだ。
「……あの試合、先輩は悪くないッスよ。あんなになるまで……投げてくれたんじゃないスか。それを、みんな」
「おいおい、言うなって。やめやめ」
「やめません! ……先輩からマウンドを引き継いだ、俺が」
「言うな言うな。お前、公式戦じゃ初めてのマウンドだったよな? ……ずっと俺がでしゃばってたから、あの日がほぼ、初めてだった」
そう、あの日に限界を超えた肩が突然壊れて、そこで正重の投手人生は終わった。
しかし、ゲームは終わらなかった。
マウンドを
まだ来年のある男に、どれだけ
だが、正重は知っている。
今も思い知っている。
あの日、突然の大舞台に連れ出された清次郎の敗因は、緊張と経験不足……そして、彼がそんな状態で控えに居続けた理由は、他ならぬ正重だったのだ。
「……先輩。すんませんした。ただ……」
「わかってるさ。誰だって部長なんてやるとな、最初はブルッちまう」
「何か……こう、ないスか? ……
「そうだな……よし! よく聞け、今井。ズルはするな! 嘘だけはつくな……仲間にも、自分にも。それだけ絶対貫け……お前は、貫き通せ」
「ウス! ありがとうごじざいます! あと」
清次郎は去りかけて、戻ってきた
そして、直角にお辞儀して身を起こすと……最後に一度だけ正重を振り返った。
「俺、あの時……一生分、
「その意気だ。頑張れよ、って……もう頑張ってるか。なら、頑張り過ぎんなよ」
「ウス! 失礼しまっす!」
一礼して、ダッシュで清次郎は走り去った。
それを見送り、涼華がニヤニヤと近付いてくる。周囲の子供達も、少年同士の難しい話に首を
「ちょっとちょっと、今井君? だよね? ねえねえ、マサ君っ! 青春ってやつ? おうおう、おねーちゃん見てたゾー!」
「……うるさいよ、
「で……あのさ。よしのん、あれは……何してるのかな」
姉の指差す先を振り返ると、
店の中から顔だけ出して、それはまるで見守っているような雰囲気だ。その足元では、
涼華がからかうと、吉乃は真っ赤になった。
逆に、悪びれずに紅玉はツンと顔を背ける。
「あれあれ~? よしのん! 熱視線……もしかして、あれ?」
「あっ、いえ、それは! 正重さんが、何だか……真剣な、お顔で……つ、つい……すみません! ごめんなさい!」
「んー、いいのいいの。それよりさっきの熱い眼差し……あれでしょ! ズバリよしのんって!」
姉はバカだと思い知る正重だった。
「いわゆる
「そ、そうでもないですっ! あ、いえ……チ、チガイ、マス」
「ねえねえ、フジョシって? あ、いい! マサ君に教えてもらおうもん。ねえねえ、マサ君。このおばさん、フジョシだって! わたしは違うよ? フジョシくないからねっ!」
はははと苦笑が
後輩が去った方を一度だけ振り向き、無言のエールを心に叫ぶ正重。そうして、徐々に傾く日差しの中で、彼は今日も家業に
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