第85話

 

 木陰でフィーユを休ませ、俺は倒した魔物を短剣……ナイフで解体していく。ファーレスに長剣を渡した時、代わりにナイフを俺が装備したのは幸運だった。


 血の匂いがフィーユに行かないよう、風向きを気を付けつつ、フィーユと今後について話し合う。


『また魔物が現れたら、さっきみたいな戦法を取るしかないと思う』


 俺の言葉に、フィーユが同意するように小さく頷く。


『魔物がこっちに近付いてきたら、俺はフィーユと距離を取って身を潜める。フィーユは防御壁を張ってひたすら耐えてくれ』


『……うん』


 目の前で魔物が殺されるだろうから、目は瞑っててくれと注意をしつつ、フィーユに問いかける。


『フィーユは魔物に囲まれることになるし……かなり怖い思いもすると思う。大丈夫か……?』


 俺の問いかけに対し、フィーユが力強く答える。


『……大丈夫! 怖いけど……トワを信じてるもん!』


『……ありがとう』


 フィーユの言葉に目を瞑り、俺は銃を握りしめる。フィーユの信頼に応えたい。フィーユを守りたい。その為なら俺は、何匹だって魔物を殺す。



 ……



 フィーユの魔力が回復したというので、俺達はまた馬車に向かって歩き出した。

 解体した魔物の肉は、火を通して調理済みだ。食べれるかどうかは、ディユの森にいた頃と同様に、俺の腹で時間を掛けながら調査中だ。


『魔物を解体してる時も思ったけど……トワ、何か手慣れてるね?』


 魔物を解体したり、木の枝等を上手く使いながらその肉を調理したり、調理した肉を食べれるか調査したり……俺が何かするたび、フィーユは興味深そうに眺めていた。


『まぁ……サバイバル生活、長かったから……』


『 "サバイバル" ……? よく分からないけど、トワすごい!』


 フィーユがキラキラとした瞳で俺を褒めてくれる。『ありがとう』と返しながら、俺は食べれそうな植物や、役に立ちそうな蔦をどんどん採取していく。


 ―― 確かに、無意識のうちにサバイバル行動してるな……俺。


 気が付けば、山を歩く時に食べ物を探しながら歩く癖が身についている。


 歩きながら蔦を編み、袋を作る。フィーユにも編み方を教え、一緒に袋を量産すると、採取した食べ物等をどんどん袋に入れていく。


 ―― 異世界に来て身についた技術がサバイバル行動って……どうなんだ、これ……?


 何というかこう……もっと役に立つ技術を身につけたかった。まぁ、スティード達に特訓して貰ったので、剣術や体術も身に付いた。サラリーマン時代に比べれば、見違える程強くなれたとは思う。


 ―― あと狙撃技術も身についたな……。


 何だか、日本では役に立たない技術ばかり身につけている気がする。



……



 フィーユの歩幅に合わせ、休憩を挟みながらどれ程歩いただろうか。


 段々と辺りが暗くなってきた。馬車の前照灯がない今、視界の悪い暗闇で行動するのは危険だろう。


『フィーユ。どこか休める場所、探そうか』


 フィーユに声を掛けながら、俺は辺りを見回す。


『ちょっと待ってて。もし魔物が近付いてきたら教えてくれ』


 そう言い残し、俺は蔦を近くの木に巻き付けると、木を登り始める。


 フィーユは驚いたように俺を見ながら『と、トワ!? どうしたの、危ないよ!?』とあわあわしている。

 俺はそんなフィーユに『大丈夫、大丈夫』と軽く返事をしながら、どんどん木を登っていく。ディユの森でも何度も経験したので、木登りも慣れたものだ。


「よし。やっぱ近くに川があるな……」


 かなり上まで登り、周囲を確認する。思った通り、直ぐ近くに川が流れていた。

 旅に水は必需品だ。人工的に道を作るなら、川からそう遠く離れていない場所に作るはずだと考えたのだが、ビンゴだったようだ。


 俺達は元々道を進んでいた。土砂で流されたとはいえ、それほど川から離れていないはずだと思ったのだ。むしろ土砂に流された際、元々の位置より川の近くに来た気がする。


 そしてディユの森での経験上、川の近くには洞窟が多い。多分川の水によって岩が削られ、洞窟になるのだろう。


『フィーユ、近くに川がある。今日はそこまで歩こう!』


 フィーユに声を掛け、木を降りる。フィーユは木から降りてきた俺に『トワ……なんていうか、その、本当に、すごい……』とまた称賛の声を掛けてくれた。若干先程の称賛よりも、声が固かった気がするが気のせいだろう。



 ……



 それからまた休憩を挟みながら歩き、日が暮れる前に何とか川と洞窟を見つけた。


『わー! トワの言ってた通り、本当に洞窟があった……! すごい、今日はここでお泊りだね!』


 外から洞窟の内部を覗き込みながら、フィーユが少しワクワクした様子で言う。しかしその後、少し怯えた様子で『でも、仲に魔物がいるみたい……私達を警戒してるのか、動いてないけど……』と付け加える。


 それも予想範囲内だ。川の近くの洞窟なんて、そりゃあ魔物の巣になっているだろう。襲い掛かってこないということは、フィーユより弱い魔物なのだろう。


『ちょっと可哀想だけど、洞窟の中の魔物を追い出そう。この木に火をつけてくれるか?』


『うん!』


 俺はフィーユが出してくれた火で、木の枝を何本か燃やすと、洞窟の中に投げ込む。どんどん投げ込んでいくと、洞窟の中からもくもくと煙が上がる。すると、煙にいぶり出されるように、中にいた魔物が外に飛び出して来た。


 大きな猫のような魔物は洞窟の外に顔を出すと、一目散に俺達と逆方向へ逃げていく。多分フィーユの魔力に怯えているのだろう。


『フィーユ、どう? 中にまだ魔物はいそう?』


『ううん。さっき出ていったのが最後みたい! もう何もいないよ!』


 フィーユが感知してくれた結果を聞き、ホッとする。

 今度はフィーユの魔法で水を出して貰い、洞窟の中で燃えている火を消す。そのあと魔法で風を出してもらい、洞窟内の空気を入れ替える。


『酷使してごめんな? 魔力、大丈夫そう?』


『平気だよ! ……えへへ、私も役に立てて嬉しい!』


 フィーユは誇らしげにそう言うと、『洞窟、もう入って大丈夫かな?』と目を輝かせながら問う。


 俺はスマートフォンのライトをつけて中を照らし、先に洞窟に入って内部を確認する。洞窟の中はとても広く、25メートルプール程の広さがあった。


 面積の半分はちゃんと土があり地面になっているが、もう半分は川が流れていた。洞窟の上部に隙間があるのか、何筋かの光が差し込み、川の水に反射して神秘的な雰囲気さえ漂わせている。


「綺麗だな……」


 淡く輝く川を見ながら、俺はしみじみと呟く。雨などで水嵩が増せば危険だと思うが、幸い今は天気も良く雨が降る気配もない。


『うん、大丈夫そうだ。フィーユ、おいで!』


 俺がフィーユを呼ぶと、待ってましたとばかりにフィーユが駆け寄ってくる。そのまま一緒に、洞窟内を探索する。


『綺麗だねー!』


 フィーユは楽しそうに川の水でぱしゃぱしゃと遊んでいる。俺は危ないものがないか、敵が入ってきそうな場所がないか、注意して洞窟内を観察する。


 探索した結果、出入り口は俺達が入って来たところだけのようだ。


 俺は適当に入り口に蔦を張ったり、岩を置いたりしてちょっとした罠を仕掛ける。万が一魔物が襲ってきても、罠で足止めしている間に銃で撃つつもりだ。


 罠を仕掛け終わった後は、寝る場所を確保する。

 衛生面が不安なため、ざっくりと掃除した後、フィーユの魔法で火や水を出して貰い、地面を綺麗にする。その後、柔らかい葉っぱを敷き詰め、寝転がれる空間を作る。


『じゃあ俺が見張りをするから、フィーユは先に寝てくれ』


『……うん』


 フィーユは布団代わりのマントに包まりながら、なかなか寝付けないのか、何度も寝返りをうっている。


『……眠れない?』


 問いかけながら、そりゃそうだよな……と思う。

 フィーユは貴族の娘のはずだ。きっとふわふわの布団でしか寝たことがないだろう。馬車の荷台も、ペール達のおかげでかなり寝やすい環境が整っている。いきなりこんなごつごつした地面の上、葉っぱを敷き詰めただけの場所で寝ろと言われても、眠れないだろう。


『……トワ、もし魔物が近くに来たら教えるから……寝るまで、手を握っててもいい?』


 フィーユが小さな声で、ぽつりと問いかける。


『……うん、勿論』



 異世界生活494日目、穏やかな寝息が聞こえてくるまで、俺はフィーユの小さな手をずっと握りしめていた。


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