第81話

 

 フィーユは悲鳴のような声を上げながら、腕を前につき出す。その瞬間、何かが壁に激突したような、鈍い音が後ろから響く。

 バッと後ろを振り向けば、先程と同じ狼のような魔物が、半透明の壁に阻まれていた。どうやらこの半透明の壁は、フィーユの出した防御壁のようだ。


『フィ、フィーユ、凄いっ! よくやった! ありがとうっ!』


 フィーユが防御壁を出してくれなかったら、今頃俺は鋭い爪で後ろからズタズタにされていただろう。


『そ、そのまま壁を維持してくれ!』


 俺は壁の中で必死に銃を構え、引き金を引く。



 ―― パンッ!

 ―― パリィンッ!



『う、うわぁっ!?』



 俺が銃を撃った瞬間、発射された魔力弾が防御壁に当たり、防御壁が割れる。防御壁が割れたことにより、魔物が再び俺達に向かって襲い掛かってくる。


『ひゃ、ひゃあああっ!』


 フィーユが再び防御壁を作ってくれたのか、魔物に襲われる前に防御壁が貼り直された。


『フィ、フィーユ! ヤバイ、これ攻撃できないっ!』


 俺は頭が真っ白になりながら、あわあわとフィーユの方を向く。フィーユも泣きながら『で、でも! 壁をなくしたら魔物が来ちゃうよぉ!』と叫ぶ。

 先程まで俺達と魔物の距離は2、3メートルほどあったが、一瞬壁がなくなったことにより、俺達と魔物の距離はもう1メートル程しかない。


『ど、どうしよう……? フィーユ、壁の一部に穴開けたり……出来る?』


『わ、分かんない……やったことない……壁が全部なくなっちゃうかも……』


『そ、それは困るな……』


 魔法はイメージが大事なはずだ。こんな集中できない状況で、練習したこともないことを突然やらせるのは、リスクが高すぎる。

 俺が魔物に攻撃する瞬間だけ壁を消して、またすぐに防御壁を出して貰おうかと思ったが、フィーユは『で、でも、失敗したら、トワが魔物に攻撃されちゃう……!』と言って首を振り、壁を消してくれない。

 鎧を着ているからきっと大丈夫だよと言い聞かせても、どうしても怖いらしい。


『壁を出しながら、炎を出したりは?』


『わ、分かんない……やったことない……やっぱり壁が消えちゃうかも……』


 多分、壁を出しながら炎……攻撃魔法を出すというのは、脳内で2つのことを同時にイメージしなくてはいけないのだろう。かなり難しそうだ。やはりこんな集中できない状況でやらせるのは、リスクが高すぎる。


 しかしこのままでは、フィーユの魔力が尽きたら終わりだ。魔物もそれを分かっているのか、引き下がることなく防御壁に攻撃を続けている。




 ―― どうする、どうする、どうする……!?




 考えに考えた末。



『ファ、ファーレスぅぅぅ!! ファーレスぅ!! ヘルプッ! 助けてっ! 今、魔物に襲われてるっ! ファーレスぅぅぅ!』



 ―― 俺は全力でファーレスに助けを求めた。



 全力で叫ぶ俺の姿を見て、フィーユも『ファ、ファーレスぅぅぅ!! 助けてぇぇぇ!!』と声の限り叫ぶ。


 俺達にはもう、これしかない。


 そのまま2人で叫び続けていると、馬車の方からファーレスが凄まじい速さで走り抜け、俺達の目の前にいた魔物をいとも容易く、目にも止まらぬ速さで仕留める。

 手に持ったナイフで狼のような魔物の首筋をサッと切り裂き、魔物はなすすべもなく倒れる。


『ファ、ファーレスッ! カッコイイッ! すごいっ! イケメンッ! 流石ファーレスッ! 最高っ!』


 俺は助けに来てくれたファーレスを全力で褒める。


『ファ、ファーレス、すごい! カッコイイ!』


 フィーユも泣きながら、ファーレスの勇姿を褒め称える。


『……あぁ』


 チラリとこちらを一瞥し、何事もなかったかのように、ファーレスがナイフの血を払う。その姿からは戦闘があったことなど微塵も感じさせない。


『フィ、フィーユ、他に近くの魔物は?』


『だ、大丈夫! いない!』


『よ、よかったあぁぁぁあぁ……助かったあぁぁぁあぁ……』


 情けない程に安堵の息を吐き、フィーユをぎゅっと抱きしめる。フィーユも俺にぎゅっとしがみつき『怖かったよぉ……』と泣いている。


『俺も……俺も滅茶苦茶怖かったぁ……!』


 ボロボロと涙を流し、フィーユと互いを抱きしめ合う。格好悪すぎるかもしれないが、本当に本当に怖かったのだ。



 ……



 そのままフィーユと抱き合いながら泣いた後、少し落ち着いてきた俺は、フィーユを支えながら立ち上がる。


『あー……ファーレス、本当にありがとう……本当に助かった……死ぬかと思った……』


『……私も。ファーレス、ありがとう』


 涙を拭いながら、フィーユと共にファーレスに頭を下げる。


『……あぁ』


 ファーレスは相変わらずの無表情で静かに頷くと、馬車に向かって歩き出す。


『ファーレスさん、超クール……マジイケメン……』


 俺はすたすたと前を歩くファーレスを尊敬の眼差しで見つめながら、フィーユと手を繋いでファーレスの後を慌てて追いかける。


『……むぅ』


 ふとフィーユの方を見ると、少し頬を膨らまして不満げな顔をしている。


『フィーユ? どうした? 大丈夫?』


『……トワを守ったの、私だもん!』


 そう言いながら、悔しそうにフィーユが口を尖らせる。


『うん、そうだね。フィーユがいなかったら本当死んでたよ……。ありがとな、フィーユ』


『……うん! トワも助けに来てくれて、ありがとう!』


 俺がお礼の意味も込めてフィーユの頭を撫でると、フィーユは満足そうに頷く。

 俺は助けられた側では? と思ったが、1体目の魔物は撃退している。ファーレスのような格好良さはなかったが、確かにフィーユを助けていた。



『フィーユに怪我がなくて……本当によかったよ……』



 ……



 無事馬車に戻り、周囲に魔物がいないことを確認すると、全員荷台に入り作戦会議を行う。


『まず、この長剣はやっぱりファーレスに託そうと思う。借り物だから人に貸していいのか迷ったけど……多分、貸してくれた人も許してくれると思う』


『……あぁ』


 俺はスティードから借りた長剣を、ファーレスに差し出す。いざという時、俺は結局剣を抜くことすら出来なかった。

 剣を抜こうとすれば銃を手放さなければならず、正直銃を手放してまで剣を抜いても、攻撃力がダウンするだけだ。下手な剣技を披露するより、ゼロ距離射撃した方が余程マシだ。


 それならファーレスに剣を装備して貰った方がいい。ここにスティードがいても、きっと同じ判断を下すだろう。



 ―― ごめん、スティード。俺の判断で、借りた剣を一時的に他の人に貸します。



 心の中でスティードに謝罪する。

 ファーレスは長剣を受け取ると、重さ等を確かめるように何度か振る。


『ファーレス、その剣でフィーユを守ってやってくれ』


『……あぁ』


『つ、ついでに俺のことも守ってくれるとありがたい……』


『……あぁ』


 両者が危険な場合は、当然フィーユを優先で守ってくれと頼み、次にフィーユを見る。


『フィーユは防御壁の一部に穴を開ける練習をしよう。あと防御壁を出しながら、攻撃魔法が使えたら最高かな?』


『……頑張る!』


『俺は……とにかく射撃の腕を上げる』



 狼のような魔物が、攻撃されるまで俺を一切警戒していなかったことで気付いたのだが、俺は魔力がないため、魔物のレーダーに映らない存在のようだ。

 つまり、音や臭いで警戒されない限り、不意打ちが可能だと思われる。レーダーにばかり頼っている魔物は、魔力の持たない、レーダーに映らないような存在は、警戒に値しないのだろう。


 ―― ディユの森で俺が襲われなかったのも、多分魔力がないおかげだな。


 ディユの森では魔物に遭遇しても、殆ど無視されていた。

 しかし、フィーユと一緒にベスティアの森を歩いたら、即魔物に狙われた。俺の方には魔物が1体も現れず、フィーユの方にだけ複数体現れたことから、多分あれはフィーユを狙っていたのだろう。


 ―― 魔力があると逃げてくれる魔物もいるけど、襲われやすくもなるわけだ。


 本当に俺だけだと襲われないのか確かめたい気もするが、この理論が間違っていた場合に待つのは死だけだ。命を懸けてまで証明する気はない。


『取り敢えず……俺もフィーユも、馬車から離れる場合は必ずファーレスと一緒に行動……かな? ファーレスなら魔物が近付いたら対処出来るもんな』


『……あぁ』


 そういえば、何故馬車は襲われなかったのだろう?

 馬車にはファーレス、もち、エクウスがいたので、フィーユ程ではないが魔力があったはずだ。フィーユの方が魔力が強いので、フィーユが優先されたのだろうか。



「……もしかして、魔物除けのサシェのおかげか?」


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