第47話

 

 レアーレの冒険に関する情報を貰い、一息ついた俺達は何となく雑談モードになる。


『そういえばトワから魔力を感じないけど、ノイに来るまで魔物や盗賊に襲われた時はどうしてたんだい?』


 ロワはふと不思議そうに俺の全身を眺めながら問いかける。


『見たところ……トワは筋力もなさそうだし……少し強い魔物とかに襲われたらひとたまりもないと思うんだけど……』


 ―― この世界基準だと俺はどんだけ弱いんだよ?


 あまりに会う人合う人に弱い弱いと言われるので、内心少し苛立ちを感じながら言う。


『いや……魔物に襲われたことはないけど、盗賊に襲われた時は手持ちの武器で華麗にやつけたよ!』


 俺は少しだけ事実を誇張して伝えれば、ロワは納得したような顔で頷く。


『なるほど。強い敵と会うことがなかったんだね』


『おいっ!』


 思わず王様相手に突っ込んでしまった。

 するとロワは楽しそうに笑いながら『あぁ、ごめんごめん、違うんだよ』と手を振りながら、軽く謝罪する。


『誤解を招く言い方だったね。トワは私の魔力圏内にいたんだな、ということだよ』


『ロワの……魔力圏内?』


『そう。ノイの外に出て、強い魔物に会ったことないだろう?』


『あぁ、そういえば……』


 これまで城壁の外に出て、売り物の材料となる植物等を採取していても、魔物に襲われたことは一度もない。

 特に気にしていなかったが、言われてみれば何故街の付近に強い魔物がいないのだろうか?


『その理由はね、ノイ一帯を私の魔力が包んでいるからだよ』


『へ!? ノイ一帯を!?』


 少し誇らしげな顔でロワが続ける。


『そう。強い魔力を持つものは、魔力や魔素を感じる力も強い。強い魔力には近づかないんだよ』


『はー……ロワの魔力を恐れて近づかないわけか……』


『そういうことだね』


 にっこりと自慢げに笑うロワは、王様なだけあってやはり桁違いの魔力を持っているようだ。

 私の魔力は53万です、と不敵に笑うロワを想像してしまう。

 そんなことを考えながらふと疑問に思っていたことの答えに気付く。


『あ、だからロワは平民街の人に気付かれなかったのか。不思議だったんだよな。王様が平民街に来てるのに、何で誰も気付かなかったんだろうって。普通そんな凄い人が来たら皆気付くだろ?』


『あぁ、そうだね。私の魔力は常にノイの街全体を包んでいるから、城に居ようと平民街にいようと魔力で私に気付く者はいない。私の顔は平民街ではあまり知られていないし、フードで髪も隠していたしね』


 目立たないよう、少し魔法を使いながら行動していたと笑うロワに『慎重だねー……』と相槌を打ちながら、俺はふと思いついたことをぽろっと口に出してしまう。


『普通に平民街に遊びに来ればいいのに』


 ロワは少し虚を突かれたような顔をした後、また寂しげな笑みを浮かべる。


『……そうだね。そう出来たら素晴らしいと私も思うよ。ただ……現実はなかなか厳しい。平民嫌いの貴族は多いからね……』


『……そっか』


 俺の発言に対し、少し悲しそうに笑うロワの表情を見て自分の失言を悟る。

 いつだったかフレドが、王族と一部の貴族の力によって、なくなりそうだった平民街を残すことになったと言っていた。

 平民嫌いの貴族を黙らせるのは、王族の力を持ってしてもかなり大変だったのだろう。


 ―― ロワが平民街に来たら、きっと皆暖かく迎えてくれるのにな……


 言葉もしゃべれない俺を、優しく迎えてくれた平民街の皆を思い浮かべる。

 最初は皆戸惑うかもしれないが、ロワと皆の性格なら直ぐに馴染むと思う。


 皆に囲まれ、満面の笑みを浮かべるロワを想像する。

 それはとても自然な光景に思えた。


 ロワはこの話は終わりだと言うように一度首を振り、溜息を吐きながら話を戻す。


『はー……しかし、そうか……。トワは魔力以外の何か特別な力を持っているわけでもないのか』


『まぁ……そうなるかな』


 俺が肯定すると、ロワは再度真剣な表情で俺の目を見る。


『……トワ、君の幸運を祈っている』


『……何で2回言った?』


 俺は王様相手に2回目の突っ込みを入れた。

 ロワは色々と考えてくれているようで、うんうん唸りながらぶつぶつと呟いている。


『……武器を渡しても魔力と筋力がないんじゃ……防具も城にあるものじゃ目立ってしまうし……今から作るのは間に合わないし……』


 そんな優しくて少し失礼な呟きを聞きながら、俺は笑顔で自分の胸を叩く。


『大丈夫だよ。武器や防具は特注品を頼んでるし、こう見えて俺は約100日間、1人で生き抜いた男だぜ?』


 俺の言葉を聞き、ロワはやっと唸るのを止め、苦笑交じりに微笑む。


『……そうだね、あまり心配するのもトワに失礼か。トワ、君の言葉を信じるよ』


『あぁ!』


 俺は再度自分の胸を強く叩き、心配するなと笑う。


 ―― ま、なんとかなるだろ。


 ケ・セラ・セラ。なるようになるさの精神が大事だ。

 何て言ったって俺は異世界に来て1年以上生き抜いた男なんだからな。



 ……



 そんな話をしていると、入り口の扉が軽くノックされる。


『ロワ王、会議のお時間が迫っております』


 ノックの後、扉の外から固い声が聞こえる。


『あぁ、分かっている』


 ロワは扉の方に向かい短く返事をすると、俺の方を向きなおす。


『すまない、トワ。時間だ』


 その言葉に、俺はロワに会ってからちゃんと礼を言ってなかったなと気付き、感謝を伝える。


『あぁ。ロワ、今日はありがとう。ロワのおかげで助かった』


 俺の感謝を受け、ロワも笑顔を浮かべる。


『気にしないでくれ。私にとっても有意義な時間だったよ。……友と語り合うのは久方ぶりだった。とても楽しかったよ』


『なら良かった』


 俺はそっとロワに向かって手を差し出す。

 ロワが不思議そうに差し出された手を見つめるので、ロワの手を引き寄せて無理やり握手し、笑顔で「ありがとう」と伝える。


『"アリガ……ト" ?』


 不思議そうに日本語の "ありがとう" を繰り返すロワに対し、俺は今度はロワに伝わるよう、ちゃんとこちらの言葉で言いたいことを伝える。


『いつか……平民街に行ってみてくれ。皆、優しいんだ』


 ロワが気軽に平民街に行ける日が来ればいいなと思う。

 俺は願いを込めるように、ロワの手を強く握りしめる。


『……分かった。友の願いだ、真摯に受け止めるよ』


 ロワはそう言いながら、俺の思いに答えるように強く手を握り返してくれる。


『じゃあな、ロワ』


『……平民街まで、兵士に送らせよう』


『分かった』


 トワと俺はソファから立ち上がり、扉に向かう。

 入って来た時はあんなに恐ろしく感じた扉なのに、今はこんなにも穏やかな気持ちで見れる。


 扉の外に出ると、ロワは外にいた兵士のに俺の案内を指示する。

 指示が終わり、兵士が『トワ様はこちらになります』とロワのいる方向とは逆の道へ進み始める。


 ロワは進む道が違うようで、俺が歩き出したのを見て、逆方向に歩き始める。



『…………トワっ! 君の幸運を祈っているっ!!』



 数十歩ほど歩いたところで、後ろからロワの叫ぶ声が聞こえる。



『それ、3回目だぞっ!!』



 俺は少し振り向き、笑いながら王様相手に今日3回目の突っ込みを入れた。


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