第43話
『失礼致します、トワ様ぁ』
豪華な服の男が聞いたこともない猫撫で声を出しながら、俺のいる客室の扉を開く。
―― は……?
本当にあの男の声か?と疑問に思いつつ、俺は入ってきた豪華な服の男を凝視する。
『いやぁ……私はそのぉ……勘違いをしておりましてぇ……』
『勘違い……?』
『いやぁ……その、そう! 最近は嘘をつく輩が多いものですからぁ……』
『は、はぁ……?』
『いやぁ……トワ様が嘘をついていると疑ってしまったのはぁ、その……嘘をつく輩を許せないという私の正義心からでしてぇ……』
『正義、心……?』
『いやぁ……トワ様を怪しいと思っていたわけではないのですよぉ……? ただほらぁ……あんな卑しい平民共と一緒にいたわけですからぁ……勘違いしてしまうのも仕方ないでしょう?』
『……卑しい、平民……』
『そうです! あんな汚らしい平民共と一緒にいたら、私が勘違いしてしまうのも無理はないでしょう? トワ様もそう思われますよねぇ?』
豪華な服の男が正義心の欠片も感じさせない声音で、揉み手をしながら必死に言い訳を重ねる。
男の言い草に腹が立つと共に、何故こんなにも俺のご機嫌を窺うような態度を取るのか分からず、俺は言葉に迷う。
―― 俺が本当にロワ王の友人だと勘違いしている、のか……?
ごちゃごちゃと言い訳を重ねる男の言葉を整理すると "貴方がロワ王の友人なのは嘘だと勘違いしていた私を許してね" という内容をに聞こえる。
写真もない世界だ。もしかしたらロワ王とこの男の間で、何か誤解が生じたのかもしれない。
―― コイツが俺をロワ王の友人だと勘違いしているなら、その誤解を最大限利用するしかない……!
そう思い、俺は下手なことを言わないよう、言葉少なに問いかける。
『……えっと、じゃあ俺はもう、帰って…………いいのかな?』
とにかくこの勘違いが継続しているうちに屋敷から離れ、街の外へ逃げ出したい。
『いえいえ、ロワ王がお話をしたいことがあるため、城に来て欲しいとのことですのでぇ』
『は……?』
『私の馬車で城までお送りさせて頂きますぅ』
『はぁ!?』
ピンチを切り抜けたかと思えば、再びピンチがやって来た。
ロワ王は恐らく俺を他の誰かと勘違いしているのだろう。直接会ってしまえば、勘違いに気付いてしまう。
『い、いや! 今日は……ちょっと……!』
『直ぐにお連れしろと言われております。ささ、馬車は私が乗って来た物がすぐ出発できますのでぇ……』
『いや! いやいやいや、いやぁ……ちょっと、お腹痛いんで……また今度で……』
『あぁ、申し訳ありません! お顔と体の傷は治させて頂きますねぇ! いやぁ……本当に……勘違いしていたのでぇ……』
言い訳がましく勘違いと何度も繰り返しながら、豪華な服の男が近づいて来たかと思うと、俺に手を向ける。
手を向けられた瞬間、傷口の部分が何とも言えないむず痒さに襲われ、俺は思わず声を上げてしまう。
『さぁ、治りましたよぉ! いやぁ……傷も治りましたしぃ、ロワ王にこの事は……その、内密に……』
『え、は……? 傷が、治った?』
恐らく豪華な服の男が回復魔法のようなものを使用したのだろう。顔を触ってみれば昨日付けられた傷が綺麗になくなっている。
―― え、なに、こいつ回復属性なの……?
異世界で初めての回復魔法を、まさかこんな脂っぽいねっちょりした男に使われると思わなかった。
―― 回復魔法は……聖女的な可愛い女の子にかけて貰うのが夢だったのに……
俺は異世界での夢を一つ壊され、状況も忘れて豪華な服の男を睨みつけてしまう。
『いやぁ……その、トワ様がお怒りになる気持ちも分かりますよぉ? ただ、その、私がトワ様を犯罪者だと勘違いしてしまった理由も分かるでしょう? ね、分かりますよねぇ?』
豪華な服の男は俺が睨んだ理由を怪我のためだと誤解したようで、またも必死に言い訳を重ねてくる。
『さささ、トワ様ぁ。ロワ王を待たせておりますぅ。お急ぎ下さい』
ロワ王を待たせるのが怖いのか、俺の制止も聞かず半ば強引に馬車へ乗せられる。
『いや、あの……本当ちょっと待って……と、止めて!』
『出せ!』
豪華な服の男が鋭く叫び、馬車が発進する。
『と、止めて! いや本当マジで! 止めて!!』
俺は馬車から出ようと扉に手をかけるが、危険だと兵士に止められる。
『トワ様、どうなされたのですかぁ!? もしやまだお体に痛むところが……?』
豪華な服の男は俺を痛めつけたことをロワ王に知られたくないのだろう。俺の全身を撫で回してきて気持ちが悪い。
『いや、と、トイレに! そう、トイレに行きたくて!』
俺の言い訳はトイレしかないのかと自分の発想力に絶望するが、混乱した頭では良いアイデアが浮かばない。とにかく何とかして馬車を止めようと、必死に大声を出す。
『……? トワ様の様子を兵士に聞いたとき、私が帰ってくる前に何度も行ったと聞きましたがぁ……?』
俺の部屋に来る前、どうやら豪華な服の男は不在中の様子を兵士達に聞いていたようだ。トイレ作戦を実施し過ぎたのが仇になった。
『い、いや……今度こそ本当にトイレ行きたいんで』
『直前に出なかったのならきっと気のせいですよぉ。ロワ王をお待たせするわけにはいきませんから、ね?』
豪華な服の男は到着が遅れることにより、ロワ王の怒りを買いたくないのだろう。
必死の抵抗も空しく、馬車は止まることなく走り続ける。
『さささ、トワ様! 城に到着しましたよぉ!』
立派な門を潜り抜け、豪華な服の男と共に城の扉の前に立つ。
『トワ様はこちらにお願いいたします』
門番のような兵士に連れられるまま、俺だけ一人中庭のような場所を通り抜けて奥へ奥へと案内される。
―― 逃げるか……? いやでもここで逃げたらこの兵士にその場で殺されるんじゃ……?
不安から心臓の鼓動が早くなり、汗が止まらない。脳内で逃げる、逃げないの押し問答を繰り広げていると、兵士の足が一つの扉の前で止まる。
細やかな細工が幾重にも施され、魔石と思われる綺麗に加工され磨かれた石が散りばめられ、見るからに重厚感漂う扉だ。
―― これ、絶対中に偉い人がいるやつ……
正にゲームやアニメで良く見る王様の部屋の扉である。
兵士がノッカーを叩きながら、声を上げる。
『ロワ王、トワ様をお連れしました』
―― ロワ王? ロワ王って言った? この人……
城に入って待ち時間もなしロワ王と対面することになるとは思わなかった。俺は混乱から何度も扉と兵士の顔を交互に見てしまう。
正直馬車の中でも城についてからも、ただただ焦っていただけで王様と会う心の準備なんで出来ていない。何より王への礼儀やマナーを全く知らない。
―― もう、駄目だ……
俺はこれ以上ない程の絶望を感じながら扉を見つめる。
『入れ』
扉の内側から入室を促す声が聞こえる。
俺にはその声が、冥府に誘う死神の声に聞こえた。
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