第30話

 


「トワ! トワ!」



 俺を呼ぶレイの声で、急速に意識が覚醒する。


「……んー……おはよ、レイ。どうしたの?」


 俺は大きな欠伸をしながら目を擦り、寝ぼけ眼でレイの呼びかけに答える。レイは俺の部屋でタブレットを使い、電子書籍を読んでいたようだ。


「トワ! "お嫁さん" って、なぁに?」


 どうやら読んでいた電子書籍に "お嫁さん" という単語が出てきて、意味が分からなかったらしい。可愛らしくこてんと小首を傾げ、俺に問いかける。


 俺がロリコンだったらレイの可愛さに一撃で殺られていたところだ。


「え、えーっと……将来を誓い合って……ずっと一緒にいる人のこと、かな?」


 少し考えて無難そうな答えを返す。


「ずっと一緒?」


「そう。ずっと一緒」


 俺の答えを聞き、レイは意味を確かめるように言葉を繰り返す。



「じゃあ、レイ、トワのお嫁さんになる!」


「えぇ?!」



 レイはキラキラと目を輝かせ、俺に抱き着きながら愛の告白をしてくれる。


 俺がロリコンだったらレイの可愛さに10回は殺されていた。


「んー……じゃあレイが大人になってもその気持ちが変わらなかったら、もう一度その言葉を言ってくれると嬉しいな」


 レイの頭を撫でながらそう返すと「わかった!」と元気よく返事をしてくれる。

 俺はレイに「ありがとう」と微笑みながら、酷い返しだなと自嘲する。




 ―― レイが大人になる頃には、俺はきっとノイにも、この世界にもいないのに。




 ……



 レイとそんなやり取りをした後、俺はいつも通り手伝いの仕事に向かっていた。


 その途中、門の前を通り過ぎようとしたところで、何やら門の方がざわざわと騒がしいことに気付く。


「なんだ……?」


 俺は野次馬精神丸出しで、門の方へ近づく。

 すると門の近くに立っていたソルダが俺に気付き、大声を上げる。


『お、トワか! 丁度良かった! こっちに来い!』


 ソルダは人一倍体付きがしっかりしているため、良く目立つ。


『なに? どうしたの?』


 何故ソルダを俺を呼ぶのか見当もつかないが、とにかく人混みを掻き分けてソルダの方に向かう。


『トワ、紹介するぜ。こいつがレーラーだ。会いたかったんだろ?』


 どうやらソルダは俺がレーラーに会いたがっていることを聞き、引き留めていてくれらたしい。


 思い返せば、メールにレーラーの話を聞いてからもう100日以上経過している。とうとうレーラーが門の外へ行く日が来たらしい。



『あ…! ありがとう、ソルダ!』



 俺はソルダに急いで礼を言い、レーラーと向き合う。



『今日和、君がトワですか? 私に話があると聞いたのですが……』


『は、初めまして……! 渡永久と言います!』


『初めまして、ノイ・メートル・レーラーです』



 俺が慌ててで挨拶をすれば、微笑みながらレーラーも挨拶を返してくれた。


 レーラーは30代前半ほどの、落ち着いた雰囲気を持つ男だった。


 深い青緑色の髪を長く伸ばし、顔の下の方でゆるく1つにまとめている。あまり外に出ないのか肌は不健康なほど白く、身長は高いのだが細身でヒョロリとした体形をしていた。


『それで、私に聞きたいこととは何でしょう?』


 レーラーの問い掛けに対し、俺は必死に自分が別の世界……異世界から来たこと、帰る方法を探していること、レアーレの冒険に出てくる女神様について調べていることを話す。


 俺の言葉は昔に比べればかなり上達したため、きちんと伝わったはずだ。


『ど、どうでしょうか……!? 何でもいいんです……! 何か心当たりはありませんか!?』


 俺が捲し立てるようにレーラーに詰め寄ると、レーラーは少し考え『長くなりそうですし……歩きながら話しましょうか』と提案してくれる。


 俺は手伝いの仕事があるため一瞬悩んでいると、丁度野次馬をしていたフレドが『仕事はこっちで適当に割り振るから、さっさと行け!』と叫んでくれる。


 フレドにありったけのお礼を言い、レーラーに向き合い頭を下げる。




『あの、お、お願いします……!』




 ……



 護衛役と思われる戦士に囲まれつつ、俺はレーラーと話しながら門の外を歩く。



『……"イセカイ"、でしたか。興味深いですね』


『はい。何かご存知ですか? 似た話でも……何でもいいんです……!』


『……すみません、私は魔法よりも魔物が専門なもので……。イセカイも、トワと同じ境遇の人も聞いたことがありませんね。童話に関してもお伽話と認識していました』


『そうですか……』


 勝手な話だが、レーラーならば何か知っているんじゃないかとかなり期待していたため、街の人と殆ど変わらない答えに肩を落としてしまう。


 しかし、レーラーは落ち着いた声で『関係があるのかは分かりませんが……』と前置きし、一つの事件の話をしてくれる。



『トワがこの世界に来たと言っていた時期……丁度その頃に興味深い事件ならありました』


『事件……ですか?』


『はい。XXが急激に減少する事件があったんですよ』


『"XX"……? すみません、"XX"って何ですか?』


 レーラーの口から聞きなれない言葉が出てくる。俺は戸惑いつつも、レーラーに問いかける。


『あぁ……トワの世界には魔法がないんでしたっけ……。XXは……大気中にある、誰の物でもないフリーの魔力……といった感じでしょうか?』


 レーラーの説明によると、大気中には酸素や窒素のように魔力が満ちているらしい。人々はこの魔力を体内に取り込んでいるから、魔法が使えるそうだ。


 俺は自分の中のイメージと照らし合わせ、これを "魔素" と理解した。


『理解して頂けたようなので、話を戻しますね。魔素が急激に減少することは滅多にありません。あるとしたら大規模魔法が行使された時なのですが、その時は誰も大規模魔法なんて行使していませんでした』


『大規模魔法……』


『私達研究者や国家魔術師、貴族や王族達も調査を行ったのですが、結局原因は分かりませんでした。私が調査したのは魔素の減少により魔物達の行動パターンがどう変化するかなので……あまり詳しいことは分からないのですが、何かの参考になればと思いまして 』


 原因不明の魔素の急激な減少。


 それが俺の異世界転移に関わっているのかもしれない。異世界転移が魔法で行われたのだとしたら、それは大規模な魔法になるだろう。



 しかし一体誰が、何のために?

 そして何故俺が選ばれたんだ……?



 異世界転移を誰かが人為的に行ったのだとしたら、何か意図があるに決まっている。その人物は何故異世界から転移して来た俺に接触しないんだ?


 いや、思い返してみれば一人だけ未だ正体不明で、俺に怪しく接触してきた人物がいる。




 ―― フードの男だ。




 フードの男が異世界転移を起こした人物だとしたら、俺に突然声をかけ、やけに色々と質問して来たのも頷ける。


 この魔素減少の件、そしてレアーレの冒険が実話だと言う件、どちらもフードの男が鍵を握っていそうだ。


 やはり俺は何とかしてフードの男に会う必要がある。



 ……



『ありがとうございました。お話、凄く参考になりました』


 俺は重要な情報をくれたレーラーに改めて礼を言う。


『いえ、参考になったならよかったです。答えられるか分かりませんが、他に聞いておきたいことはありますか?』


 次にいつ来られるかは分からないからと、レーラーは気を効かせて他に質問がないか聞いてくれる。



『質問……あ、そういえば魔物が苦手な匂いや、好む匂いってあるんですか?』


 俺はふとレーラーのことを知るきっかけになったサシェのことを思い出す。

 もちのことは一応伏せて、たまたま魔物が嫌がった匂いや好んだ匂いがあったのだと説明する。


『へえぇ……! 植物の匂い、ですか! 興味深いですね!』


 レーラーは先程まで落ち着いた態度から一変し、子供のように目を輝かせてその時の様子を聞いてくる。俺はしどろもどろになりながらも何とか質問に答えた。


『ふふふ……! これはいい研究材料を頂きました! ありがとうございます。また研究結果が出たらトワにも報告しますね!』


 レーラーは本当に楽しそうにお礼を言い、周りの護衛の人達にも命じて、ありとあらゆる植物を採取していた。



 ……



 その後は俺も植物の採取を手伝ったり、もちの反応を思い出しながら、どの植物の匂いを嫌がり、どの植物の匂いを好んだかをレーラーに話しながら歩く。



『おっと……ここから先はトワが付いてくると危険かもしれないですね』



 城壁から少し離れたところでレーラーがそう言い、俺はレーラー達と別れて街に戻ることなった。


『あ、そうそう! もし魔素減少の事件について詳しいことを聞きたいなら、アルマに聞くといいですよ!』


 別れ際、何故かレーラーは事件のことはアルマに聞くと良いと助言をくれる。


『アルマ? 何でアルマに?』


 武器屋のアルマが何故事件に詳しいのだろうと思い、俺はレーラーに疑問を投げかける。


 するとレーラーは予想外の……俺にとって本当に衝撃的な回答をくれた。




『何故って……アルマは国に認められた魔術師ですよ? 当然、事件調査にも立ち会っています』




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