第42話「格闘家禁止」
日はとっぷりと落ち、草木も眠りについた頃、ひとつの影がもぞもぞと動き出した。
「う~~ん。よく寝た~!!」
幼い少女は目をこすりながら体を伸ばす。
幼女の見た目は格闘家と言われているにも関わらず、髪の量は多く、ツインテールにして束ねている。その服装も体にピタリと張り付き動きを阻害しないラッシュガードにスカート姿。スカートの下にはスパッツのようなハーフパンツを着ているが、どう見ても格闘家の格好には見えなかった。
唯一格闘家らしい姿と言えるものは、その両手に装備された手甲くらいであった。
ほぼ一日中寝ていた為に変な時間に目を覚ましてしまった少女はぼんやりとした頭で現状を思い返す。
「えっと、確かルーの為にこの辺一帯を
格闘家スイはその光景を見て青ざめた。
自分が行ったと思っていたことは実は夢で、気づかぬ内に寝てしまっていたのではないかと。
キョロキョロと周囲を伺い、トラックという巨大な鉄の塊を見つけたスイは、今ならまだ間に合うと考え、即座に行動に出た。
飛ぶように立ちあがると、その反動のまま、拳を地面へと突き立てる。
まるで内側から爆発でもあったかのように地面が弾け飛び、巨大な穴が生まれる。
「よ~しッ! この調子で次行こう!!」
スイは少し移動して、再び拳を振り下ろすと、あと少しで地面へと触れるという瞬間にガシッとその手を掴まれた。
「ッ!! 誰っ!?」
スイは自分の手を掴んだ主を確認すると、そこには銀髪、巨乳の美少女が水着かと見間違えるほど露出度の高い姿で睨みつけていた。
「おねぇさん。誰?」
「『元』勇者ヤマトよ。あんた自分が何してるかわかってるの?」
「うん! 妨害作業って言うんだよね」
その言葉を聞いて、ヤマトは安心したように微笑んだ。
「そう、なら安心して殴れるわね!」
容赦なく顔面を狙った一撃をヤマトは繰り出すが、その拳に怯えることなく、スイは体を伏せて回避する。そしておまけと言わんばかりに、ヤマトの
「くッ!!」
ヤマトは蹴りを回避する為、手を放し上体を反らした。
「なかなかやるわね!」
自身の一撃をかわし、尚且つ反撃までしてきた幼女にヤマトは賞賛の言葉を送る。
こういう場合、相手も認めるようなセリフを吐くのが
「おねぇさんも太ってるのに良く動くね!」
「はっ? 太ってる?」
ヤマトは怒りと困惑で、口の端をぴくぴくとひくつかせながら聞き返す。
「え~、だってぇ、普通にしっかり鍛えてたらそんなに胸に脂肪つかないよ?」
スイはピタリとした服によって強調された自分の胸筋を指差す。
「そう。自分の発育の悪さを棚に上げて、このアタシのパーフェクトボディをデブ扱いするって訳ね。覚悟はいい?」
「そっちこそ、修練不足を棚にあげて、スイの練り上げられた身体を発育不足って言うんだ。スイはとっくに覚悟はできてるよ!」
ヤマトの瞳は銀色に変わり、「アクセル・アクセス」と叫ぶ。
それと同時にスイは体中に気を張り巡らせ、「はぁああああっ!!」と気合の声を張り上げる。
2人のオーラの前に周囲の空気は小刻みに震え、まるで天変地異の前触れのように不穏な空気が漂う。
しかし、そんな空気は一瞬にして砕かれた。
「うるせぇぇぇ!!」
「女、子供はぁ!」
「寝る時間だろうがぁ!!」
いつの間にか現れたイスズにより、初めて出会ったときのように、鉄拳による制裁が加えられた。
「うぉおおお! 痛ったぁぁい!!」
イスズたちとの旅で免疫がついてきたのか、ヤマトは頭を抑えるだけで済んでいるが、同時に殴られたスイはその場に倒れ伏し、空ではない別の星を見ながら意識を失った。
ふんっと鼻をならすと、イスズは、「ZZZ~」と立ったまま寝息を立て始めた。
「うっそ! 寝ぼけてるの! それなのに殴ってくるとか信じらんない!!」
ヤマトはしっかりとイスズに寝てもらう為、寝床へと促そうと体に触れると、「うぅん!」と言って、振られたイスズの肘が見事に顎にヒットし、地面へと沈んだ。
※
翌朝、ヤマトが目を覚ますとすでにイスズは朝の支度を済ませ、いつでも出発できるようにしていた。
自分と同じように倒れたスイはすでに目を覚ましているか気になったヤマトは視線をそちらへと向ける。
幼女は昨夜と同じでうつ伏せに倒れたままになっており、ヤマトは密かに勝ったと思っていた。
ヤマトは立ち上がり、自身の体に問題がないか一通り動いた。
確認が済むと、スイが起き上がったときに見える場所に陣取り、悠々とお茶を用意し、コップに口をつけた。
30分とたっぷりと時間をかけ、待っているとようやくスイが起き始めてきた。
「あの程度で、ここまで寝てるなんて鍛え方がたりないんじゃない? アタシなんてあのあともう1撃あったけど、あんたより早く目が覚めてるわ」
全く自慢できるような内容ではないのだが、自慢気に言うヤマトと、それを聞き悔しそうに顔を
「くっ、それなら直接勝負だよッ!!」
「そうね。決着をつけましょうか」
お互い昨夜と同じ状態となり、睨みあう。
その様子をボクシングでも観戦するかのように観ているイスズの横にルーは座り、どちらが勝ちそうか予想を聞いてくる。
「ボクちゃんは無手同士ならスイが勝つと思うんだけど、イスズくんはどうかな~?」
「さぁな。ただヤマトには勝ってほしいと思っている」
「おっ! 意外な答えだね~。その心は?」
「出発時間が延びるだろうが、負けると」
「え~と、もう少し、信頼とか心配とか贔屓とかないわけ?」
「ないな!」
ルーはヤマトのことを不憫に思いながらも、スイのことを応援すべく声援を上げた。
「スイちゃん、ガンバレー!!」
その言葉を皮切りに2人は同時に動いた。
ヤマトの一撃を避け、懐へと潜り込んだスイはピタリとくっつく。
「そんなゼロ距離じゃ何もできないでしょ!」
ヤマトの言葉を無視するようにスイは軽く拳を当てる。
「ここがスイの間合い。そしてこの間合いこそがスイの世界!
その言葉と共に体中を突き抜ける衝撃が突き抜ける。
「ガハッ!!」
まるで水面を揺らす波紋のようにダメージが内臓にまで響き、吐血する。
「ふ~ん。普通ならこの一撃で決まるのに、頑丈さだけはあるね!」
後ろに下がろうとするヤマトから全く離れず追随し、2撃目を見舞おうと拳を再びつける。
(マズイ! もう一撃もらったら流石に倒れる。けど、この位置じゃ殴っても威力がでないわ。せめて反動をつけられるような何かが……)
いくら考えてもこの短時間で、良い方法も浮かばず、ヤマトはやぶれかぶれで振り下ろす形で手刀を繰り出す。
(これが効くとは思えないけど、一度距離さえ取れればっ!)
そんなヤマトの思いとは裏腹に、その手刀は恐ろしい威力でスイに炸裂した。
「へっ!?」
繰り出した本人が一番驚いているが、喰らった当の本人は、肩を押さえ片膝をつきながらも冷静に分析した。
「ま、まさか、胸の上下運動を利用してゼロ距離からでも威力を出すなんて。スイには出来ない戦い方……。こんな戦法があったなんて……。ずるいよ」
そのまま、倒れ行くスイの体をヤマトは支え、聞こえているかどうか怪しい相手に対して言った。
「ま、まぁね。これこそ、この胸が必要な理由よ!! アハハハッ!!」
偶然の勝利。それを悟られないように発した言葉。どれもが
イスズは眉間に皺を寄せ、ルーに同意を求めるように呟いた。
「あいつらバカだろ」
ルーもルーで乾いた笑いでしか返事を返せなかった。
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