第19話「突入準備禁止」
ジョニー号を颯爽と走らせ、テラス村へと戻って来たイスズは、村の盛り上がり方から、すでに決着はついたのだと感じ取った。
トーナメントが開催されているときにはまばらだった人たちが道路に溢れ、出店は最後の稼ぎ時だと声を張り上げ、割引などのサービスを展開している。
「ふむ。どうやらこっちも無事に勝てたようだな」
イスズは満足気に人波に逆らってトーナメント会場へと向かった。
※
会場はすでに片づけが始まっており、誰もが
そんな会場の片隅にヤマトとクロネはフォーランともう一人小柄な誰かと話していた。
もう少し近づくとその小柄な人物が絵に描いたようなゴブリンで楽しげに談笑している姿を確認できた。
「いや~、流石魔王城へ行こうとしている方ゴブ。自分じゃ手も足もでなかったゴブ」
「いやいや~。試合で場外負けがあったから簡単に勝てたのよ~」
久々に自信の能力が認められたヤマトは兜の上からでも分かるほど嬉しそうにしていた。
そんなヤマトの幸せは兜を掴む大きな手と地の底から響くような低い声で終わりを告げた。
「おい。勝ったようだな」
「ちょっ! いきなり後ろから兜掴まないでよビックリするじゃないっ!」
「うるさい。今から魔王城へ行くというのに無駄な体力を使わせるな」
イスズはヤマトとクロネの装備を一瞥し、その装備でいいかを尋ねた。
「もちろんッ! って答えたいところだけど」
ヤマトは優勝者に勝った賞金として金一袋を手にしていた。
「これで新しい装備と食料が買えるわね!」
「そうか、なら装備は俺が買って置く。お前は食料を買って来い」
ヤマトはお金を渡そうと袋を開けようとして、ある違和感に一瞬考えを巡らせた後、
「なんでアタシの装備をイスズが買うのよ! 絶対逆でしょッ!!」
イスズはわかっていないなと言うように肩をすくめる。
「今までのお前の行動を振り返れば当然の選択だろう」
「今までの行動……」
確かに今まで着替える度にイスズに殺されそうになっている。
原因は完全に痴女みたいな格好のせいだ。
「こ、今回こそ大丈夫だから! ねっ! 勇者のアタシを信じて」
「お前、『元』勇者だろ」
「そうだけど! 言葉のあやというか、これから本当に勇者になる予定だし。というか今更だけど、人に『元』って言われるとすごい傷つくっ!!」
ヤマトは兜の下で頬を紅潮させ、手足をばたつかせる。
「新しい装備、自分で選びたい~~!!!」
まるで駄々っ子のようなヤマトに、イスズは頭を押さえ深いため息をついた。
「わかった。今回だけはお前を信じてやる」
「ホントッ! ありがとう!!」
ヤマトは早速、ゴブリンに武器・防具屋を聞いて向かい始めようとする。
「おい。ちょっと待て」
イスズはクロネに同行するよう伝え、ゴブリンには脅すような声音で細かにヤマトが身に着ける防具の注意点を話した。
「良し。行っていいぞ。俺は食料を買出しに行ってくるから、1時間後にここに集合だ」
「なんか、アタシ全然信用されてないような……」
ヤマトは肩を落としながら、ゴブリンの案内に従った。
※
一時間後、大量の食料を買い込んだイスズとヤマトたちは合流した。
ヤマトはイスズの予想を裏切り、先ほどまで着ていた全身鎧とほとんどシルエットは変わらないが、材質や錬度が明らかに上質になっている鎧を着こんでいる。
イスズはそんなヤマトに満足気だったが、ふと視界に入った2人の様子がおかしいことに気づいた。
「おい。ヤマト後ろの2人はどうした?」
クロネとゴブリンはすでにへとへとになっており、疲れの色がありありと伺えた。
ヤマトはそんな2人がなぜそんな様子なのかわからず、首を傾け、「さぁ?」と呟いた。
イスズは聞き耳を立て、ぐったりしている2人の言葉に注意を注ぐと、不穏な会話が聞こえてくる。
「な、なんであそこまでイスズに怒られそうなのを選ぶのか、理解できない……」
「さ、流石、強い人はセンスが段違いゴブ~~」
ゴブリンに至ってはそこで意識を失ってしまった。
一応はちゃんとした格好をしているヤマトを怒るわけにもいかず、イスズはやり切れない気持ちのまま、クロネに労いの言葉をかけた。
※
「良し、準備は整った! フォーラン、俺らを魔王城まで送ってもらおうか」
フォーランは頷くと木の右手を突き出し、手のひらを大きく開き、呪文を唱え始めた。
「ちょっと待てッ!!」
「へっ? どうした?」
急に止められたフォーランは不思議そうな表情を見せる。
「俺たちにはまだ欠かせない仲間がいるそいつも一緒だ」
「ああ、そういうことなら構わないけど、いつ来るんだ?」
「そいつはこの村までは入れないから外で頼む」
フォーランは頷くと、村の外へ向かって歩き始めた。
「ヤマト、行くぞ」
「う、うん。でもクロネは?」
イスズは無言でクロネを抱きかかえると、代わりに食料をヤマトに投げつける。
「こいつは俺が運んでく、お前は食料を持て」
「やっぱり、クロネの方が絶対待遇良いわよね。まぁ、お姫様だっこじゃないから羨ましさはあまりないけどさ」
クロネは荷物のようにイスズの肩に抱えられ、全員でフォーランの後について行った。
村の外に出て、フォーランが目にしたものは、トラックのジョニー号だった。
「えっと、もしかしてコレ?」
思わず指差す手が震え、葉がゆさゆさと音を立てる。
「ああ。ジョニー号は俺の大事な相棒だ。こいつを置いていくことは考えられん!」
「ええっ。こんな大きいのいけるかな……」
フォーランは苦笑いを浮かべ、額にはうっすらと汗がにじむ。
「出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないかだッ!」
「失敗しても恨まないでよ!」
「全力でやった結果ならいい。だが、中途半端にやって失敗した場合は……」
イスズは両拳の骨をバキバキと鳴らしてみせる。
「い、いつだって全力でやるに決まってるでしょ!」
フォーランは今度は両手を突き出して呪文を唱え始めた。
周囲には大きな魔方陣が緑色の光として浮かびあがり、幻想的な空気に包まれる。
「ゲート
フォーランの叫びと共にジョニー号含め全員がシュッと音を立ててその場から消えた。
ただ1人残されたフォーランは、
「これで先代魔王への義理立ては果たしたな。さて、ここからは魔王四天王として、今の魔王のために動くか」
誰に言うでもなく呟くと、回復薬の入った小瓶を頭の葉の間から取り出し、グイッと一息に飲み干した。
再び手を開き魔方陣を発生させると、フォーランもその場から姿を消した。
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