第31話『皆、この旅に何想う。』

 正午過ぎ。

 僕らはいよいよ東京方面へと帰り始める。そう、今回の旅行も終わりを迎えようとしているのだ。

 運転はもちろん姉さんがしていて、助手席には副会長さんが座っている。後部座席の1列目には琴葉と真奈ちゃん、2列目に沙奈会長と僕が座る形に。

 お昼ご飯については、さっきアイスクリームを食べたので、1日目にも立ち寄った半合坂サービスエリアで食べることにした。琴葉達はそこでも何かスイーツを食べるつもりらしい。本当に甘いものが好きなんだな。僕も何か食べてみたいなと思っている。


「ここら辺って一昨日も走った場所だよね」

「そうですね。いよいよ帰るんだなって思います。寂しい気分になりますね」

「そうだね。修学旅行とは違って、今回は気心知れた人だけでのプライベートの旅行だから私も結構寂しいな。ただ、玲人君がそういうことを言うなんてちょっと意外」

「そ、そうですか?」


 あまり感傷に浸らないイメージを持たれているのかな。どういうわけか、みんな僕のことをクールな人間だと思っているそうだし。


「でも、昨日の玲人君の涙を思い返せば、寂しいって言うのも納得かも。別に馬鹿にしているわけじゃなくて、寂しいって言うのが可愛いと思って」

「可愛い、ですか」


 ギャップという意味で可愛いってことだよな。でも、沙奈会長ってSなところもあるから、僕が寂しいと言ったことに興奮しているかもしれない。


「レイ君、立派に成長して髪も金色になったけど、中身はいい意味で昔とあまり変わってないって思ったよ」

「……琴葉の方は色々と成長していると思ったよ、僕は」


 より優しくなって、年相応の落ち着きも感じられるようになって。幼なじみということもあって今まで見えなかったことも、およそ2年の眠りがあったことで、恩田琴葉という1人の女の子の様々な面が見えるようになった気がする。あと、真奈ちゃんととても仲良くなったようで嬉しい。


「さあ、みなさん。今回の旅行も大詰めです。いよいよ東京へと帰るので、ここで旅行の感想を聞かせてほしいなって思います!」


 副会長さんはビデオカメラ片手に僕らの方に振り返っている。この旅行を通じて新たな一面を最もたくさん知ったのは、もしかしたら副会長さんかもしれない。


「それでは、まず麻実さんから」


 副会長さんは姉さんの方にカメラを向ける。


「あたしから? そうだね……とても楽しかったです! 最初はみんなを連れて運転することに緊張したけれど、今はとても楽しい。玲人や琴葉ちゃんとはひさしぶりの旅行だったけど、まさか恋人の沙奈ちゃんや真奈ちゃん、樹里ちゃんと一緒に旅行するとは予想もしなかったな。最年長だからしっかりしなきゃって緊張もあったけれど、本当に楽しくて、みんな可愛くて幸せな3日間になったよ。あと、河乃湖ハイランドでの3つの絶叫マシンは最高だった! またみんなで行きたいな。あたし・逢坂麻実からは以上!」


 姉さんは左手でピースサインをしていた。昔と変わらないところもあったけど、運転をするところを中心に姉さんも大人になったんだなと思った。頼れる姉さんだ。


「じゃあ、次は私が言おうかな」

「あたしが撮影します、樹里ちゃん」

「よろしく、真奈ちゃん」


 副会長さんは真奈ちゃんにビデオカメラを渡す。


「沙奈ちゃんから話を聞いたときはどんな旅行になるんだろうと思ったけれど、実際に3日間過ごしたらとても楽しかったです。成沢氷穴はとても寒かったけど素敵で良かったな。美味しい物をたくさん食べて、大好きなゴシックワンピースを着て旅行できたので満足でした。あと、このビデオカメラであんなことやこんなことを撮影できたので、きっとこの映像を見返す度に楽しかったなと思えると思います。そんな旅行でした」


 ゴシックワンピースで通したのもあったけど、この旅行でもっともいい意味で印象が変わったのは副会長さんだろう。


「真奈ちゃん、あたしも撮ってもらっていい?」

「いいですよ。じゃあ、あたしが話すときは琴葉さんが撮影してくださいね」

「オッケー」


 次は琴葉か。どんなことを話すんだろう。


「とても楽しくて思い出深い3日間になりました。レイ君から旅行の話を聞いたとき、夢だと思えるほど嬉しかったですが、それは現実でした。これまで色々とありましたが、こうしてみんなと一緒に楽しい時間を過ごすことができて嬉しいです。貸切温泉は楽しくて気持ち良かったな。個人的にはいちご狩りができたことと、1ヶ月遅れですけどみんなと一緒にレイ君へのサプライズ誕生日パーティーができて嬉しかったです。そして、みんなに元気をもらいました! また、この6人でどこかに行ければ嬉しいです」


 意外とまともな感想だった。

 最初は琴葉の体調が大丈夫なのかと思ったけど、そんな不安も吹き飛ぶくらいに旅行中はずっと元気だったな。琴葉考案のサプライズ誕生日パーティーには泣かされたよ。琴葉がとても元気なこと自体で泣いてしまいそうだけれど。

 アリスさんも時々現れていたし、そういう意味でも琴葉にとっては楽しい旅行になったんじゃないだろうか。


「じゃあ、琴葉さん。お願いします」

「任せて」


 次は真奈ちゃんの感想か。


「とても楽しかったです! 麻実さんや琴葉さんはどんな方なんだろうと思っていましたが、2人とも可愛らしい方でした! 車やホテルのお部屋でたくさんお話しして楽しかったです。富士山や忍野十海は素敵で、いちごも美味しくて、旅を楽しんだって感じがします。あと、お姉ちゃんと玲人さんの仲がより深まった感じがして、あたしまで幸せな気分になりました! これからも応援していきます!」


 真奈ちゃんにとっても楽しい旅行になったようだ。琴葉や姉さんとは今回の旅行で出会ったけれど、特に琴葉とは仲良くなったように思える。最年少だったけど、特に遠慮してしまうことなく、伸び伸びとしていた気がする。

 あと、僕と沙奈会長の仲に言及することについては、さすがは会長の妹と言うべきか。たまに会長のことになると怖いことも言っていたし。


「残るは玲人さんとお姉ちゃんですね」

「僕はまだ纏まっていないので、沙奈会長からお願いします」

「分かった。じゃあ、玲人君が撮影してね」

「分かりました」


 琴葉からビデオカメラを受け取り、沙奈会長のことを撮影し始める。


「お父さんからチケットをもらって、みんなにこの旅行を提案するときは喜んでくれるかどうか不安でしたけど、みんなが楽しそうにしていて嬉しい気持ちでいっぱいです。玲人君とは……あんなことやこんなことをして、これまで以上に深い関係になれた気がします。もう幸せでたまらないです。とても素敵な人が恋人なのだと何度も再確認しました。そして、可愛らしい琴葉ちゃん達と一緒にご飯やスイーツを食べたり、温泉に入ったり、玲人君の誕生日をお祝いしたり……幸せづくしの3日間でした! ありがとうございました」


 年齢的に規制がかかりそうな内容まで話してしまいそうで不安だったけど、それは杞憂に終わった。沙奈会長にとって幸せな時間を過ごせたようだ。旅行中は常に笑顔が絶えなかった印象がある。

 僕との婚前旅行とか言っていたけれど、夜、部屋で2人きりで過ごす時間を中心に愛おしい時間になったな。これから、彼女とは幾度となく今回の旅行について思い出語りをすることになるだろう。


「さあ、トリは玲人君だよ。準備はいいかな?」

「みんなの感想を聞いて言いたいことはだいたい纏まりました」

「そっか。じゃあ、きちんとトリを務めてもらおうかな」


 トリを務めるって。何だか紅白みたいだな。

 沙奈会長にビデオカメラを渡すと、彼女は僕にレンズを向けてOKマークを出す。すっかりとカメラマン気分になっているようだ。

 さてと、旅行の感想を言うか。


「数日前に突然、旅行の話が出たのでどんな3日間になるだろうと思いましたけど、本当に楽しく素敵な3日間になりました。誕生日まで祝っていただいて嬉しく思います。高校生になった1ヶ月前は、まさかこんな平和で楽しい時間を送ることができるとは思ってもいなかったです。食べ物も、景色も、観光地も、温泉も最高でした。大好きなコーヒーをたくさん飲むことができて個人的に満足です。沙奈会長と一緒に過ごした時間もとても愛おしかったですね。きっと、何年経っても、この映像や僕らが撮った写真を何度も見ることになると思います。中には恥ずかしいものもあるんでしょうけど。決して忘れることのない楽しい時間になりました。沙奈会長と2人きりで旅行に行きたい気持ちもありますが、またこの6人でもどこか旅行に行ければと思います。ありがとうございました」


 僕が軽くお辞儀をすると、沙奈会長は右手の親指をグッと上げた。どうやら、この感想でOKらしい。

 ピッという音が聞こえたとき切ない気持ちが生まれた。


「これで全員分の感想を撮り終わったね、沙奈ちゃん」

「ええ。玲人君が見事に締めてくれました。真奈、樹里先輩に渡してくれる?」

「うん」


 気付けば、僕らの乗る車は高速道路を走っていた。一昨日は正面に見えていた富士山も、今は後ろに振り返らなければ見ることができない。楽しかった思い出から刻一刻と遠ざかっているのだと思い知らせているような気がして。そんなことに寂しいと思えるのだから、僕がさっき言った感想に偽りはなかったんだ。


「玲人君。半合坂まではまだちょっと時間もかかるし、私の腕枕や胸枕を使ってぐっすりと眠っていいんだよ?」


 おいで、と言わんばかりに沙奈会長は優しい笑みを浮かべながら両手を広げていた。何だか、寂しい気持ちが吹っ飛んじゃったな。沙奈会長が一緒なら、明日からもずっと楽しい気持ちになれるのだろう。


「きゃっ」


 僕は右手で沙奈会長の右肩を掴み、彼女のことをできる限り自分の方へと抱き寄せる。


「今は沙奈会長自体を抱きたい気分なので。このまま眠ってもいいですか?」

「……もちろんだよ、玲人君」

「ありがとうございます。とても心地いいですよ。じゃあ、おやすみなさい」


 沙奈会長に口づけをして僕はゆっくりと目を閉じた。


「あううっ……」


 口づけされるとは思っていなかったのかな。沙奈会長のそんな可愛らしい声が聞こえ、甘い匂いと普段よりも強い温もりを感じながら僕は眠りにつくのであった。

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