第20話『天地逆転』
午前9時半過ぎ。
僕達は河乃湖ハイランドにやってきた。天気も快晴で、絶好の遊園地日和だと思う。ゴールデンウィークの終盤でも結構人がいる。家族連れやカップルが多いな。
そういえば、僕らはどういう風に括られるんだろう。僕と沙奈会長は付き合っているし、姉さんもいるけど……6人全員を一言で言うなら親しい友人になるのかな。
今日一日たっぷりと楽しむということで、どのアトラクションにも自由に使える一日フリーパスを購入。そのときにもらったパンフレットを見ると、色々なジャンルのアトラクションがある。
「まずはどこに――」
『天地逆転!』
琴葉達808号室で泊まっているみなさんが口を揃えてそう言った。朝食でもジェットコースターの天地逆転と、お化け屋敷の絶対霊度の2つは必ず行きたいと言っていたからなぁ。
ちなみに、天地逆転は河乃湖ハイランドの中でも一二を争うほどの人気アトラクションらしい。それにしても、天地逆転ってかっこいい響きだ。
「じゃあ、まずは天地逆転に行きましょうか」
僕達は天地逆転の方へと歩き始める。この天地逆転を含め、絶叫系のアトラクションは4文字の漢字の名前になっている。
絶叫系が大好きであり、特にここへ来たがっていた琴葉と姉さんはとても張り切っている。昔のように手を繋ぎながら歩いている。2人ともロングスカートにパーカーという同じような服装なので姉妹にも見えるな。
そんな2人の次に楽しそうにしているのが副会長さん。彼女も絶叫マシンが大好きであり、小さい頃にご家族と一度ここに来たことがあるから懐かしいのかも。それもあってか、ビデオカメラで周りの様子を楽しげに撮影している。撮影に夢中になって迷子にならないか心配だけど、赤いゴシックワンピースを着ているので、すぐに見つかりそうだ。
真奈ちゃんは昨日と変わらず楽しそうな笑みを浮かべている。彼女もパンツルックの服がよく似合っていて。さすがは姉妹だと思わせる。
「さっそく絶叫マシンか……」
沙奈会長は苦笑いをしながらそう言葉を漏らした。小さい頃の話だけど、絶叫系が苦手だと公言しているほどだ。不安な気持ちもあるんだろう。
「そういえば、大丈夫かな。このワンピースで……」
「ロングですし大丈夫だと思いますけどね」
沙奈会長は水色のワンピースを着ている。とてもよく似合っているな。スカートがめくれて下着が見えてしまうことはないと思うけど、いざとなったら僕が手で押さえよう。ただ、絶叫マシンに乗っている最中は、それどころじゃないかもしれないけど。
「みんな、あそこだよ。天地逆転」
姉さんが指さした先には『天地逆転』の文字が。天地逆転はコースの中にループが連続しているのが名物であり、そのことで地上と空が逆転したような感覚になることから、天地逆転というアトラクション名がついたらしい。
人気アトラクションだけあってか、この時間でも既に行列ができているな。2列でできている列の最後尾に行くと、マシンに乗るまで15分かかるとのこと。
「15分かぁ」
「人気であることを考えたら、15分はラッキーですね」
「……それはそうかもしれないけど、15分待ったらあそこに行くんだよ、玲人君」
沙奈会長が指さす先には高速で走っているマシンが。これからアレに乗ろうとしているのか。
「きゃああっ!」
「うおおおっ!」
女性の黄色い叫びや男性の野太い絶叫が聞こえてくる。あれが15分後の僕らだと思うと不安だけど、好きな人にはたまらないのだろう。
「大丈夫ですよ、沙奈会長。僕が側に付いていますから」
沙奈会長の手を強く握ると、彼女は頬を赤らめて僕のことを見つめてくる。
「玲人君……」
「……僕もひさしぶりで怖いです。ただ、怖かったら目を瞑って叫んでしまえばあっという間ですよ。それに、乗っているときもこうして僕が手を握っていますから」
「……うん」
すると、沙奈会長にようやく嬉しそうな笑みが戻る。どうやら、少しは安心してくれたみたいだ。良かった。
「……果たして、愛情という力で2人の心に抱かれた絶叫マシンへの恐怖を乗り越えることができるのでしょうか」
気付けば、琴葉達が僕達のことを見ていて、副会長さんはビデオカメラを向けていた。みんな絶叫マシンが大丈夫だからって余裕そうな笑みを浮かべちゃって。
「かっこいいことを言っているけど、レイ君も無理しないでね」
「……ああ。楽しくても怖くても叫ぶつもりさ」
「そういえば、小さい頃の玲人はかなりの大声で叫んでいたよね」
「そうだったね。泣いていたこともあったっけ」
その原因はアトラクションの恐ろしさもそうだけど、姉さんや琴葉に無理矢理付き合わされた怒りや悲しみもあったんだ。
「玲人さんにもそういう時代があったんですね。何だか、今の玲人さんからは想像できないです。常にクールで優しく笑っていますから」
常にクールで優しく笑う……矛盾しているような気もするけど、真奈ちゃんには僕がそう見えるのだろう。あと、僕ってやっぱり感情をあまり顔に出さないように見えるのかな。昨日の夜、沙奈会長も同じようなことを言っていたし。
「実際に乗ってみないと分からないこともあるよね。じゃあ、天地逆転まであと少しなので一旦、ここで切ります」
副会長さんはビデオカメラをバッグの中に入れた。この旅行、一番マイペースに楽しんでいるのは彼女かもしれないな。
気付けば、もう次の運転で乗るんじゃないかというところまで来てしまった。心なしか聞こえてくる叫び声が、さっきよりもかなり大きくなっているような。
「緊張してきたね、玲人君」
「そうですね。もう今からマシンに乗っている感じですよ」
「それ言えてるかも。玲人君が彼氏で良かった……」
思わぬところで褒められてしまった。ただ、共感できるところがあるっていうのはいいよね。僕も沙奈会長が緊張しているのを見てより親しみを持てるようになったし。
「はーい、お疲れ様でした! ありがとうございました! では、次の……ここまでの方、天地逆転の方へどうぞ!」
ついに僕達の番になってしまう。
列の並び順ということもあって、前から琴葉と姉さん、副会長さんと真奈ちゃん、そして僕と沙奈会長が隣同士に座る。女性のスタッフさんによって安全バーが下ろされた。いよいよって感じだな。
「楽しみだね、麻実ちゃん」
「ひさしぶりだもんね」
琴葉と姉さんはより一層ワクワクした様子になっており、
「ドキドキしてきました」
「バーを下ろされると独特の緊張感があるよね。まあ、こういう系のマシンはあっという間だし、怖かったら目を瞑ればいいよ」
「あっ、目を瞑ったら何だか緊張が取れました!」
副会長さんと真奈ちゃんは何だかんだで普段と変わらない雰囲気。そして、
「ううっ、より緊張してきた……」
沙奈会長、顔色があまり良くないな。強い震えが繋いだ手を通して伝わってきている。ここまで恐がるのは彼女を見るのは初めてだ。そのこともあってか、僕の方は緊張がすっかりとなくなってしまった。
「何か好きなものを思い浮かべましょう、沙奈会長」
「好きなものって言われても、今は玲人君しか思いつかないよ」
「……良かった、一つでもあって。それが僕で嬉しいですよ」
僕は沙奈会長の手を今一度強く握る。途中で離してしまわないように、指を絡ませる恋人繋ぎで。
「怖かったら、目を瞑って思い切り何かを叫べばいいと思います。そうすれば、あっという間に終わりますって」
「……うん」
沙奈会長が微笑みながら頷いた瞬間、マシンが動き始めた。ゆっくりと上り坂のレールを登っていく。
頂上に辿り着いたとき正面には富士山がはっきりと見える。
「沙奈会長、正面に綺麗な富士山が見えますよ」
「あっ、ほんと……きゃあああっ!」
気付けば、マシンは急降下! 無情にも、沙奈会長に富士山を楽しませる時間を与えてくれなかったのだ!
「うわあああっ!」
かなりのスピードだから風が凄いな! 普段は爽やかに感じていた空気が凄く冷たく思える。
「きゃあああっ!」
沙奈会長も絶叫しているようだ。それでも沙奈会長は僕の手を離す気配はない。
そして、マシンは連続ループのゾーンに突入! 勢いよく進むために本当に天と地が分からなくなってきた。
「好きっ! 玲人君大好きっ! 結婚してえええっ! 何かもう死んじゃいそうだからあああっ!」
何か思いを叫べばいいとアドバイスはしたけど、まさかのプロポーズ。まあ、絶叫マシンが苦手な人にとっては、死んじゃいそうだと思ってしまうのも分かる。
「離れないでっ! いい子にするからっ! きゃあああっ!」
まるで親にきつく叱られてしまった幼子のようだ。そんな沙奈会長が横にいるからか、すっかりと怖さがなくなった。
その後、マシンがスタート地点に戻るまで沙奈会長の黄色い絶叫が続く。そんな彼女が可愛いなと思いながら、爽快感を得るために僕は彼女の手をしっかりと握りたくさん絶叫するのであった。
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