第13話『ホテルへGO』
午後4時過ぎ。
いちご狩りをした僕らは車へと戻る。これから、僕達が宿泊する富士河乃湖ホテルに向かうので、先ほどとは違って沙奈会長が助手席に座り、琴葉が僕の隣に座る。
「いやぁ、たくさん食べたね、レイ君」
「そうだな」
「これ以上いちごに食べる日は今後ないっていうくらいに食べたよ」
「……さすがは琴葉。いちご狩りに行きたいって言っただけあるね。琴葉は昔からいちごが大好きだもんな」
僕も、しばらくは食べなくてもいいと思うくらいにたくさん食べた。そのためか、口の中が甘くなってしまっているので、駐車場にある自動販売機で買った地域限定の微糖コーヒーを飲む。
「うん、美味しい」
いちごや練乳の甘味に慣れてしまったので、微糖コーヒーの甘味が全然感じられないけど。これ、本当に微糖だよな? ブラックじゃないよね?
「レイ君、本当にコーヒーが好きだよね。そんなに飲んで今日は眠れるの?」
「うん。飲み慣れているからね。多少、寝る時間が遅くなるくらいで」
「……レイ君も大人になったねぇ。髪も金色にしちゃってねぇ」
そう言って琴葉は僕の頭を撫でてくる。おばあちゃんかよ。
コーヒーはまだしも、金髪はあまり関係ない気がする。金色に染めた元々の理由は、周りとあまり深く関わらないようにするためだったし。
「……そういう琴葉だって、大人になったよ」
「……レイ君にそう言われると、本当にそうなった気がするよ」
ずっと前から琴葉から元気をもらっていたし、時には支えてもらったこともあったから……そういう意味ではずっと前から彼女は「大人」なのかも。
「みんな、ここからホテルまで20分くらいで着きますよ」
もう河乃湖の近くにいるからそのくらいで着くか。どんなホテルか楽しみだ。
「じゃあ、ホテルに向かって出発!」
姉さんの運転によって、僕達は富士河乃湖ホテルへと向かい始める。
「麻実ちゃんがここまで運転が上手だとはねぇ。事故はさすがに起こさないとしても、下手な運転で車酔いするかもしれないと思ったよ」
「……実は僕も同じようなことを朝まで思ってた」
「やっぱりそう思うよね。ただ、昨日レイ君の家に泊まりに行ってから、麻実ちゃんって結構大人だなって思うんだ。2年近く眠り続けて、ひさしぶりに会ったっていうのもあると思うけど」
「確かに。まあ、このメンバーの中では最年長だし、ずっと運転してくれているから、いつも以上に頼れるなぁって強く思うよ」
僕も姉さんとは1年以上会えなかったし。
その間、姉さんは大学受験があり、見事に進学し1人暮らしを経験して。きっと、僕のことで辛い気持ちにさせてしまったときもあっただろう。それでも、僕と再会したとき、姉さんはそれまでと変わらずに笑顔を見せてくれたな。俺はそれが嬉しかった。
「レイ君がそう言うなんて何だか意外。昔はあたしと一緒に麻実ちゃんもレイ君に甘えるときが何度もあったからさ」
「そう? 甘えてくるところや子供っぽいところもあるけど、僕にとっては生まれたときから姉さんはずっと僕の姉さんだからね」
「実の弟だからこそ思うことがあるんだね」
「そうだな」
運転する姉さんの姿がチラッと見えるけど、姉さんがとても大きく見えるよ。そう思うと、姉さんがしっかり運転していることに感動してくるな。
「どうしたの、レイ君。目に涙を浮かべちゃって」
「……いちごと練乳の甘さに慣れていたからか、このコーヒーが思いの外苦く思えたんだよ」
「……そっか。そういうことにしておこうか」
琴葉は優しい笑みを浮かべながらそう言った。きっと、今のは嘘だって分かっているんだろうな。
それからは、琴葉と談笑しながら、車窓から見える景色を静かに楽しむ。まさか、琴葉と一緒に穏やかな旅の時間を過ごせるときが来るなんて。先月、高校に入学したときの自分でさえも想像できなかっただろう。
楽しい時間を過ごしたからか、今日泊まる富士河乃湖ホテルへと到着した。沙奈会長の持っているチケットや公式サイトでホテルの外観は知っていたけど、こうして実際に見てみると立派なところなのだと実感する。
「凄いところに泊まるんだね、レイ君」
「とても立派そうだ。河乃湖とその周辺の中では指折りの人気を誇るホテルみたいだよ」
「へえ……そんなところにタダで泊まれるなんて有り難い限りでございます」
そう言って、琴葉は沙奈会長に向かって両手を合わせている。大げさな気もするけど、琴葉がそうしてしまうのも理解できる。
「ようこそお越しくださいました。さあ、お荷物はこちらに」
ホテルの男性スタッフさんがカートを運んできてくれた。これは有り難い。僕とスタッフさんで荷物をカートに置く。
「では、中へどうぞ。フロントにてチェックインの手続きをお願いいたします」
ホテルの中に入ると、意外と落ち着いた雰囲気のエントランスだ。
チケットを持つ沙奈会長と、最年長で保護者代わりの姉さんはチェックインの手続きをするためにフロントに行く。僕達は近くのソファーに座って彼女達のことを待つ。
「この河乃湖町で栽培された茶葉で作られた冷たい緑茶でございます。もしよろしければご賞味ください。そちらに紙コップと給茶機がありますので、ご滞在の間はご自由にどうぞ」
作務衣を着た若い女性の仲居さんが、僕らに緑茶を出してくれた。生徒会室で沙奈会長や副会長さんに飲み物を出しているので、何だか不思議な感じだ。
「ありがとうございます。いただきます」
「……は、はい! では失礼いたします」
ただお礼を言っただけなんだけど、仲居さんは頬を赤くして嬉しそうな様子で僕達の元から立ち去っていった。
「レイ君、落としたね」
「さすがです、玲人さん!」
「まあ、今みたいに優しい笑みを見せられてお礼を言われたらキュンとなっちゃうか」
「……僕は素直にお礼を言っただけなんですけどね」
僕のことをどう思っているかは知らないけれど……さっきの様子を見る限り、悪い気持ちを抱いたわけではないだろう。
河乃湖のお茶を一口飲んでみる。うん、美味しい。
「みんな、お待たせ。チェックインの手続き終わったよ」
「2部屋とも同じ8階なんですけど、玲人君と私が泊まる部屋は801号室で、お姉様、樹里先輩、琴葉ちゃん、真奈が泊まる部屋は808号室と少し離れる形になりますね」
「でも、同じフロアだからさほど気にならないかな、沙奈ちゃん」
副会長さんと同じ意見かな。ツインルームと和室で種類も違うし、直前に予約したので離ればなれになるかと思ったくらいだから、同じフロアで良かったんじゃないだろうか。
「あと、貸切の温泉で空きが出たみたいだから、5時半に予約を取っておいたよ」
「へえ、いいじゃない」
「運が良かったね、お姉ちゃん!」
「楽しみだね、真奈ちゃん」
貸切の温泉まであるとは。色々なことを堪能できるんだな。
「では、お部屋までご案内いたします」
女将さんなのか、年配の女性の方が僕達の宿泊する客室まで案内してもらう。
さすがに8階の高さからだと広い景色を観ることができる。エレベーターホールの窓から見えた景色は富士山や河乃湖とは反対側だけど、自然がいっぱいで本当に旅に来たんだなと実感させられる。
エレベーターホールから近いということで、まずは琴葉達が泊まる808号室の方へと向かう。
「うわあっ、素敵なお部屋……」
客室に入ってすぐに琴葉が嬉しそうな表情をしてそう呟いた。確かに、広くて落ち着くできそうな和室の部屋だ。
そういえば、小学校の修学旅行で泊まった旅館の部屋がこういった和室だった。もちろん、子供だったからこのくらいの広さの部屋に6人で泊まったな。
「思い出すね、レイ君。小学校の修学旅行のこと」
「ああ、こういう部屋で寝たよな。自分でふとんを敷いて」
「私も中学までの修学旅行ではそうだったなぁ。月野学園の修学旅行ではベッドだったけれど。沙奈ちゃんはどうだった?」
「私も小学校と中学校のときはこういうところでしたよ。お姉様はどうでした?」
「……どうだったかなぁ。部屋よりも観光地に行ったことの方が記憶に残っていて。ただ、樹里ちゃんと同じだった感じがする」
姉さんはそう言うと静かに笑った。
「みなさんのお話を聞くと、あたしも今年の修学旅行が楽しみです! 玲人さんとお姉ちゃんの泊まるお部屋も見てみたいです」
「そ、そうね。じゃあ、4人の荷物を下ろして801号室に案内してもらいましょう」
そういえば、女将さんに部屋を案内してもらっている最中だったっけ。
琴葉、姉さん、副会長さん、真奈ちゃんの荷物を置いた後、沙奈会長と僕が泊まる801号室へと向かう。
「こっちも素敵なお部屋だね、レイ君」
「そうだな」
さっき、和室の部屋を見たからか同じホテルとは思えない雰囲気。ここで沙奈会長と2人きりで過ごすのか。
「こちらの客室には天然温泉の露天風呂もございますので、もしよければお楽しみください」
まさかの天然温泉の露天風呂付きの部屋だとは。この部屋、フロアの一番端にあるし、特別な部屋なのかもしれない。そんなことを考えながら、沙奈会長と自分の荷物をカートから降ろした。
「ごゆっくりお過ごしください。何かありましたら、いつでも内線にてフロントにご連絡くださいませ。それでは失礼いたします」
女将さんは801号室を後にした。
「沙奈ちゃん。さっき、貸切温泉を何時で予約したんだっけ? あたし、忘れちゃった」
「ええと、5時半から1時間ですね。運良くその時間が空いていました。夕ご飯はバイキング形式で、6時から9時までの間に会場のレストランに行けば大丈夫になっています」
「ありがとう。じゃあ、予約した時間まであと数十分くらいあるんだね。それまでは自由時間ってことにしようか」
これまで色々なところに行って移動も多かったからな。せっかくホテルにも着いたんだし、ゆっくりとした時間を送りたい。
みんな、そんな僕と同じような気持ちなのか、姉さんの意見に賛成し、各々の時間を過ごすことに。
「そうだ、父さんに電話を入れるか……」
ホテルに到着したら連絡するって言ってあるからな。バルコニーに出ると河乃湖と富士山が綺麗にとても見える。
父さんのスマートフォンに連絡をすると、姉さんの運転に不安を抱いていたのか「無事で良かった」が第一声だった。そして、再度、温泉饅頭をたくさん買ってくるように言われるのであった。
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