第40話『頼れそうな人』

 さすがに家まで押しかけてきたり、電話をかけてきたりするマスコミはいなかった。それは今のうちかもしれないけど。


「チョコ大福美味しいね」

「……5個までだよ、姉さん」


 家に帰ると、姉さんが既に大学から帰ってきていた。コンビニで買ってきた10個入りのミニチョコ大福を目ざとく見つけられてしまったので、僕の部屋で5個ずつ食べることに。大福は小さいし、200kcalくらいなので1人で全部食べようと思ったけど、まあいいか。

 菅原によるSNS上の情報とネット記事の影響か、姉さんの通う多摩中央大学でも僕のことが広がり始めているらしい。姉さんも友達から僕のことを訊かれたという。ただ、姉さんは真面目に高校生活を送っているかっこいい弟だと断言したらしい。さすがは姉さん。


「でも、どうして今になって玲人のことを……」

「このタイミングになったのは偶然だと思う。新年度になって、月野学園の生徒の1人が、SNSに僕の写真をアップした。それを菅原が見つけ、僕の過去について返信をした。菅原は僕の事件以降も誰かをいじめていて、僕以上に面白い人間がいないって言っていたから、日常的にネットで僕の情報を探していたかもしれないな」

「それが本当ならかなり気持ち悪いよね」

「人として終わっている感じはするよ」


 2年前から既に思っていたけれど、その後も変わらず誰かをいじめていたり、金を集っていたりしたことを知ったときに確信した。


「玲人のことだから、このまま何もしないってことはないよね」

「当たり前だよ、姉さん」


 あのまま菅原を野放しにしていたら、彼や彼の取り巻き達のせいで傷付く人間がさらに出てしまう。彼らには法的に然るべき処罰を受けさせなければ。


「ふふっ、いい顔してるね、玲人。喋り方も逮捕される前みたいな感じに戻ったし、伸び伸びしているように思える」

「……そう見えるんだ」


 家族の前でも自分のことを「俺」と言っていたので、喋り方も変わっていたと思われていたんだろうな。


「だから、金髪にまた違和感を覚えてきたよ」

「僕はこの金髪は結構気に入っているんだけどな」


 髪を金色に染めたのも心機一転の意味と、他の生徒と距離を置くためだった。校則違反でもないし、飽きるまではこの髪のままでいよう。

 ――プルルッ。

 うん? 僕のスマートフォンが鳴っているな。

 確認してみると誰かからメッセージが来たという通知が来ていた。


『今日の生徒会の仕事は無事に終わったよ。それで、玲人君はちゃんとお家に帰れた? 変な人に後を付けられなかった? 嫌なことは言われなかった? 電話が来なかった? もしあったら私がいつでも殺……どうにかしてあげるから!』


 僕のことを心配する沙奈会長からのメッセージだった。彼女らしくて、恐ろしい本音が垣間見える箇所もあるけど、何だか微笑ましい。


「どうしたの、玲人。笑っているけど」

「……会長はとても頼もしい人だって思っただけだよ」


 校門前で菅原と会って色々と言われた……なんて正直に書いたら、沙奈会長は彼のことを本当に殺してしまうかもしれないな。でも、嘘を付くのはいけないから、


『お仕事お疲れ様です。校門前で菅原と会って、彼から色々と言われました。相変わらずゲスで人間として終わった男です。だからといって、彼に何かしようとは考えないでくださいね』


 というメッセージを送った。

 すると、すぐに既読のマークが付いて、


『玲人君がそう言うなら、何もしないでおくよ。でも、彼には……相応の処罰を与えないとね。もちろん、恩田さんをいじめた全ての人達にも』


 会長からそんなメッセージが送られてくる。ミッションは菅原との決着だけれど、おそらくそれを果たすことで彼らの取り巻き達、もっと言えば琴葉のいじめに関わった人達とも決着を付けられるんじゃないかと考えている。

 その後も、マスコミ関係者が家まで押しかけてくることはなかった。テレビやネット上ではどうなっているか分からないけれど。

 午後7時半頃に父さんが会社から帰ってきたので、家族全員で夕食を食べることに。


「玲人、とりあえず今日を何とか終えることができて良かった。お疲れさん」

「うん、まあ……いずれは僕の過去が学校に知れ渡るとは思ってた。ただ、ここまでになるとは思っていなかった。さすがに疲れたよ」

「……そうか。朝もメッセージを送ったけど、無理はするなよ。辛かったら明日、学校を休んでいいから。もちろん、母さんも麻実も」


 そう言って、父さんはビールをゴクゴクと飲んでいる。週刊誌記者が僕に取材しようとしたことに腹を立てているのか不機嫌そうだ。


「あたしの大学ではあまり影響なかったかな」

「お母さんも大丈夫。ただ、琴葉ちゃんのお母さんにはこのことを連絡しておいたわ」

「そうか、分かった。しっかし、昼休みに週刊文秋のネット記事を読んだけど、玲人……よくあそこまで冷静に受け答えができたな。俺だったら名前を訊かれた時点で、その通りだが話せることは何もないって言うだけで学校へ逃げ込む」

「それでも良かったかもしれないけど、俺が月野学園に通っていることの情報源が何なのか知りたくてさ」


 結局、週刊文秋による今朝の一幕をネット記事として書かれてしまった。スマホでその記事を見てみると、僕の名前は伏せられていた。あと、前科者が何言ってんだってところは見事にバッサリとカットされて。都合の悪い部分は消すんだな。


「なるほどな。俺も2年前はしつこい記者に帰れってキレたんだが、そうしたら捏造記事を書きやがった。それは文秋じゃないけどさ」

「そうか。そういえば、帰ってくるときもマスコミが結構いたけれど、菅原が月野学園の前まで来たんだよ」

「何だって! あいつが月野学園にやってきたのか!」


 ドン、とテーブルを激しく叩いて父さんは急に立ち上がった。


「お父さん、食事中に突然テーブルを叩いたり、席を立ったりしない」

「……ごめんなさい」


 母さんに注意されたのがショックだったのか、父さんはしょんぼりと座る。


「SNSに僕のことを呟いたのは自分だって言っていたよ。あと、当時……僕が琴葉に重傷を負わせたことをいい機会にして、僕を逮捕して自分に関わる供述をもみ消すように議員の父親が圧力をかけたって言ってた。その言質をスマホで録音しておいたから」

「おっ、よくやったじゃないか。まあ、あの大物議員の息子だから、いざとなったら適当に言ったとかはぐらかしそうだが……」

「でも、ないよりはいいでしょ。ところで、朝から気になっていたんだけど、父さんは色々と動いてみるって言っていたよな。それって……」

「ああ、そのことか。前にも言った気がするけど、この4月からうちの部署で働くことになった若手の社員がいてさ。氷室智也ひむろともや君っていうんだけど」

「その人のこと、今みたいに酔いながら優秀な技術者だって言っていたよね、お父さん」

「おっ、麻実、よく覚えていたな」


 氷室智也……何だかかっこいい名前だ。どこかで聞いたことがあった気がするけれど、それは気のせいだろうか。


「実は彼、琴葉ちゃんの事件の少し前に、誤認逮捕されたことがあるんだ。もちろん、誤認逮捕だから彼は無実だったんだけれど」

「あっ、思い出した。僕が琴葉のいじめを調査しているときにニュースでやってた」


 当時、大々的に報じられていたな。逮捕されてから何日か後に無実であることが分かって釈放されたんだった。大人になると、名前も姿も公開されてしまって大変なんだなって思ったな。当時、働いていた会社も退職させられたっていうし。


「その氷室さんっていう人が、新年度になって父さんの働く部署に来たんだね」

「そうだ。歓迎会のときにスマホで写真を撮ったから見せるよ」


 父さんはスマートフォンを操作し、僕と姉さんに見せてくる。氷室さん、名前の通り結構かっこいい人だな。優しい感じもするし、こういう人はモテそうだ。


「かっこいい人が異動してきたんだね。玲人が大人になったらこうなるんじゃない?」

「そんなにかっこいいの? ……あら、お父さんの若い頃よりもかっこいいかも」

「それでも、母さんは俺にとって一番可愛いからな! あと、氷室君には結婚前提に付き合っている恋人がいる。ちなみに、その方と2年前から同棲しているそうだ」

「あらぁ……」


 やっぱり、氷室さんには恋人がいるのか。それを知った母さんががっかりしていることが何とも言えない。氷室さんのような方が母さんのタイプなのかな。


「話を戻すけど、彼に玲人のことを話してみたんだ。例の文秋の記事も読んでもらった。そうしたら、もし玲人さえ良ければ、警視庁に勤めている彼と同い年の親友に話してみるって言われたんだが……どうする? 氷室君曰く、とても信頼できる人だそうだけど」

「警察官か……」


 刑務所の看守さんはいい人だったけれど、2年前の事件のこともあるから、警察官という職に就いている人間は基本的に信用していない。


「その親友の警察官は、氷室君が誤認逮捕された事件の真相を見抜き、警察内部の不正も暴いたそうだ。氷室君もそんな親友ならきっと力になってくれると思うと言ってくれた」

「そうなんだ……」


 親友の警察の方がどんなに善良な人でも、与党の国会議員の圧力がかかるかもしれない中、菅原を逮捕するところまで持っていけるだろうか。あと、2年前に彼の父親に圧力をかけられたことなどの事実を世間に公表できるのか。

 ただ、学校で沙奈会長と話したように、大人の力を借りるのも一つの手だ。逮捕が菅原との決着に向けての選択肢にある状況だから、相談できる警察官がいるのはまたとないチャンスかもしれない。


「氷室さんから、親友の警察官の方に話してほしい」


 氷室さんの誤認逮捕の事件と、警察の不正を暴いた刑事さんなら……僕や琴葉のことについても何とかしてくれるかもしれない。難しい状況だろうけれど。


「分かった。あとで氷室君にメッセージを送っておく。それで明日、父さんの方から彼に2年前の事件について概要を話すけど、それでいいか?」

「うん、お願いします」


 僕も後でこのことを沙奈会長にメッセージで送っておこう。

 可能性は薄そうだけれど、これで一つ……菅原との決着に繋がる道が見えてきた。それだけでも、ミッション達成に向けて大きく前進できた気がしたのであった。

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