第8話『ジュリー』

 図書委員の佐藤先輩の手伝いを終わらせ、昇降口に向かっている途中で副会長さんと鉢合わせた。


「お疲れ様、逢坂君」

「お疲れ様です、副会長さん」


 お疲れ様という言葉からして、偶然ここで俺と会ったとは考えにくい。


「会長からの命令ですか? 俺のことをこっそりと見に行くように言われたんですよね」

「……何でもお見通しなんだね」


 さすがだね、と副会長さんは可愛らしく笑う。決断するまではコソコソ見ないようにしてほしいと言われたけれど、俺のことが気になるので副会長さんに様子を見てほしいと頼んだというところか。


「逢坂君がまだ校内にいれば、こっそりと様子を見てきてって言われたの。本当に沙奈ちゃんは逢坂君のことが気に入っているみたいね」

「……ですね」


 束縛したいほどに好きだというのは、副会長さんはまだ知らないんだろうな。知らない方がいいこともあるのでこのことは言わないでおこう。


「ちなみに会長は今、どうしてます?」

「生徒会室で仕事してるよ。デスクワークだけれど、昨日から体調が悪そうだから無理はしないように言っておいた」

「なるほど。そういえば、会長って元々体が弱いんですかね?」

「ううん、丈夫な方だと思うよ。だから、今の状況は正直心配かな」

「……そうですか」


 体調不良になることは如月会長にとって珍しいのか。もしかして、それが原因で俺のことを生徒会に入れたいって言ってきたのかな。でも、それなら明日の放課後までに決めてほしいって言ったのかがよく分からない。


「そうだ、図書委員会のお仕事を手伝った逢坂君にご褒美をあげる。ついてきて」

「はい」


 俺は副会長さんの後についていく。

 副会長さんがいい人であることは分かっているけれど、会長の命令で俺の様子を見張っている最中なので不安だ。


「さっ、好きな飲み物を1本買っていいよ」


 そんなことを考えていたら、自動販売機のある休憩スペースに来ていた。数人の生徒が駄弁っていたり、勉強していたり、昼寝をしていたり。みんな、自分のやりたいことに集中しているからか、俺達の方を見てくる生徒はいない。


「いいんですか、買ってもらっても」

「うん、いいよ」

「買ってもらったから生徒会に入れって、会長から入れ知恵されていませんよね?」

「そんなことないって。今も疑っているんだね」

「……告示の紙を勝手に作られてしまったら、さすがに疑ってしまいます」


 まだ、何かの手を使って俺を生徒会に入れる可能性は捨てきれない。


「大丈夫だよ、これは私個人でやっていることだから」

「……では、このブラックコーヒーを」

「うん」


 副会長さんにブラックコーヒーを買ってもらって、俺達は近くにある椅子に座った。ちなみに、彼女はミルクティーを買った。


「コーヒー、いただきます」

「どうぞ」


 そういえば、学校でこうして飲むのは初めてだな。俺はそんなお初のコーヒーを一口飲む。苦味で落ち着くことができるようになるとは、少しは大人になったのかな。


「あっ、飲んだ」

「ごほっ!」


 驚いて咳き込んでしまった。とっさに手で押さえたから、手が汚れただけで済んだけれど。


「可愛い反応するんだね、逢坂君は」

「これ、やっぱり賄賂なんですか?」

「そんなわけないよ。気にしないで飲んで」


 副会長さんはニヤニヤ笑いながらそう言う。もう、ブラックコーヒーを飲んだからってブラックなジョークは言ってほしくないよ。


「ふふっ、ミルクティー美味しい」

「……ブラックコーヒーも美味しいですよ」


 ただ、さっきよりも苦く感じるのはなぜなのか。


「まさか、逢坂君が図書委員会の仕事を手伝うことになるとは思わなかったよ。さっさと帰るだけだと思っていたからさ」

「本をたくさん持った佐藤先輩という図書委員の生徒が転びそうだったので。図書委員会の事情は分かりませんけど、本を入荷する日くらいは人員を増やすとか、1つでもいいので図書委員会としてカートを持っていた方がいいと思いました」

「おっ、それはいい意見だね。メモしておこう」


 そう言って、副会長さんはスマートフォンを弄っている。メモ帳の機能を使っているのか。これを如月会長や職員に報告するのかな。


「その場面から見ていたけれど、藍沢君は自分から率先して手伝ったじゃない。しっかりとやっていたし。あの子と普通に喋ることもできていたように見えたよ」

「あれは、佐藤華先輩だからこそっていう部分もあると思います。彼女曰く、一度に多くの本を持って、往復する回数を減らしたいとのことでしたが、あのときの彼女を見たら、1人で運ぶのはまずいだろうって思ったんですよ」

「ただ、そう思った逢坂君は自分から動いた。しかも、相手が満足できるところまで仕事をした。これができるってとても凄いことだと思うよ? 私個人の考えだけれど、彼女との様子を見て生徒会でも十分にやれるなって思うよ」

「……そう言ってくれることは素直に嬉しいです」


 自分のことをやるのが精一杯で、誰かのために何かできるなんて全然思っていなかったから。


「ふふっ、意外と逢坂君って素直で優しいよね。髪を染めているし、普段の様子を見ると捻くれているイメージもあるけれど」

「そ、そうですか」


 黒髪ばかりの中で金髪にしたり、全然友人を作らなかったりしたら、捻くれていると思われても仕方ないのかな。


「少しずつでも考えはまとまってきてる?」

「まだ、そんなには。家に帰ったらゆっくり考えようと思っていたので」

「そっか。あまり時間経っていないもんね。せっかくだし、何か生徒会について分からないことがあったら質問していいよ。どんなことでも」

「じゃあ、生徒会のメンバーって今、何人いるんですか?」


 思い返せば、如月会長と副会長さんとしか会ったことがない。生徒会室に行ったのは3回しかないから、まだ会ったことのないメンバーがいると思うんだけど。


「私と沙奈ちゃんだけだよ」

「えっ? 2人だけなんですか? 書記も会計もいないんですか?」

「うん、2人で難なくこなせているからね」


 副会長さんはさらりとそう言うけれど、それってかなり凄いことなのでは。


「それって、今の体制だけ……ですか?」

「2年前は違ったけれど、去年は私の1学年上の女性の先輩が会長をやって、私は副会長だったの。その会長さんも沙奈ちゃんと同じくらいに何でもできちゃう人で……」


 そんなハイスペックの人が会長だから、会長と副会長の2人体制でやった方が効率よくできるだろうって考えたのかな。きっと、副会長さんもかなり仕事ができる人なんだろう。あと、副会長さんは2年連続で生徒会副会長として活動しているんだ。


「次は会長をやろうかどうか考えたとき、1学年下で沙奈ちゃんが入学してきて、才色兼備で人気も抜群だったの。だから、私が彼女に会長になってみないかって誘ってみたんだ」

「それで、実際に会長になって仕事をこなしているんですから凄いですね」

「そうだね」


 そんな如月会長を生徒会に誘った副会長さんも凄いと思うけれど。当時1年生の子にしかも会長にならないかって。相当な自信がなければできないと思う。


「2人でも十分にやれていたから、今朝、逢坂君を庶務係として生徒会に入れさせたいって沙奈ちゃんが言ってきたときは正直驚いたよ。でも、それを言われる前から逢坂君の名前を口にすることはあったかな」


 きっと、それは俺に対して非常に強い好意を抱き始めたからだと思います。

 そういえば、会長が俺のことが好きになったきっかけとか聞いたことないな。ロープで縛られたあのときまで彼女と喋ったことはなかったので、一目惚れとかだと思うけれど。


「でも、もしかしたら具合が悪くなったから、生徒会のメンバーを増やそうと思ったのかもしれないね。今後、何かあったときも生徒会が変わらず運営できるように」

「そうかもしれませんね」


 どうやら、俺を自分の側にいさせたいだけではなさそうだ。


「でも、あの告示はやり過ぎだった。あれから彼女には叱っておいたからね。改めて謝罪するわ。迷惑をかけてごめんなさい」

「……もう、気にしないでください」


 如月会長が、俺のことを生徒会に入れさせたい気持ちが非常に強いということは伝わってきたから。


「さてと、私はそろそろ生徒会室に戻るね。沙奈ちゃんにもこのことを報告しないといけないし」

「俺は……家に帰ろうと思います。副会長さんも無理はしないでください」

「ありがとう。そういえば、まだ連絡先を交換していなかったよね」

「そうでしたね」


 連絡先を交換すると、副会長さんはミルクティーを持って生徒会室の方に向かって歩いて行った。

 残りのブラックコーヒーを飲んで、俺は学校を後にする。図書委員会の仕事を手伝った後に副会長さんと話して時間が結構経ったからか、陽も大分傾いていた。

 夕陽の風景を見るとアリスさんのことを思い出す。今日も彼女がいるかと思って公園に行ってみるけれど、彼女の姿はない。


「にゃー」

「……お前はいたのか。よしよし」


 茶トラ猫の頭を撫でると気持ちが安らぐ。俺にとって猫は癒しの存在だ。

 アリスさんがいたら、生徒会のことでまた相談したかったけれど。ここは自分自身でしっかりと考えることにしよう。

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