8 tems tsas ers megd(真実は常に残酷である)

(だが、私ぐらいの魔術師になると、別の宇宙の、我々の世界と似たような世界を観測し、そちらに精神を転移させることも可能となる)

 そこまで聞いて、ようやくモルグズは理解した。

 ゼムナリアは別に嘘は言っていないのだろう。

 この世界に地球からやってきたのは、たぶん自分が最初だ。

 だが「この世界から地球に行ったものは、おそらくすでに何人もいる」のである。

 その発想に至らなかったのは、傲慢と言われても仕方ないかもしれない。

 そして、いま話している謎の魔術師は、現代の地球でのさまざまな知識をすでに持っているのだろう。

 しかし、この男は何者なのだ。

(長生きしている魔術師、というべきかな。まあ、通常の意味でネルサティアで誕生してから五千年は経過している)

 上には上がいるものだ。

 スファーナもリアメスも、この魔術師からすれば小娘のようなものなのだろう。

(そうかもしれない。ただ、彼女たちも私の存在は知らない。歴史にも、私の名は残っていない。私は目立つのが厭でね。ただ、いろいろな物事を知りたかった。実をいえば、自分の名前ですらもうよく思い出せないほどだ)

 魔術師というよりは、もはや仙人のようなものかもしれなかった。

(ちなみにいま私が使っている、君と神々がするように直接、意思疎通する術は、すでにいまの魔術では失われたものだよ。いや、長生きというのも違う。私は一種の、ずるをしている。肉体を次々に乗り換えるやり方でね。これだと、ゼムナリアも別に怒らない)

(生死の掟には厳密には反しておらぬのでな)

 ゼムナリアが言った。

 つまり謎の魔術師は、ひょっとすると遺伝的に同一な肉体を複製することが出来るのかもしれなかった。

 ふと、寒気を覚えた。

(ヴァルサのクローンは……)

(うん、そこだ。これは、君は知らないほうがいいかもしれないと、いまは考えている。だが、君の世界流にいえば、どうも君には知る権利がある気がする。ただ、もし知りたくないなら、知らないほうがいい)

 そんなことを聞いたら、ますます気になる。

(言っておくが、別に私は君に悪意は抱いていない。ただ、善意も抱いていない。私にとっては君はあの地球という異界からこの世界にきた、興味深い観察対象だ。ただ、もうだいぶ前から、私には人間性というか、感情のようなものが失われつつある。知識を求めすぎた代償だろう。それでも君にすべてを説明しないのは、うまくいえないが、公正ではない、という気がするんだ)

 ヴァルサについて、まだなにか秘密があるようだ。

 聞くべきではない。

 このまま、なにも知らずに死んだほうがいい。

 そうわかっているのに、訊かずにはいられなかった。

(教えてくれ。なにもかも、包み隠さず)

(そうか。君は勇気がある。だが私には君の気持ちは理解できる。愛情はもうよくわからないが、なにかを知りたいというのは、人の持つ根源的な本能かもしれない。ならば言おう。ヴァルサというのは、ある種の標本なんだ)

 一瞬、相手の言葉の意味が理解できなかった。

(サンプル、というほうがわかりやすいかな? 彼女は君と同様、半アルグだ。半アルグの女性はわりと珍しいので、遺伝子を標本として保存していた。ネスの都の遥か地下には、私の研究所がある。もともとネスの地には魔術的な歪みがあってね。特に豊穣の力が強いので、君の世界でいうクローンを生産するには都合がいいんだ。そこにはヴァルサ以外にも、さまざまな珍しい標本を保存している)

 標本。

 不思議と、怒りはわかなかった。

(遺伝情報から、魔術的なクローンを作ったわけか)

(そういうことになる。君は理解が早くて助かるよ。アーガロスにヴァルサを与えたのも私だ)

 それは、おかしい。

 ヴァルサの両親は……。

 そういうことか、と理解した。

 水魔術のなかには、人間の意識を操作するものがある。

 だとすれば「偽物の記憶を植え付けることもできるのではないか」。

 以前、考えたはずだ。

 たぶん、魔術師たちは常により強力な術の存在があるのではないかと、怯えていると。

 だから彼らは知識を秘匿しようとする。

(そういうことだ。これもいまの魔術師からは失われた技術だがね。彼女は、自分の過去の詳細については、語らなかったはずだ。彼女はとにかく、遠い村で生まれた。そして半アルグの疑いをかけられ、両親からもひどい目にあわされた。さらに魔術の才能が暴走して、人々から恐れられているところをアーガロスに拾われた。そこまでの記憶は「偽物」だよ)

 だが、この魔術師はなんのためにそんなことをしたのだろう。

(君とヴァルサの関係がどうなるか、興味があったんだ。なにしろ、半アルグの男女が出会う確率は、おそろしく低い。でも、結果には満足している。君たちは予想通り、愛し合った)

 ちょっと、待ってくれ。

 なぜ自分たちが愛し合うようになることを、この魔術師は予想できたのだろう。

 半アルグとはいえ、恋愛感情はさまざまな要素が……。

 そこで、また気づいてしまった。

 そういうからくりか。

(当たりだ。逆に私は、君を観察していて、なぜ君がそこに思い至らなかったのかが不思議だった。君は自力で自分の放つ半アルグの性フェロモンが、人間の女性に強烈に作用することを発見した。ならば当然、その逆のことも起こりうることを……)

 もはや笑う気力すらも失せた。

 ヴァルサへの愛だけは、本物だと思っていたのに。

 モルグズの目から、熱い涙が溢れ始めた。

 それはモルグズにとっての、いうなれば聖域だった。

 自分の、ヴァルサへの想いだけは。

 だが、彼女が半アルグだったならば、それすらも疑わしくなってくる。

 というより、勘違いだったのかもしれない。

 なぜ自分は彼女に惹かれたのか。

 もともと、十四歳の少女というのは、モルグズからすれば率直に言って、幼すぎたのである。

 その不自然さから、いままで目をそらしてきた。

 だが、これが現実だ。

 男性の半アルグであるモルグズは、人間の女性を虜にする強烈な性フェロモンを持っている。

 それがヴァルサの感情や行動に影響を与えた可能性には気づいていた。

 それなのに、逆の可能性に気づかなかったのは、確かに迂闊にすぎた。

 もしモルグズの性フェロモンが半アルグであるヴァルサに作用したのならば。

 「半アルグであるヴァルサの放つ性フェロモンが、半アルグであるモルグズに作用した」ことも、充分に考えられることなのだ。

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