8 vam mo:yefe magboga! duvikato eto narha dog cu?(私の可愛い怪物っ! お前は馬鹿だから誤解してるの?)

 横帆の帆に比べれば、直接、後ろから風をうけるときは速度などは劣るが、こちらのほうがさまざまな風に柔軟に対応できる。

 それからのティガスの操船技術は、それこそ魔術ならぬ魔法でも見ているかのようだった。

 さまざまな方向に吹き荒れていた風の向きがだいぶ安定し始めたのに応じ、帆を操っていく。

 その間にも、必死になってモルグズは内部に入り込んでくる雨水と海水が混じった水を、桶で外にかき出し続けていた。

 重労働ではあったが、それでもティガスに比べれば遥かにましだ。

 長年の経験というのはこういうものか、とモルグズはティガスに尊敬の念さえ抱き始めていた。

 彼はこのあたりの海のことをよく知っている。

 いや、知り抜いている、と言っても過言ではない。

 さらにはこれが、普通の嵐ではないことも理解しているようだ。


 alov wo:zale!(ウォーザに感謝するっ!)


 まるで滑るように、船が海面を高速で進んでいく。

 途中、波に乗り上げたり空に放り出されたりしたこともあったが、とんでもない速度だった。

 船体の軋む音が聞こえてきて、果たしてこのままばらばらになってしまわないかと、怖くなってきたほどだ。

 それでも、ティガスはまったく余裕を失わなかった。

 愉しんでいるようにすら見えるが、その目はどこまでも真剣だ。

 ある種の戦士と、いまのティガスは似ている。

 全身の五感を研ぎ澄まし、風向や潮の流れ、波の大きさなどをすべて感じ取っては、最適解を選びつつエルナスへと向かっているのだ。

 やがて、おそらくは魔術の光に灯された都の姿が見えてきた。

 なにしろ光源が稲光くらいしかないのでよくはわからないが、それでも建物の白い壁がときおり、真っ暗なインクでも流したような夜の闇のなかに浮かび上がる。

 elnというのは、白を意味する。

 このあたりの岩は特に白かったので、都の名として名づけられたらしい。

 嵐のときは、普通、船は一時的に港の奥に待避するものだ。

 まるで林のようにさまざまな船のマストが林立する姿が見えてきた。

 ついに、本当にエルナスが間近に迫っている。

 人口十五万人の、セルナーダでも最大の都邑である。

 そもそも、古代ネルサティア人はこの地に最初に上陸したという。

 以来、さまざまな意味で、この地の文化の中心地であり続けている。

 アクラ海に面しているため、異国からの品々を満載した船がやってくる。

 ある意味では、セルナーダの西の玄関口の一つ、ともいえる。

 とはいうものの、ここは決して天然の良港、というわけではない。

 大河の河口というのは、上流からの大量の土砂が運ばれてくるため、どうしても水深が浅くなるのだ。

 おそらくネルサティア人が最初にやってきたときよりも、海岸は西に移動しているだろう。

 定期的に大規模な土砂の浚渫作業などを行っているのかもしれないが、詳しいことはわからないし、また知る必要もない。

 とにかく、エルナスのすぐそばにまでやってきた。

 いままで死んだようにうずくまっていたエィヘゥグやティーミャが、ときおり船べりで嘔吐しながらも、エルナスの都に目をやった。

 彼らも実際にここにくるのは、初めてのはずだ。

 予想通り、あたりを巡視する船などはいなかった。

 この嵐のなかで船を出すのは、ほとんど自殺行為である。

 ただ、嵐の神の加護があれば話は別だ。

 今回ばかりは、素直にウォーザに感謝するべきかもしれない。

 幾つもの大型の船のそばを通り、ティガスの漁船が港へと接近していく。

 その間に、モルグズはまわりの船がどんなものかを観察していた。

 櫂がずらりと並んだ船が多い。

 帆の構造などから察するに、地球の大航海時代よりは前の段階のように思えた。

 もっとも、櫂が多い船は無風のときでも、人力を使って速度を出せる。

 さらに魔術や法力の存在も考えると、地球とは別の形で航海技術が進歩していることも考えられた。

 ときおり、あやうく大型の船などにぶつかりそうになりながらも、さらに港の奥へとむかっていく。

 やがて、石組みの岸壁や、そこから突き出した桟橋が見えてきた。

 このあたりはどうやら、地元の漁船が停泊するための場所らしい。

 そのときだった。

 一隻の小舟が、こちらに近づいてきたのは。

 まさか、と思った。

 嵐の中、外洋からやってきた漁船に不審の念を抱いたのだろうか。

 さすがに喉が渇いてきた。

 ようやくここまで辿り着いたと思ったのに、ここで捕まるのでは何の意味もない。

 モルグズが普通の長剣を鞘から引き抜こうとした瞬間だった。


 vam mo:yefe magboga! duvikato eto narha dog cu?(私の可愛い怪物っ! お前は馬鹿だから誤解してるの?)


 聞き覚えのある口調に、聞き覚えのある声だった。

 小舟に乗っていた相手が、長衣の頭巾を後ろに引き下ろす。

 なにかの冗談のように、ツインテールにされた黒褐色の長い髪が現れた。


 dubemote vaz cu?(私を忘れたの?)


 むろん、忘れるわけがない。


 wamfig omov del tuz dubemov fog now.(忘れたいのになぜか覚えているよ)


 だがスファーナの目は、レクゼリアとティーミャに向けられていた。

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