5 jar(夜)
レクゼリアが淫らな声をあげている。
たぶん、これは意図的なものだ。
それにしても、この体の造精機能はどうなっているのだ、とモルグズはほとんど不思議な気分になった。
もちろん半アルグだからというのもあるのだろうが、最近の性欲は少し異常だ。
俗説で、人は死が近づくと本能的に異性を求めるというものがある。
あれはひょっとすると、本当なのかもしれない。
だからいくら命の種を吐き出しても、次々に子孫を残すための努力を続ける。
それが、生物としての本能だからだ。
エィヘゥグは顔を背けていたが、やはり愉快な気分はしないだろう。
ただ、これは神からの命令なのである。
一方のティーミャは、明らかに欲情していた。
半アルグの性フェロモンは、ほとんど不気味ですらある。
これは純粋に生物学的な反応なので、個人の意志ではもうどうしようもないのだとわかっていても、周囲の女性たちが次々に、まるで色情狂のようになっていくと、一体、自分はなんなのだという気分にさせられる。
彼女たちの何人が「モルグズという個人を愛している」もしくは「愛していた」かは、まったくの未知数なのだ。
アースラとスファーナは、割り切っていたからまだましだ。
だが、レクゼリアにとってこれは肉体的には忌むべき近親相姦である。
さらにティーミャも、はっきり言ってこちらに好意を抱く理由はなに一つないのだから、やはり性フェロモンの被害者だ。
だが、ノーヴァルデアと、ヴァルサは?
ノーヴァルデアは、たぶん、本当に愛してくれているのだと思う。
いまは魔剣となっても、彼女との心のつながりを感じる。
しかし、ヴァルサは?
本当に彼女は、自分の意志でこちらのことを愛してくれていたのだろうか。
いままで幾度も悩んでは、意図的に避けていた疑問だ。
また白い美しい体を狂おしく揺さぶりながら、レクセリアが甲高い声をあげる。
そして、金色の髪と緑の瞳を持つ少女が、食い入るような目でこちらを見ている。
ヴァルサも、ああした状態ではなかったと言い切れない。
いまさら悩んでも仕方ないのに、ティーミャというヴァルサを思わせる少女がそばにいるだけで、精神的な苦痛は増していく。
リアメスを恨みたくなった。
あの老婆は、すべてを計算しているとしか思えない。
そしてもう一つの恐怖が、まだ心にわだかまっている。
エルナスに着いたら、そこで自分の意識になにか変化が起きるかもしれないのだ。
災厄の星をエルナスに落とす破目になるかもしれない。
ウボドナにいたときは、リアメスは万が一にも、こちらを敵にしたくないので、余計なことをしないのだと信じ込んでいた。
それすらもリアメスは考えに入れていたとしたら……。
駄目だ。
これは、考えているだけでは決して答えが出ない疑問だ。
怖い。
本当にヴァルサは自分を愛してくれていたのだろうか。
そして、エルナスに行ったらなにが起きるかも恐ろしい。
ナルハイン神も、イシュリナス神についてはいろいろと警告めいたものを発していたのだ。
いままでの彼の不吉な警告は、すべてあたっていた。
ただ、ナルハインも完全な存在ではない。
一時的にあの神は、モルグズたちがネスの街に血まみれ病を放つのを失敗したと思っていたのだ。
全知全能の神は、この地には存在しない。
神々ですら、誤つことはある。
古い鎧戸の隙間から、稲光が室内に入り込み、しばし遅れて雷鳴が轟いた。
ウォーザの僧侶の言う通り、嵐はやってきた。
この嵐は、ウォーザの意志によって起こされたものだ。
当然、空は雲に覆われており、月も隠れている。
この村で一番の操船技術を持つ漁師がエルナスまで運んでくれる手はずにはなっているが、いまの海はかなり荒れ狂っているはずだ。
やがてレクゼリアと一緒に昇りつめたが、満足感はなかった。
今、面倒なのは今度はウォーザとリアメスの利益が対立を始めていることだ。
ウォーザとしては、ティーミャが余計なはずだ。
さらにかの神は、そろそろ苛立っているのではないだろうか。
まだ、レグゼリアが子供を孕んでいないからである。
汗だくになりながら、モルグズはまた疲労を覚えていた。
エルナスに無事、たどり着くためにはウォーザを納得させねばならない。
そのためにはレグゼリアに妊娠してもらうのが一番なのだが、現実はそう都合よくはいかないようだ。
たぶん、この世界には子供が妊娠しやすい法力の類はあるのではないか、という気がしている。
大地母神であるアシャルティアあたりは、そうした力を尼僧に授けていてもおかしくはない。
ソラリスも生命の神なのだから、同様である。
ただアシャルティアはともかく、ソラリスとウォーザは激しく対立している。
そしてアシャルティアの尼僧がなんの行動も起こしていないということは、女神も今回の一件に関わるつもりはない、ということだ。
当然かもしれない。
モルグズの本質は、殺人者であり、災厄しかまねかない。
イオマンテのときは結果的にセルナーダの地を守ったが、あれも一歩、間違えていれば大変なことになったはずだ。
またティーミャの視線を感じる。
死は確実に近づいているが、その前に女性が怖くなりそうだ。
ふいに、また頭痛に襲われた。
まさか、リューンヴァスが現れようとしているのだろうか。
すでに、レクゼリアの心は、彼から離れている。
もともとが、彼女はこの肉体の性フェロモンに惹かれしまったのだから当然ではある。
さらにいえば、今のリューンヴァスは見境なく人を殺す狂戦士のようなものだ。
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