12 lektheria.silbuto sup yiomantesa.(レクゼリア。お前はイオマンテに帰るべきだ)

 これからイシュリナス寺院、そしてイシュリナス神に挑もうとしているのに自分はなにをやっているのだ、と自嘲したくなる。

 昨夜はレクゼリアとの子作りに溺れ、油断したところをティーミャに操られそうになり、挙げ句、リューンヴァスに体を奪い返されてこの体たらくだ。

 エルナスまであと三日。

 しかし、果たしてたどり着けるのだろうか。

 もしたどり着けたとしても、どこまで暴れられるのか。

 エルナスの市街図はリアメスに提供されており、幾度も頭のなかでイシュリナス寺院の位置を確認はしている。

 さらに細かな警備状況なども与えられてはいるが、これをどこまで活かせるのだろう。

 リアメスはやはり、むしろティーミャを使い、エルナスに「災厄の星」を落とすことを一番に狙っていたとしか思えない。

 地図を覚えさせたのはただ、それに失敗したときの備え、ということなのだろう。

 本当に食えない婆さんだ。

 だが、それでも基本的な利害は一致している。

 とにかく、エルナスに向かうしかない。

 ノーヴァルデアの刀身についた血をぬぐい、再び布で巻いて背負った。

 そういえば、かつてアスヴィンの森で、まだ生身だった彼女を背負ったことがあったことを、懐かしく思い出す。

 いままで無理矢理、リューンヴァスに使われていたせいか、彼女はほっとしているようにも思えた。

 これからは街道をまっすぐ、行くのは危険となるだろう。

 ならばまた、農村をつっきってエルナスに向かうべきなのだろうか。

 はっきり言って、もうティーミャはまったく信用できない。

 それでも、彼女がイシュリナス寺院の敵であることは共通している。

 ウォーザの望みに反して、どうも自分とレクゼリアの間では、子供はまだ出来ていないようだ。

 ただ、そろそろ潮時という気はする。


 lektheria.silbuto sup yiomantesa.(レクゼリア。お前はイオマンテに帰るべきだ)


 ne+do.(いやだ)


 そういう状況じゃないだろう、と言いたいところだったが、彼女は真顔だった。

 子種を得て神の目的のために子供を生むのが彼女の目的だったとはいえ、これから先は危険すぎる。


 morguthu.duvikato vothu.(モルグず、お前は俺たちを誤解している)


 なにが誤解だ、と言いたかった。

 お前たちはウォーザの僧侶であり、信者だったはずなのに。


 uwowtha lokyith yu:jetho.(ウォゥざは自由を好む)


 ここまでやらせておいてなにが自由だ、と言おうとした。

 それでも、理解してしまった。

 善悪はともかくウォーザというのは、たぶんそういう神なのだ。

 そして尼僧や信者も、神の命令に従いながらも、いざというときは自分の自由な意志を選ぶのだ、と。

 ウォーザは、そういった意味ではいままでの身勝手なイメージとはまた違う神のかもしれない。

 なにしろ、信徒も身勝手なのだから。

 つい、笑い声が漏れた。


 yolsiva tel.(私はあなたに従います)


 怖いほどに真顔でティーミャが言った。

 雨降って地固まる、というのともまた違うだろう。

 奇妙な運命のもとに、最後の最後でこの四人が残った。

 いや、ノーヴァルデアを入れれば五人だ。

 さらにモルグズのなかにいるリューンヴァスを入れて六人かもしれない。

 いずれにせよ、これから先が思いやられるどころの話ではない。

 ただ、モルグズは確実に自分が避けがたい死に近づいているのを感じていた。

 死の苦痛は、誰よりも知っている。

 たぶんそれはこの世界でも変わらないだろう。

 だからこそ、死ぬことが怖い。

 いままでさんざん、人を殺してきたのだから傍からみれば笑うしか無かった。

 とにかく、これからのことを考えなければならない。

 自分の頬を両掌で叩いた。

 イシュリナス寺院を叩くには、どうすればいいのか。

 リアメスはエルナスの都ごと、滅ぼすことを考えている。

 だがそれは、やはり違う。

 ただここにきてさえ、では具体的にどうすればいいか、考えている自分はなんなのだろう。

 結局、そのあたりの迷路に迷いつつ、効果的な方法もわからずイシュリナス寺院につっこむもうと考えている自分にもうんざりする。

 ただ、これもまたリアメスの考えの内なのだろう。

 とにかく、イシュリナス寺院に、イシュリナス神にだけは、一矢報いたい。

 ヴァルサもそれを望んでいるはずだ。

 だが、その効果的な方法がわからない。

 ましてや、いまは自分の、もとい、自分の借りていた体の本体の持ち主が目覚めかけているが、そいつはもう狂っている。

(やれやれ、大変だね)

 その声ならざる声の正体を、モルグスは知っていた。

 今頃、出てくるのか。

(今頃ってのはわりと失礼じゃないから。いままで何度も君を助けてきたんだけどね)

(無駄話はしたくない)

 モルグズは心のなかで叫んだ。

(俺はどうすればいいんだ?)

(それは君がなにを望むかによるけど……イシュリナス神を滅ぼしたいのなら、やめておいたほうが賢明だよ)

 ナルハインは愚かな神と見なされているが、ある意味では他の神々より遥かに鋭い。

(イシュリナスは正義の神だ。君にとってはそれでいいと思うよ。もし、その先にまでいくんなら僕は止めない。君が欲するならエルナスまでの道案内をしてもいい。ただし『そのあとのこと』については、君は自分で現実を受け止める必要があるけど、その覚悟は出来ているのかな?)

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