10 sitito ci magzuma so:rozo elnasusa colnxe cu?(ここで災厄の星をエルナスに落とせる?)
vo korazov zev elnasusa.(私たちはエルナスへ旅をしなければならない)
なんだか緊張しているのか、声が若干、上ずっているように思える。
debemoto takete vacho cu? takete mxujeto isxurinas zersefzo.(私と約束したのを忘れたの? あなたはイシュリナス寺院を滅ぼすと約束したのよ)
そういえば、イシュリナス寺院を徹底的に叩きのめすつもりだった。
vomova madu:r ma+duzo.farsa:r(服を着てよ。急げっ)
まだ裸のままだ。
「ヴァルサ」が突き出して着た衣服をあわてて身につける。
まるで夢のなかにでもいるような、おかしな気分だった。
この違和感はなんなのだろう。
よくわからないが、今はヴァルサの言う通りにしたほうがいい。
頭のなかが混乱している。
魔術でも、かけられているようだ。
とはいえ、ヴァルサは火炎魔術師なのだから、水魔術のように精神をいじる術は、使えないはずなのである。
だから、別にヴァルサに騙されている、というわけではないのだろう。
なぜか寝台には、裸の女が横たわっていた。
彼女はぐっすりと寝入っている。
結構、美人だなと考えていると、今度は頬をつねられた。
morguz ers vinlin.(モルグズはいやらしい)
いや、男の本能ってのもがあってだな、と説明しようとしたが、ひどく長大な、布に巻かれたなにを渡された。
いつものように「それ」を背中に背負い、紐で固定する。
激しく中身が震えていた。
なにを怒っているんだ。
別に、お前が怒ることは……。
おかしい。
それはわかっているのが、なにがおかしいのかわからないのだ。
まるで意識や記憶の隅々に、穴でも空いたかのようだ。
「ヴァルサ」に手をひかれるようにして階段を降りた。
宿から出ると、外はすでに明るくなり始めている。
まよわず、ヴァルサは南へと向かっていった。
ちょうど、城門を開けた衛視たちがこちらを見ている。
別に誰何をしてくる様子もなかった。
たぶん、南から来る避難民だけを警戒しているのだろう。
彼らは……。
まだ、記憶が途絶えた。
さすがに違和感がさらに強まり始めている。
だが、相手はヴァルサなのだ。
彼女が自分を裏切るはずがない。
街道を歩きながら、ヴァルサが言った。
sitito ci magzuma so:rozo elnasusa colnxe cu?(ここで災厄の星をエルナスに落とせる?)
さすがにどうだろうか。
エルナスまでは、ここから六十イレム(約九十キロ)は離れているはずだ。
yem elnas ers yerce to:g.(まだエルナスは遠すぎる)
なぜかヴァルサからは、焦りのようなものが感じられた。
その原因がよくわからない。
なぜ、自分はこんなところにいるのだろう。
varsa...ers ju:m cu?(ヴァルサ……これは夢か?)
ers ned.(いいえ)
そのまま彼女と一緒に歩き始めた。
しだいに朝の光が東の空から射し込んできた。
大きなあくびが漏れる。
昨夜は、いつごろ眠ったのかさえ覚えていない。
あのアーガロスの塔で……。
違う。
ふいに、心臓が激しく鼓動を始めた。
やはりこれは、いろいろとおかしなことが多すぎるのだ。
まるで警告を発するかのように、背中でノーヴァルデアが震え続けている。
ふいに、目が醒めた。
いや、いままでも半ば意識はあったのだが、それは不完全なものだったのである。
ここは、どこで、俺は何をしているのだ、と自問する。
深く深呼吸をした。
ようやく「現実」が理解できた。
己のあまりの迂闊さと愚かしさに、吐き気すら覚える。
いま、傍らにいる少女は当たり前の話だが「ヴァルサではない」のだ。
もちろん、ヴァルサの魔術的なクローンでもない。
彼女は単に、容姿が似ているだけの、リアメスの弟子の女魔術師、ティーミャなのである。
馬車で護送されていたとき、幾度も薬物を呑まされていたではないか。
感情が鈍麻するものだ。
そしてティーミャは水魔術師なのだから、ある程度までは「人の心を操ることができる」のである。
改めて、水魔術師の恐ろしさに戦慄した。
ティーミャは、夕食の際に、毒が盛られていないか調べていた。
たぶん、あのときは本当に毒は入っていなかったのだろう。
それでも、ティーミャにはいくらでもこちらに毒を盛る機会があったのだ。
最悪の場合、あの呪文をかけたあとに薬を食べ物に混ぜたのかもしれないし、そもそもあの申告が「嘘だった」ということもありうる。
魔術をかけた本人にしか、毒が存在しているかどうか、わからないのだから。
そしてレクゼリアとの行為に没頭している最中に、また別の呪文をティーミャは、使ったのだろう。
モルグズに、自らを本物のヴァルサと思い込ませる術だ。
なにしろ彼女は、リアメスに選ばれて仲間に選ばれたのである。
リアメスならこのぐらいの芸当は平然とやってのけるだろう。
やはり最初から、彼女はこちらをはめるつもりだったのだ。
あの老婆は人間というものをよく知っている。
モルグズも警戒はしていたつもりなのだが、むしろその意識は「ヴァルサに似たティーミャがそばにいることで自分の情緒が不安定にならないか」ということに向けられていた。
その存在そのものが無意識のうちに、モルグズの心に印象づけられていたのである。
そしてティーミャは緊張している様子で、不安になった。
あれはたぶん、演技ではない。
むろんそのことも、リアメスは計算しているだろう。
さらにいえば結果的にレクゼリアが不機嫌になる可能性もあることを。
つまり、いままでモルグズはリアメスの目論見通り、自分の内部というよりは、一行の対人関係に気を配っていたのだ。
危ないところだった。
やはりあの老婆は、一筋縄ではいかない。
いくらなんでも、エルナスに災厄の星を落とすのは危険すぎる。
それはイシュリナシア王国の崩壊を招くだけではなく、三国間の軍事的均衡をも破壊しかねないのだ。
もしそうなっていれば、やはり三国間での血みどろの大戦争が勃発していたかもしれないのだ。
リアメスの恐ろしいところは「それをわかっていてもイシュリナシアを滅ぼそうとしていた」ということだ。
怨念、妄執、そうしたものがあの老婆を突き動かしている。
さらに哀れなのは「リアメスほどの者になれば自分がまた神々の道具にされていることを理解している」点だ。
どうしようもなく救いのない現実だった。
眼の前では、ティーミャが怯えている。
彼女は、ヴァルサのふりをした。
それがなにを意味するか、薄々、気づいているのだろう。
モルグズにとってもっとも神聖なものを、彼女は踏みにじったのだ。
かつてのモルグズなら、間違いなくティーミャをなぶり殺しにしていた。
しかし、いまはもうそんな気にもなれない。
彼女もまた、自分のつとめを果たそうとしていただけだ。
そう考えた瞬間、いきなり激しい頭痛に襲われた。
明らかに今までと質の違う、脳天が張り裂けそうな激痛に目の前で火花が散った気がした。
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