2 vo nadum woniv cu?(私たちはどうすればいいのかね?)

 水魔術師は一見、地味だが、実は魔術の根幹となる魔術宇宙からの探知を阻害したり、相手の術を無効化したりする点で、極めて有用なのだと学んでいる。

 さらにいえば相手の心を読んだり、精神支配したりもある程度なら出来るようなのだ。

 闇魔術師の次に水魔術師が一般民衆に恐れられている理由が、なんとなくわかってきた。

 もしウボドの僧侶がいればさらに心強いのだが、厄介なことにイシュリナスの僧侶は、ウボドの僧侶を検知する法力を持っているらしい。

 ただ、逆にウボドの僧侶もイシュリナスの僧侶かどうかわかる法力を持っている時点で、いろいろと両者の対立具合がわかる。

 そしてリアメスやウーダスと何度も対談しても、やはり最も有効的なイシュリナス教団を弱体化させる方策は、結論が出ない。

 いきなりエルナスに行ってイシュリナス教団にいわば殴り込みをかけるという手は、有効なような気もする。

 しかし問題は、イシュリナス教団もそれを警戒していないはずがない、ということだ。

 特に今の時期は、イシュリナシア側もモルグズたちの襲撃を警戒している可能性が高い。

 さらにいえば、エルナスを守っている結界もかなり強力なものであり、空間歪曲ではいきなり都のなかには入れないのだという。

 こういうとき、レーミスがいれば、と思ってしまう。

 まだ十三歳だったのに。

 だが、彼はもう死んだ。

 自分が殺したようなものではあるが、そこで罪悪感を抱くのも不毛な気がするし、多分、レーミスも喜ばない。

 今更、そんなことを考えても仕方ないのだ。

 最近では、それとは別の意味でヴォーミャに悪いことをしたと思っている。

 彼女をさんざん利用した。

 その結果、彼女はヴァルサのクローンの増産に励んだのだろう。

 こればかりはいつものように自業自得だ。

 しかし、どうすれば最も効果的にイシュリナス寺院を叩ける?

 答えはいまだに見つからない。

 いままで長年、そのことについて考えてきたリアメスですらわからないのだから、当然かもしれない。

 そんなある日、リアメスに招かれた。

 彼女はすでに、酔っているようだ。


 vo nadum woniv cu?(私たちはどうすればいいのかね?)


 それはこちらが聞きたいところだ、と率直に思った。

 気づくとリアメスに親近感を抱いている自分がいる。

 彼女は陶製の瓶に入れられた葡萄酒をこちらの盃に注いでくれた。

 酒と食事は、どうやらリアメスにとっては非常に重要なもののようだ。

 確かに、酒の肴としては絶品といえる料理が卓の上に並べられていた。

 グルディア特産の食用馬にじっくりとショスを塗り、炙ったもの。

 赤いチーズは地球のブルーチーズのような、独特の風味があるが、ぴりっと刺激的なのでさらに酒が進みそうだ。

 さらにはこの地では貴重な、食用のアマリス牛の焼き肉もある。

 イオマンテからの鯨肉に、この地では病を媒介するというのであまり食用にされない羊肉。

 さらには大きな、蛙の腿肉までもがあった。

 すべて、ショスと呼ばれる発酵調味料や、北方からの香辛料がいろいろと使われている。

 どうもリアメスの話を聞いていると、アクラ海というのは地球の地中海のような感じの海らしい。

 ただ重要なのは、それが東西ではなく「南北」に大陸のなかに食い込んでいることだ。

 東西の交流というのは、緯度が近いため、似たような気候で育つ作物などが流通しやすい。

 地球のユーラシア大陸はこの典型だろう。

 逆に言えば、その緯度から外れたものは、互いに行き交いづらいということでもあるのだが。

 その点、一つの大陸の南北に入り込む海があれば「別の緯度、つまりは気候を持つ土地に特有のさまざまな産物が活発に交易される」ことになる。

 たとえば寒帯と熱帯の人々なども、穏やかな海を使えば行き来しやすくなるので、特産品も互いに容易に求められるのだ。

 セルナーダで比較的、香辛料が安価なのは、それが原因としか思えなかった。

 大航海時代のような高度な航海の技術がなくとも、内海に近い地中海のような穏やかな海で、文物が行き来できるからだ。

 ただ、いま胡椒らしきものをたっぷりとかけたアマリス牛の焼き肉にかじりついているリアメスに、それを説明する気にもなれなかったが。


 tom ti+juce judnikma sxu:lu era mig yurfe.(お前の異世界の知識はとても興味深い)


 これだから、リアメスは侮れない。


 gow ers vus cedc.(だがそれは毒のようなものだ)


 リアメスはアマリス牛の焼き肉を噛みながら言った。


 wam nafato cu?(なぜあんたはそう思う?)


 モルグスの問いに、リアメスは明快に答えた。

 

 ers jabce to:g.ti+juce yudnik era ti+juce yudnik.nesfa:dis vekes ned jodzo.(危険すぎる。別の世界は別の世界なのだ。それをネスファーディスは理解しておらん)


 リアメスがモルグスのもといた世界について訊かなかった理由がよくわかった。

 やはり彼女は賢明だ。

 別の世界の技術や考えが、この世界にとっては害になりうることもきちんと理解している。

 たとえば、階級差のない民主主義政体の概念は、いまのこの世界に伝えてしまえばどうなるだろう。

 答えは、とてつもない混乱をもたらす、だ。

 階級差社会が正しいかどうか、とはまたそれは別の問題なのである。

 いきなり、現代の先進国の論理を押し付ければ、たぶんこの社会は大混乱に陥る。

 リアメスはこちらの話を訊かなくても、恐ろしいことにそこまで理解しているのだ。

 これもやはり、経験の違い、なのだろうか。


 rxa:fe reysi fovs bazce metsgigzo.ers ned za:ce.gow...(若い者たちは珍しい物事を求める。それは悪い事ではない。だが……)


 リアメスが、ふいに暗い表情を浮かべた。


 sxuls ned jod ers jabs.(彼らはその危うさを知らない)


 その通り、なのだろう。

 だから、リアメスはこちらの過去について、あえて問いたださないのだ。

 百年を超えて生きている老婆の叡智、としか言いようがない。

 ただ、スファーナのように三百年、生きていても出鱈目な存在もいるのだが。

 やはり、このリアメスという老婆は嫌いになれない。

 すべてを計算しているとすれば、それはそれで凄まじいとすら思う。

 ただ、そんな彼女ですら、イシュリナスの正体もよくわからず、効果的にイシュリナス教団を叩く方法を思いつかないでいる。

 たぶん百年にわたりそれを考え続け、実行し、そしておそらく失敗したとしたら、笑えなかった。

 それほどにイシュリナス教団は手強い、ということを意味するのだから。

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