9 aln reysi zemgo.(みんな死んでいたんだ)

 無。

 いや、自分がいるから無ではない。

 しかし、この世界での死は楽だった。

 前の世界のときとは死因が違う、ということだろうか。

 あっさり薄味だな。

(ようこそ、二度目の死の味はどうじゃ?)

 死の女神が頭巾の奥で微笑んでいる。

(あっさりすぎる。あっけなさすぎる)

(死はそういうもの……と言いたいところだが、生憎、汝はまだ死んでない)

(ちょっと待て)

 このままでいい、と言いたくなったが、それはつまり死を肯定しているということだろうか。

 もし死がこんなに楽なものならば……。

(ならば自ら、命を断てばよい。だが、今回は汝は死にそこねたな。半アルグの生命力、呪うか、感謝するか、汝の好きにせよ……)


 どこかの農家らしい天井が見えた。

 梁がむきだしになっている。

 体が重いが、生きている。

 死ななかったのか。

 死ねなかったのか。

 生きるということは、結局、苦しみの連続なのだろうか。

 ノーヴァルデアの言葉を思い出す。

 だが、ヴァルサは違うと教えてくれたのに。

 しかし、体がやたらと重いのは、誰かがかぶさっているから、ではないか。

 そう思い、少し体を動かす。

 目を赤く腫らしたツインテールの少女が、こちらを見ていた。


 narha!


 なぜかいきなり、平手打ちをくらった。

 

 wam solto del!(なんで生きてんのよっ!)


 今度は拳で殴られた。


 mato:r! vomov mato:r!(やめろ、やめてくれっ!)


 往復ビンタをくらったので、さすがに悲鳴をあげると、レーミスとレクゼリアが部屋に入ってきた。

 二人とも、こちらを見て泣き出した。

 レーミスはともかく、レクゼリアは「この肉体」が生きていたことのほうが大事、なのかもしれないが。


 morguzma so:loma tiga era go+zun!(モルグズの命の力はすごいっ)


 半アルグの生命力に助けられた、ということかもしれない。

 あとは、スファーナが傷口から毒を吸い出してくれたのも、意外と効果があったのかもしれなかった。


 eto vim mo:yefe magboga! zacdotum zemno:r ned!(お前は私の可愛い怪物よっ! 勝手に死ぬなっ!)


 黙れヤンデレ、と叫びたくなった。

 それでも、なぜか嬉しい。

 なぜだろう。

 こちらが生きていることを、喜んでくれたから、かもしれない。

 やはり生きるのは苦痛だけではない、ということだ。

 もちろん、苦痛のほうが遥かに多いことは知っているが。

 それからレーミスに自分が意識を失ってからの話を聞いた。

 結果的に、死の呪文で敵は全滅したらしい。

 モルグズの体は魔術師たちが潜伏していた村に運び込まれ、そこで手当された、ということだ。

 もっとも、手当といっても実際には水を湿らせた布で吸わせたりした程度で、ほぼなにも出来なかったらしいが。

 つまり、毒消しの法力は存在するかもしれないが、スファーナもレクゼリアも使えなかった、ということである。

 それで丸二日すぎて、ようやくさきほど、意識を取り戻した、ということだ。

 ならばすでに村人たちにはこちらの存在が知られていることになる。

 やはり礼の一つも言うべきだろうと告げると、レーミスが小さな声でつぶやいた。


 aln reysi zemgo.(みんな死んでいたんだ)


 それだけで、事情は理解できた。

 あまりにも苦い笑みが漏れる。

 つまり、あの死の呪文にこの村の住民たちも巻き込まれた、ということだろう。

 もう自分という存在そのものが災厄だ。

 罪の意識すら起きない。

 はずなのに、不快だ。

 しかし二日の間、自分が人事不省になっていたのに、イオマンテの魔術師はなにをやっていたのだろう、と疑問に思った。

 違和感を覚える。

 あるいは暗殺用の魔術師たちからの連絡を待っているのだろうか。

 それでもやはり、おかしい気はする。

 いずれにせよイオマンテの魔術師たちは空間歪曲により、懐に飛び込むという手段で攻撃をしかけてきた。

 今回は運良くなんとか死なずにはすんだが、この戦術の有効性を向こうも認識したはずだ。

 もし次に襲撃があるとすれば、さらに巧妙な手段を用いてくるかもしれない。

 果たして、イオマンテでも自分の殺害を直接、担当しているのは「どこ」なのだろう。

 魔術師官僚制国家なのだから、好き勝手にみなが動いているわけではないはずだ。

 ふと思った。

 捕虜にした闇魔術師は、決してすべての魔術師がノーヴァナスの味方ではなく、むしろ闇魔術師でも彼を本当は嫌っているものが多いのだと言っていた。

 いままで、自分は神々の駒として扱われてきた。

 それと同じことを、魔術師たちが考えないといえるだろうか。

 ノーヴァナスは「部外者によって暗殺される」ほうがイオマンテの魔術師たちにとっても、実は理想的なはずである。

 前回、襲ってきたのはノーヴァナスに親しい派閥の魔術師、もしくはその命令をうけた者たちではないのか。

 だとすれば、その「反対側の派閥」が「こちらの安全を守っている」ことも考えられる。

 モルグズはすでに死と破壊の王であり、「災厄をもたらす」ものであると、少なくともイオマンテの魔術師たちは認識しているはずだ。

 つまりイオマンテの魔術師たちのなかには、モルグズを利用しようとしている者もいるかもしれない。

 そうした一派が、ノーヴァナス派と暗闘を繰り広げていることは、可能性としては充分に考えられる。

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