3 ers mxuln.zersefma yuridresma sa:ni ers pa:jafe to:g.(おかしい。寺院の魔術師の反応が速すぎる)

 魔術エレベータとでも言うしかないものに乗った。

 上を見上げると、どこまでも空間が続いているように見える。


 le:mis.ongov.(レーミス。頼む)


 ya:ya:.(はーい)


 ふいに鉄の板が上に向かって滑らかな上昇を始めた。

 目の前の虚空に数字が表示されているのは、階数だろう。

 まるでたちの悪い冗談のように地球のエレベータに似ているが、魔術と科学技術、その基礎技術は異質であっても、人間に便利なように同じ機能のものを作るとこういうことになるのかもしれない。

 いわば技術と魔術の平行進化だ。

 どんどんモルグズたちの乗るこの魔術エレベータは上昇を続けているが、他のものはまったく動かないはずだ。

 レーミスがいま、実質的にこのユリディン寺院を支配している。

 地球風にいえばコンピュータ・ネットワークの権限をすべて奪っているようなものだ。

 とはいえ、メディルナのユリディン寺院はいわばセルナーダの魔術師たちの総本山である。

 すでに彼らも異変に気づき、動き出しているはずだ。


 ers za:ce.(よくないな)


 レーミスの声が意識のなかに鳴り響いた。


 zersefma yuridres ers ned foy aln narha.(寺院の魔術師はみんなが馬鹿じゃないみたいだ)


 narhaという単語を聞いて、自分が重要なことを失念していたことに気づいた。

 narhain zeros、つまりは「ナルハイン神」の存在だ。

 かつてゼーミャから寝物語で聞かされていたのに、すっかり忘れていた。

 かの神が最近、ユリディン寺院の出没しているのが、自分たちの行動と無縁とは考えづらい。

 道化の神ではあるが、あるいはだからこそ恐るべき神だ。

 行動が読めない。

 だが、今回はさすがに敵にまわるのではないか、という気がしていた。


 ers mxuln.zersefma yuridresma sa:ni ers pa:jafe to:g.(おかしい。寺院の魔術師の反応が速すぎる)


 あるいはレーミスが寺院の魔術師たちを侮りすぎていたのか。

 それもありうるが、モルグズはすでに別の可能性を考えていた。

 ナルハインだ。

 あの神が、魔術師たちに気づかれぬよう、裏で協力していることはありうる。

 相手はいままでゼムナリア女神をして「幾度、煮え湯を呑まされたか」と言わしめる神なのだ。

 気まぐれな神ではあり、敵にも味方にもなりうるが今回は完全に敵に回っている。

 だが、心のどこかでナルハインの「成功」を祈っている自分がいることに気づいた。

 もし魔剣を手に入れられなければ、災厄は訪れない。

 「災厄をもたらす」ことは不可能になる。

 そこまで考え、笑った。

 駄目だ。

 ノーヴァルデアを守る。

 そして、セルナーダの地の人々には災厄をもたらす。

 自分はそのためにこの地にきた。

 ヴァルサを殺した人々になにを遠慮することがある。

 ラクレィスを、アースラを殺した奴らに復讐して何が悪い。

 理屈では無茶なことを言っているとわかるが、もう理屈ではないのだ。

 スファーナの言うとおり、もともと自分は善人ではないし、地球では冷酷な殺人鬼だったのである。

 やがて、十七階にたどり着いた。

 数字の表記は、ネルサティア語とセルナーダ語でも同じらしい。

 ただ、厄介なのはユリディン寺院のなかで使われてる文字はすべて「ネルサティア語で書かれている」という点だった。

 魔術師はみな、まずネルサティア語を覚え、ネルサティア語で魔術の使い方を習うのだからこれは当然だろう。

 鉄の板から、建物のほうへと足を踏み入れると、さっそく空間そのものに幻術でなにか文字が書かれていた。


 demis ku+sin yuridresma fa:yuzo.(一般の魔術師の進入を禁止する)


 スファーナがセルナーダ語で言った。


 dakato ci cu?(読めるのか?)


 ツインテールの少女が得意げにうなずいた。

 さすが三百歳、と言おうとしたがいまは呑気にそんなことをしている状況ではない。

 問題はこれからだ。

 果たして魔術的防御機能が、どの程度、まだ生きているかが問題なのだ。

 それから幾つもの、複雑な魔術印が無数に刻印された金属製の扉の前を進んでいった。

 レーミスの言葉によれば、すでに防御機能が回復を始めているという。

 つまりのろのろしていると、肝心のモルギマグズを手に入れる前に、さまざまな魔術の罠に殺される可能性があるのだ。

 すでにモルギマグズが封印されているはずの部屋の所在は、しっかりと頭に叩き込んである。

 だが、扉を開けようとした瞬間に、どんな魔術の罠で攻撃されるか見当もつかない。

 いまはレーミスがうまくやってくれていることを祈るしかない。

 だが、どの神に祈ればいいのだ、と思っているうちに、一つの扉にたどり着いた。

 明らかに、いままでのものとは違うのが一目でわかる。

 おびただしい魔術印による刻印の他にも、やはり魔力を封じた無数の呪符のようなものがその扉には貼り付けられていた。


 cod ers se+pit.(この部屋だ)


 なんともいえぬ、ひどく厭な気分がしてくる。

 そのとき、声のようなものが部屋の奥から聞こえた。

 まるで、自分を呼んでいるかのようだ。

 しかし、スファーナは扉と部屋の放つ禍々しい瘴気にあてられたかのように、体をすくめたままだ。


 sekito ci ca:rizo.(お前には声が聞こえたか?)

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