5 dog negyav viz.(だから俺を妨げるな)

 朝帰りをするのは、実のところとても怖かった。

 笑い事ではなく、ノーヴァルデアとスファーナが、互いに殺し合いをしていることもありえたからだ。

 だから宿の部屋にたどり着いた時、最初に目にしたのがスファーナの黒褐色の髪をツインテールにした姿だったのにはさすがに絶句した。


 wob ers cu?(なんなんだ?)


 するとスファーナがまくしたてた。


 t,t,tavava me:fe casma:ma tedodzo!(わ、わ、私は新しい髪型を試したのよっ!)


 それは事実ではあるのだろう。

 だが、なぜか、という理由が欠けている。

 答えは、この自分に好かれるためだ。

 半アルグのフェロモンに惹かれているから。

 改めて現実と直面すると、むしろスファーナが気の毒に思えてくる。

 一方、ノーヴァルデアはじっとこちらを見つめていた。


 va savugav del tuz.(私はお前を待ち続けていた)


 それが真実だとわかるだけに、辛い。

 ノーヴァルデアにとって、昨夜は恐ろしく長い一晩だったのかもしれない。

 ここのところ、いつも彼女と一緒にいたのだから。

 だが、ここでノーヴァルデアに「愛している」と言っていいのだろうか。

 理由があるとはいえ、昨夜はゼーミャというユリディン寺院の魔術師と一夜をともにしたのだ。

 また彼女と会う約束もしてある。

 さらにいえば、心のどこかで「ヴァルサを復活させられるかもしれない」と考えている。

 一体、自分はどれだけ相手を裏切っているのだろう。

 もしこれで女に囲まれて羨ましい、と考えるものがいるならば、そいつはたぶん、恋愛のなんたるかを理解していない。

 どうも半アルグの性フェロモンの効果は確かにあるようだ。

 しかし、それで女をひっかけて行為に及んでも、その先にはなにもない。

 地球にいた頃には信じられない発想だが、この世界にきてようやく愛を知ったモルグズには、そうした考えが愛情への冒涜にも思えるが、実はそれもただの傲慢、あるいは勘違いなのだろうか。


 sxiv erv sxu:pin teg.(俺は眠いので寝る)


 それから数刻、寝たようだがなにかの悪夢で悲鳴をあげて目を醒ました。

 ノーヴァルデアも、ほぼ同時に目覚めたようだ。

 一方のスファーナは、それなりに半アルグの性フェロモンに耐えようとしているらしく、同じ寝台には入ってこなかった。

 ただ、ツインテールにしているのは、どうかとも思うのだが。

 まるでひどく悪趣味な、かつての現代日本におけるフィクションの戯画のようだ。

 モルグズはいわゆるオタク的趣味についてあまり興味はなかったが、それでも日本のサブカルチャーを侮辱するような悪趣味なパロディに思えて嫌だった。

 それが自分が引き起こした事態だと思うと、ますます腹が立つ。

 とりあえず、内通者であるゼーミャを見つけられたのは幸先がいいと思いたいが、しだいに彼女もどこまで信用できるのか不安になってきた。

 ゼムナリア女神の言っていたことは決して間違ってはおらず、自分は猜疑心が強すぎる。

 実はゼーミャがユリディン寺院の仕掛けた罠で、彼女が「ユリディンの牙」の人間ということもありうるのだ。

 なにを信じればいいのか、わからない。

 今に始まったことではないのだが、このセルナーダの地では、現代日本人の観点からみればそうしたことがあまりにも多すぎる。

 ツインテールにわざわざしたスファーナにさえ、いろいろと混乱している。

 たまらずモルグズは言った。


 sufa:na,kotso:r tom casma:zo,ayoyigiv tuz.(スファーナ、お前のその髪型を変えろ。俺はお前をからかったんだ)


 覚悟はしていたとはいえ、渾身の力をこめてスファーナに殴られたが、彼女は目の端に涙を浮かべていた。

 やはり、いまの俺もおかしい、とモルグズは再認識した。

 それでも最優先すべきはなにかと考えれば、やはり、たぶん、ノーヴァルデアなのだろう。

 それがゼムナリア女神の仕掛けた罠だとは理解していても。

 ただ、彼女に愛されるほど、いろいろときつくなってくる。

 どこまでが神々の意志かさえわからくなってくるが、いまは最善を尽くすしかない。

 つまりユリディン寺院から魔剣であるmolgimagz、「モルギマグズ」を奪取する。

 ただ、それを考えるとまたゼーミャとの関係が重要になってくるのだ。


 yujuv zev tel.(お前たちに言わねばならない)


 いきなり真顔になったモルグズに、ノーヴァルデアも、スファーナもやはり真剣な表情を浮かべた。


 yav tel tsem woniv zev wognozo.(俺はお前たちのためにしなければならないことがある)


 嘘ではなかった。

 だが、すべてを説明すると、彼女たちを巻き込むとこもありうる。

 ただ、すでにノーヴァルデアは事情を知っているかもしれない。


 dog negyav viz,(だから俺を妨げるな)


 こうしたときに、改めてセルナーダ語の言い回しがわからないのが、きつい。

 それなりに語彙は覚えたつもりでも、やはりいちばん、困るのは表現方法なのだ。

 いまの言い方も、決して正しいとはいえないかもしれない。

 母語の日本語をもとに類推し、セルナーダ語で似たような意味を持つ言葉をあてはめただけなのだから。


 vekeva.(わかった)


 スファーナの声は震えていた。

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