10 v,vomova bora:r! eto vinlin!(は、離しなさいよ! お前はいやらしいわねっ!)
腹立たしい話だが、これも運命として甘受せざるを得ないのかもしれなかった。
ノーヴァルデアを、実質的な人質にとられているのだから。
ただゼムナリアは、もしモルグズが魔剣の入手に失敗しても、それはそれで構わないと考えている可能性が高い。
所詮は戯れだからだ。
ある意味では、この世界は地球よりひどく、残酷だ。
ひょっとすると実は地球にも神はいるのかもしれないが、彼、もしくは彼らは姿を現したりはしない。
しかし、この世界ではそれなりの制約はあるにせよ、わりと積極的に神々は人界に関わってくるのである。
もっとも、それも神の性質によりいろいろとあるのだろうが。
たとえば、イシュリナスは正義の神ではあるが、どうも干渉を嫌っている気がする。
そもそも正義の神の僧侶たちのなかに腐った連中がいること自体が、おかしいのだ。
それこそ厳しい神罰でも下してもよいのにそれをしない。
裁きを司る神としてはいささか奇妙にも思えるが、実際にそうなのだから、こればかりは理不尽だと嘆くしかないのである。
ただ、この世界の人々はそうしたことには、ある程度は慣れているのだろう。
だから、滅多なことでは神々への不満などを口にしたりもしない。
実際に嵐の神などに雨乞いをすれば雨を降らしてくれるのだから、神々の恩恵も大きい。
それで十分に満足しているのだろう。
とはいえ、やはり災害などに巻き込まれれば神々を呪うものもいるに違いない。
そうした悲惨な運命にあったものほど、邪神たちの信者になっていく気がする。
たとえばノーヴァルデアなどは、その典型だ。
彼女はあまりにも悲惨過ぎる。
どこかでノーヴァルデアをヴァルサに重ね合わせていることは気づいていたが、それでもせめてノーヴァルデアだけは幸せになってほしい。
だが、もしこれから自分がゼムナリアの指示通りに動くとなれば、それはまったく関係のない、罪なき人々に不幸を撒き散らすことになる。
こうしたとき、地球にいた頃の自分に戻りたい、と思う。
人の苦しみがわからなかった。
痛みが理解できなかった。
そうであれば、いくらでも死の女神の道具として、ノーヴァルデアのために魔剣をふるえたはずだ。
また船体が派手に揺れた。
mxeja sur duyfum rxuy uga li.(さっきから少し川が荒れているの)
wam ers cu?(なぜだ?)
また船体が傾くと、体の姿勢を崩したスファーナの体がこちらにむかってきた。
あわてて彼女を抱きとめると、スファーナが叫んだ。
v,vomova bora:r! eto vinlin!(は、離しなさいよ! お前はいやらしいわねっ!)
そういうスファーナの髪が乱れ、頬が上気しているのが、天井になっている甲板からの淡い光ではっきりと見えた。
しかしその光もしだいに弱くなっているので、嵐が近づいているのかもしれない。
スファーナは本気で、こちらを異性として意識しているらしい。
そう考えると、うそ寒いような感覚に襲われた。
理由はやはり、半アルグの性フェロモンにあるとしか思えない。
強い目でこちらをノーヴァルデアを睨んでいることに気づき、背筋が冷たくなった。
やはりノーヴァルデアも、嫉妬を隠そうともしない。
彼女も子供ではなく、女として自分のことを見ている。
愛。
虚しい言葉かもしれない。
それでも、己のノーヴァルデアの幸せを思う気持ちは本物だと信じたかった。
ただし、ノーヴァルデアがもし大人の体を得て、男と結ばれるとしてもその相手は自分であってはならない。
そんな資格は自分にはない、というのは現代日本的な思考だが、実際、ないのだ。
悲劇の主人公になったつもりではなく、冷静に思考する。
モルグズという存在は、そもそもがこの世界では災厄なのだ。
これからどんどん人々に憎まれ、恐れられていくだろう。
しかしノーヴァルデアがそうであってはならない。
彼女はいずれ自分から離れ、一人で生きていかねばならないのだ。
まだ時間はかかるだろうが、ノーヴァルデアは強い。
そんなうまい話があるか、ともう一人の自分が囁いてくる。
哀れな少女ではあるが、彼女もネスでの虐殺を引き起こした一人なのに、幸せになどなる権利があるのか。
そもそもあの死の女神がそんなことを許すと思っているのか。
分の悪い賭けだとは承知している。
これから自分はどんどんろくでもない道を歩いて行くことになるだろう。
だがもう、ノーヴァルデアをヴァルサのように巻き添えにしたくはない。
ひょっとしたら性フェロモンも関係しているかもしれないが、それはきっかけだ。
確かに俺はヴァルサを愛していた、とモルグズは胸のうちでつぶやいた。
もう彼女の顔や声の記憶すら薄れかけていたとしても、それだけは間違いないのだ。
もし女神が自分を無理やり、従わせてノーヴァルデアをまた不幸にするつもりでいたら。
そのときは、俺はたとえ相手が女神であっても、従わない。
外で吹きすさぶ風が、まるで遠くから聞こえる死の女神の嘲笑のようにも思えた。
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