13 wob sxalto charsuy cu?(charsuyがなにか知ってるか?)

 肌の色からしてグルディア人であることは間違いない。

 特徴らしい特徴がない、といった感じの、どこにでもいそうな男だ。

 部屋の壁際には幾つもの棚があり、そこに陶製の壺が無数に置かれていた。

 ヨーロッパでは陶器の製造が本格的に始まるのは近世に近くなってからだが、すでにセルナーダでは陶器は一般的に普及している。


 wob foto cu?(なにが欲しい?)


 いきなり男はそう言った。


 wob sxalto charsuyzo cu?(charsuyがなにか知ってるか?)


 男がぎょっとしたように目を見開いた。

 様子が少し、おかしい。


 chasrsuy....yas ned irxamzo peta charsuyzo.(charsuy……charsuyを治す薬はないぞ)


 かすかに男の声は震えていた。


 nazc jabito charsuyle...(まさかあんた、charsuyにかかって……)


 jabiv ned.(かかってない)


 ある程度は予想していたが、当たりのようだった。

 夢のなかで死の女神は言っていたのだ。

 お前の世界で一番、人を殺したのはなにかと。

 答えはわかっていた。

 疫病、である。

 地球における人類の歴史は、飢餓と戦争に彩られている。

 もちろんこうしたものは多くの人間を殺した。

 だが、それよりも恐ろしい猛威を奮ったのは、感染症なのである。

 もともと人類の活動する範囲が限定されていた頃は、さほどの問題ではなかった。

 感染症が流行しても特定の地域にしか広まらなかったし、その過程で免疫をもたないものが淘汰され、病気にかかりにくいものがふえればある程度、病の流行はおさまったからだ。

 だが、人類が他の地域との交流を活発化させてからは事態は深刻になった。

 たとえば中世ヨーロッパでは中央アジアあたりからもたらされたペスト、いわゆる黒死病が猖獗を極め、人口の実に三分の一が失われたのである。

 しかし、それすらもまだましなほうだ。

 おそらく人類史上における最大の悲劇の一つは、新大陸に天然痘がもたらされたことだろう。

 大航海時代にスペインの征服者たちは新大陸に上陸し、アステカとインカ、二つの帝国を滅ぼし、大量の金銀財宝を略奪した。

 これも、天然痘ウィルスが新大陸に侵入した影響が強い、と言われている。

 もっとも、天然痘ウィルスそのものには悪意などはない。

 彼らは単に遺伝子に刻み込まれた命令通りに、自らを増殖させようとしただけだ。

 ウィルスは遺伝子は持っているが、自己複製能力をもたないので、生物ではないと考えられている。

 彼らが自らを増やす手段は、他の生物のなかに入り込み、その細胞を利用することに限られる。

 この寄生先は宿主と呼ばれるが、通常、宿主にウィルスが宿主に危害を加えることはない。

 よく考えて見れば当然の話なのだが、宿主が死んでしまえばウィルスの増殖できず、困るのである。

 だが、本来の宿主から他の生物にウィルスが感染したときに「事故」は起きる。

 これが、ウィルスを病原体とする感染症だ。

 ユーラシア、アフリカ大陸では家畜を通じて幾度となく天然痘は流行を繰り返したため、多くの人々は免疫を持ち、むろん恐ろしい病ではあるが必ずしも致命的な病気ではなくなりつつあった。

 しかし、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘ウィルスは、新大陸の人間にとってはまったく未知のものだったのだ。

 その結果、凄まじい規模で新大陸の人々は発病し、そして死んでいった。

 地域によっては死亡者は九割を超し、現在のアルゼンチンにあたる地域ではほとんど先住民は死んでしまったほどだ。

 そのため、現在のアルゼンチン人はヨーロッパからの移民の子孫である。

 他地域もさすがにそこまではいかなかったが、新大陸全土での死者は数千万人とも言われている。

 それから人類の技術が進歩し、さらに世界中に人々が交流を行いだすと、世界の隅々にまでさまざまな感染症が流行していった。

 二十世紀の初めには、スペイン風邪が大流行している。

 これはいわゆる新種のインフルエンザであり、そのあまりの被害の大きさに、結果的に第一次世界大戦が集結してしまったほどだ。

 戦おうにも、敵対する軍勢同士がそれどころではなくなった、というのが正解だろう。

 近代戦では軍人だけではなく後方からの兵站を担う人々が病に倒れてしまえば、国家の生産性が落ち戦争継続は不可能になるのだ。

 そして、当然、この世界でも疫病は恐れられているだろうと想像していたが、モルグズの予想通りだ。


 etiv fog charsuyle meg.(charsuyについて教えて欲しい)


 男はやがて、ゆっくりと口を開いた。


 wam ers?(なぜだ)


 sxulv fog teg.(知りたいからだ)


 モルグズの言葉に男は戸惑っていたようだが、すかさずアースラが金貨を一枚、男に渡した。

 やがて観念したように、男が口を開いた。


 ers mig uld ja:bi.sxalto ulgewlzo?(とても昔の病気だ。ulgewlを知っているか?)


 ウルゲゥルというのは、聞いたこともない。


 qu+sin,sxalto ned.ulgewl ers zeros selna:da uld zerosi.(ぷつう、知らないよな。ウルゲゥルは神だselna:da uld zerosi)


 いきなりラクレィスが言った。


 selna:da uld zerosi aln duptos re tic.(selna:da uld zerosiはすべて封じられているはずだ)


 selna:da uld zerosiというのは、セルナーダの古き神々、とでも訳せる。

 まとめてセルナーダ古神群、とでも言うべきだろうか。


 melrus ers.aln magzad zerosi ers dog.ulgewl ers ja:bima zeros.hasos magapiqe metspigzo reys hxades re ulgewlle.(当然だ。みんな邪神だからな。ウルゲゥルは病の神だ。ウルゲゥルに憑かれた者には忌まわすぃいことが起きる)


 ぞっとしたように、男は体を震わせた。


 asuy rxuyiwa aln tabpo.ja:bires zems mi+gxas e+tetutse.uld reysi lombugu asuyg ja:bi tus.now jen ers charsuy.(ぜんしぇんから血が流れる。病人は激しい苦痛で死ぬ。昔の人々は血まみれ病と呼んでいた。だが今は「赤水」だ)

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