5 morguz voksus lakreysule yuriduszo cu?(モルグズはラクレィスに魔術を習うのか?)

 そう考えると、さらに気になるがある。

 さきほど、asulaを発声したとき、指で山の下を丸っこくしたような図形を宙に描いた。

 あれに似たものをモルグズは知っている。

 セルナーダ文字のaだ。

 最初にヴァルサに文字をならったとき、母音が妙に特徴的だと思った気がする。

 iはなにかの山岳を象ったような形で、uは波の形、eはつむじ風みたいであり、oは丸かった。

 ひょっとしたら、これは表語文字の痕跡なのではないだろうか。

 魔術は五つの元素と呼ばれるものごとにそれぞれ分かれている。

 火炎、水、大地、風、闇の五つだ。

 もし母音がそれぞれ、この元素に対応しているとしたら。

 セルナーダ語では、それぞれ、asro,suy,sat,sewr,no:vaである。

 また鳥肌がたった。

 最初の音節の母音は、火はa、水はu、大地はa,風はe,闇はoだ。

 大地以外は、すべて母音と対応している。

 さらにasulaとasroという音が似ているのは、とても偶然とは考えられない。

 言語学には音韻変化、という考えがある。

 時間がたつにつれて、言葉の音は変化していくのだ。

 日本語のhがかつてfであり、さらに遡ればpだったというあれだ。

 asulaがasroに時間をかけて変わっていった、という可能性はあるだろうか。

 結論からいえば、十分にある。

 as-まではまったく同じであり、問題はここからだった。

 asulaを音節ごとに分解するとa・su・laとなる。

 第二音節suのうち、uは母音でもかなり弱い音だった。

 iとならび狭母音と呼ばれている。

 発声するとき、舌と口蓋の間の広さが狭いからだ。

 逆にaやoは広母音である。

 弱い母音は、時間の経過により脱落、つまり発音されなくなることもある。

 問題は最後の音節laだ。

 これはroに変わっているが、lがrに変わる現象はしばしば見られる。

 もともと他の音がrに変化することが多いために、これを意味するロータシズムという用語まで存在するほどだ。

 そして最後のaのoへの変化も、起こりうる。

 aは非常に強い音なのだが、それでも弱くなることはある。

 音韻変化はアクセントのない音節に起こりやすいが、asroのアクセントは最初の音節asにある。

 狭母音、広母音の他に、前舌母音、後舌母音という分け方もある。

 これは専門的な説明がややこしくなるのだが、感覚的にaは口の前のほうで出し、oは後ろのほうでだす、と考えるとわかりやすい。

 そしてaがoになることも、別におかしくはなかった。

 つまりセルナーダ語のasroはネルサティアでもかなり古くに使われていたasulaから変化してきた可能性が高いのだ。

 こうした音韻変化の知識があれば、逆のことを行うこともできる。

 実際に、これは言語学の世界では「再構」あるいは「再建」と呼ばれ、使われている。

 たとえばインド・ヨーロッパ語族というものは比較的、有名な語族だが、この語族には共通の「祖語」と呼ばれるものが存在する。

 印欧祖語などとも呼ばれるが、これはさまざまな言語に分派した印欧語族のもとの言語と、言語学者が仮定したものだ。

 同じ語族に属すると思われる言語を比較し、その音の変化の法則を調べ、どんどん時代を遡っていまの印欧祖語と呼ばれる仮定の言語が生まれた。

 現在では印欧祖語からユーラシア全土にさまざまな形で印欧語族の言語が分かれていった、とされている。

 ただこれには問題点もある。

 あくまで「推測」にすぎないということだ。

 実際の言語は他の言語との接触で変化したりもするし、そうそう単純なものではない。

 印欧語族ではない語族で似たようなことを行っても、なかなかうまくいかないということもある。

 それでも、再構が言語の変化、派生を調べるのに有効なやり方であることは確かだ。

 つまり、もしモルグズの考えが当たっていれば、いま魔術の呪文として使われているものをある程度、発音を知らずとも突き止められるかもしれない。


 morguz?(モルグズ?)


 ラクレィスの言葉を聞いて、はっとなった。

 どうも物事に深く集中すると、周囲のことを忘れてしまう傾向がモルグズにはある。


 mavi:r vim jitsuzo.(俺の術を見ろ)


 ラクレィスが短い呪文を詠唱した。


 mo:gu vi:do.


 いきなり、眼前に直径一エフテ(約三十センチ)ほどの闇が出現した。

 どうやら、闇魔術らしい。

 しかし、闇を意味する呪文はどうもmo:guらしかった。

 mo:guからセルナーダ語で闇を意味するno:vaに変化することはありえなくもないが、これは微妙なところだ。

 特に第二音節のguがvaになるのは、かなりきつい。

 だが、そこで思い出した。

 闇という言葉は実はもう一種類、セルナーダ語には存在するのだ。

 no:vaに比べてあまり使われてはいないが。

 mo:gである。

 mo:guからuが脱落すれば、そのままmo:gだ。


 voksuto fog yuriduszo cu?(魔術を学びたいか?)


 モルグズはうなずいた。

 すでに体が剣術を覚えている。

 これで魔術すらも使えるように慣れば、もっとたくさん、人を殺せるはずだ。

 気がつくと、いつのまにかノーヴァルデアが小屋から出ていた。


 morguz voksus lakreysule yuriduszo cu?(モルグズはラクレィスに魔術を習うのか?)


 よく見れば人形のように可愛らしい顔をしているのに、子供らしい可愛げというものがおよそない。

 ただ実際には彼女はアルデアと同年齢なのでそれも当然ではあるが。

 正直にいって、いまだに彼女の思考、考え方は理解できないことだらけだ。

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