4 ete yuridres cu?(お前、魔術師だったのか?)
どこか遠くから、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ついに、頭がおかしくなったのだろうか。
幻覚を見た、という可能性が高い。
ヴァルサによると、魔術師というのは才能があっても、きっちりとした訓練をうけねば術を使いこなせないはずなのだ。
試しに一度、やってみたのにいきなりうまくいくなど、さすがにありえない。
すぐに小屋のなかからラクレィスが出てきた。
いつもは冷静というより、感情に乏しい男なのだが、顔色が悪い。
どうやら窓から外を見ていたらしい。
ete yuridres cu?(お前、魔術師だったのか?)
あわててモルグズはかぶりをふった。
erv ned.(違う)
gow tenet yuriduszo.yatmiv ned.had ers yuridus,nalzav zemnariale.(だがお前は魔術を使った。間違いない。ゼムナリアにかけて、あれは魔術だ)
しばらくモルグズは混乱していた。
ラクレィスがこちらの様子をうかがっている。
yuridus yas ti+juce judniknxe kap cu?(別の世界にも魔術はあるのか?)
あるいはあるのかもしれないが、理性は否と告げている。
yas ned.kap tirav li.(ない。俺も驚いている)
etite re asroyuridresale?(あの女火炎魔術師から習ったのか?)
ers ned.omogiv yuridusma te:na ko:radzo.nasxugiv jodzo.(いや。魔術の使い方を記憶していたんだ。それを真似た)
hasos ci ned.(ありえない)
ラクレィスは信じられないといった表情をしていた。
gow ers ned o:zura foy.lagt wogno:r.(だが嘘ではないようだ。もう一度、やれ)
改めて、モルグズは深呼吸をした。
果たしてうまく出来るのだろうか。
だが、もし魔術を使えるようになれば、アーガロスのように強大な呪文を使えるようになるかもしれない。
そうなれば、大量の人間を殺せる。
再び心のなかで、怒りの炎が燃えたったような気がした。
その炎を、眼前にイメージする。
asula asula asula vi:do!
再び、火が前方一エフテ(約三十センチ)あたりの空間で燃え始めた。
やはり、さきほどと同様、十秒ほどで消えてしまったが。
ラクレィスの美貌には、はっきり驚愕と動揺が浮かんでいる。
まだ数日のつきあいしかないが、こんな感情を露わにするところは初めて見た。
ca:ri ers lakfe.(ca:riが綺麗だ)
元となる動詞carirは「声をだす」というような意味だ。
名詞形ca:riは、声の他にたぶん「発音」という意味もあるのだろう。
呪文の発音の仕方が良かった、という意味かもしれない。
「正しい言葉」のアルファベットの表記順で気づいたことだが、この世界の魔術師はすでに音声学に関するかなりの知識を持っている。
それは呪文の発声と無関係とは思えなかった。
yuridyurfama ca:ri ers dozgin gow...(呪文の発音は難しいんだが……)
ラクレィスは納得がいかない、といった感じだ。
改めて、さきほどの呪文を心のなかで思い浮かべる。
asula asula asula vi:do.
確かにセルナーダ語とはいろいろと感覚が違う。
それがなぜか考えた挙句、あっと声が出そうになった。
この呪文は、完全に開音節だけで構成されているのである。
開音節とは、音節の最後が母音で終わる音だ。
これに対し子音で終わる音節は閉音節と呼ばれる。
セルナーダ語は、割合でいえば閉音節がかなり多い言語である。
動詞などは開音節も多いが、名詞は動詞が名詞化したものを除いては、閉音節のほうが多めに思える。
特に火炎形の名詞は-sで終わることが多いので、最後の音節はほぼ閉音節だ。
あるいは、と思った。
閉音節に慣れている言語の母語話者にとって、開音節しかない呪文というのは、かえって唱えづらいのかもしれない。
たとえば日本語は最後が-nの場合をのぞいてはすべて開音節という世界的にもわりと珍しい言語だが、英語などの閉音節が多い言葉を母語にするものにとっては発音しづらいと聞いたことがある。
開音節に慣れた日本人が、子音や閉音節を大量に含む英語の発音がうまく出来ないのと、同じことだ。
そこで、背筋に震えがきた。
いまの呪文は、そのままカタカナで表現できることに気づいたのだ。
アスラ アスラ アスラ ヴィード
日本語ではvは外来語でしか使われないし、ラも通常はlaではないが、それ以外は完全に日本語で通用する。
魔術師の使う魔術は神々の力を盗んだものだと、ネルサティア系の神々の信者は信じているという。
それは一種の比喩であり、はるか古のネルサティア人の使っていた言語が日本語のような開音節が他用されるものだったため、もともと日本人だった自分には簡単に発音できた、ということはありえないだろうか。
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