3 era aldea...(私はアルデア……)

 あの魔術師の悪霊は、こちらを恨んでいる。

 だが、やつは簡単に自分たちが死ぬことを望んでいるとは思えない。

 むしろこちらを嬲るようにして最後に殺すのが目的とすら思える。

 そこで、発想を転換すべきだと気づいた。

 いままでも、その気になればアーガロスの悪霊はいつでも自分たちを殺せたのである。


 a;garos.vomoto vo cosum zemgav re fen zo cu?(アーガロス。お前は俺たちが簡単に殺されることを望むか?)


 その瞬間、ゆらりとモルグズの隣に、あの忌まわしい魔術師の姿が半透明で現れた。


 vomov ned.(我は望まぬ)


 やはりそうだ。

 恐ろしく皮肉でねじくれた話だが、アーガロスは「味方になりうる」のだ。

 たぶん、悪霊というのは死んだときの妄念で動いているのではないだろうか。

 つまり、論理的な思考より、死んだときの感情を優先している可能性がある。

 アーガロスは少なくとも魔術師としては、大魔術師といっても差し支えないだろう。

 そんな彼が、異世界から来た者の魂の宿る半アルグに殺されたというのは、まさに屈辱的だったはずだ。

 自分がとんでもないことを考えているという自覚はある。

 それでも、モルグズは言った。

 

 vo zemgav re foy narhan isxurinasma i+sxuresle.yajoto ci aziz cu?(俺たちは愚かなイシュリナスの騎士に殺されるかもしれない。お前は彼らを許せるか?)


 ne+do!(否!)


 すうっとアーガロスの悪霊が、小屋から外に出ていった。

 そして、外から呪文の詠唱らしき音が聞こえた気がした。

 きちんと聞き取れないのは、彼の姿がよく見えないのと似たようなことかもしれない。

 だが、アーガロスの呪文の効果は、明らかだった。

 小屋の隙間から外を覗くと、無数の赤い小さな火球のようなものが、騎士たちめがけて一気に虚空を滑るように飛翔していったのだ。

 続いて、爆音とともに真紅の火球が幾つも生まれ、立て続けに騎士たちのそばで炸裂していった。

 凄まじい悲鳴が聞こえてくる。

 それと同時に、モルグズはsakuranabeに乗り込んだ。

 ヴァルサを小屋に残したまま、一気に外に飛び出していく。

 アドレナリンめいたものが大量に血管に放出されていた。

 予想通り、アーガロスは女騎士は狙ってはいなかった。

 ひどく歪んだ形とはいえ、いまは一種の同盟関係がアーガロスと結ばれているようなものだ。

 だとすれば、こちらの思考までアーガロスが読んだとしても不思議ではない。

 つまり、彼は「こちらの獲物」に手をつけなかったのだ。

 馬を駆けさせ、女騎士のもとへと駆け寄っていく。

 すでにこのあたりの畑は、おそらくは麦を刈り取られていた。

 麦秋という言葉がある。

 これは夏に、実った麦を刈り取る時期のことだ。

 モルグズは哄笑を我知らず放ちながら、女騎士へと接近していった。

 胸の装甲の形が乳房にあわせて独特なので、すぐにそれとわかる。

 鍛冶屋もこの加工は大変だろうなとどこかで思いながら、慌てふためいている女騎士の兜めがけて、長剣を振り下ろした。

 もし彼女もこんな状況でなければ、もっときちんとこちらに対処できたかもしれない。

 だが、鉄製の丸い兜に打撃を受けた女騎士は、馬上でおかしな具合に体を震わせていた。

 馬が竿立ちになり、女騎士の体を振り飛ばす。

 その体が大地に叩きつけられた。

 勝手に馬が逃げていく。

 さらに罵声や悲鳴とともに、他の騎士たちも敗走を始めていた。

 勝った。

 信じられない話ではあるが、アーガロスの悪霊を一時的に味方につけたからこそ勝てたのだ。

 力を失ったのか、アーガロスの悪霊は薄暮の闇に溶けるように消えていった。

 あまりにもうまく行き過ぎたのは、幸運のなせる技、としか言いようがない。

 モルグズは馬から降りると、麦を刈られた大地に伏した女騎士のもとに近づいていった。

 死んでいてほしくはない。

 人道的な意味ではなく、相手を生かしておけばこれからも利用できるとの計算が働いたためだ。

 兜の前を覆う面頬を引き上げると、女騎士の顔があらわになった。

 背筋に悪寒が走る。

 どこかで似たような顔を見た気がしたのだ。

 女騎士は髪を短くしており、兜のなかでまとめていた。

 その髪は漆黒で、肌の白さと対照的だ。

 イシュリナス騎士団の騎士らしき女を、捕虜にした。

 記憶している限り、中世ヨーロッパでは騎士を捕虜にして、対価として身代金を受け取るのは一般的だったはずだ。

 相手を殺してしまうより、そうして敵に金銭を払わせるほうが戦略的な意味で相手に経済的なダメージを負わせることが出来たからだ。

 だがどうもすでに絶対王政に移行していると思しきこのセルナーダの地では、それがどこまで意味があるかわからないが。

 しかし、なぜ彼女を見て既視感を抱くのだろう。

 少なくとも地球の感覚としては顔立ちの整った美女、といっても良い。

 そこで、気づいてしまった。

 人種どころか、種族まで違うが、彼女が結婚直前に死んだ従姉妹の「のぞみ」に似ていることに。

 それだけではない。

 ようやく、気づいた。

 この女はなぜか、昨夜、出会ったゼムナリアの尼僧である、あのノーヴァルデアに酷似しているのだ。

 偶然なのか。

 それとも、自分がまだこの世界の人間の顔の判別に慣れていないのか。


 tom marna wob era cu?(お前の名前はなんだ?)


 朦朧としたように女騎士は答えた。


 era aldea...(私はアルデア……)

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