2 gow vo jativ ci cu?(でも、俺たちは勝てるのか?)

 早すぎる。

 いや、自分たちが遅すぎたのか。

 少なくとも、十騎はいるだろう。


 wob ers cu?(なに?)


 ヴァルサの問いに、つとめて冷静になろうとしながらモルグズは言った。


 i+sxuresi yas gojma oztule.(騎士たちが小屋の外にいる)


 さすがにヴァルサも事態の危険さを理解したようだ。

 sakuranabeも野生の本能でなにかを察知したのか、怯えているように思える。

 まともに戦えば、絶対に勝てない。

 ただ、それでも勝機はないこともない。

 重要なのは、相手が「自分たちを生かして捕えることにこだわっているかどうか」だった。

 街一つを滅ぼしたゼムナリア信者と自分たちはみなされている可能性が高い。

 殺してしまうのは簡単だ。

 だが、それをイシュリナス騎士団はよしとするのだろうか。

 むしろ生きて捕らえ、公衆の門前で公開処刑したほうが、効果的だとモルグズなら考える。

 中世期の処刑は、ある種の見せしめ、または「娯楽」という意味合いも強い。

 基本的には、やはりこの社会は近代的価値観が普及する前の世界に類似している気がする。

 だとすれば、騎士たちはまず、こちらの捕縛を優先するのではないだろうか。

 また希望的観測だ、とも思ったが、これは決してないとは言い切れない。

 魔術師らしいものがいるか外を見たが、それらしいものはいない。

 もっとも、モルグズが考えているような、長衣をまとった「いかにも自分は魔術師です」という格好をすべての魔術師がしているとは限らない。

 むしろ自らの正体を隠したい場合、一般人の服装をするだろう。


 yuridres nomil yas ned.(たぶん、魔術師はいない)


 小屋の隙間から外を見ていたヴァルサが言った。

 あるいは、魔術師は互いに直感的にその存在をなんとなく感じ取れるのかもしれない。

 逆に言えば、外の騎士たちは魔術に頼らず、ここを探り当てたことになるが、それは別段、不思議なことではなかった。

 あの燃えた街の近在を虱潰しにすれば、簡単なことだ。

 さらにむこうは、とっくにこちらの考えを読んでいるのかもしれない。

 外から、声が聞こえてきたのはそのときだった。


 yujuva zemnariaresule!(ゼムナリア信者に告げる!)


 声が高い。

 どう考えても女性のものとしか思えなかった。

 しかもyujuvaというのは、一人称大地形の場合の活用なので、つまり女性の発した言葉としか思えない。


 i+sxuresa era foy,(女騎士かもしれない)


 ヴァルサも同じことを考えたようだ。

 しかし、女騎士などというものが果たして存在しうるものだろうか。

 特に重武装の騎士であれば、重さ三十キロほどの防具をまとうことになるのだ。

 地球の常識では、女性が騎士になるのは身体能力的に無理がある。

 だが、この世界ではどうだろう。

 今にしてみれば、街で見た人々は女性のほうが慎重が若干、低い傾向はあったが、身体能力はどうかわからない。

 ひょっとすると、こちらの世界での「人間」は男女の身体的な性差が小さい可能性もある。

 地球のホモ・サピエンスでは男女差はかなり大きいが、ここは異世界なのである。

 さらにいえば、どうももともと先住民系の文化では、女性のほうが優位だったふしがあるのだ。

 その二つを考え合わせると、女騎士はありうるかもしれない。

 

 dugocri:r! zemnariares,


 動詞gocrirは「負ける」を意味したはずだ。

 それに接頭辞のdu-がついている。

 語頭にduがつく単語は、あまりいい意味がない。

 これは「降伏しろ」と言っているのもしれなかった。


 dugocriva ned!


 ヴァルサはこう見えて負けん気が強いことは知っている。

 降伏を拒否しているのだろう。


 gow vo jativ ci cu?(でも、俺たちは勝てるのか?)


 そこで、ヴァルサの顔が青白くなっていることに今更、気づいた。

 彼女も本当は、怖くて仕方ないのだろう。

 当然ではある。

 降伏を拒絶すれば、そのまま殺されてもおかしくはないのだ。

 それなのに、自分のこの余裕はなんなのだろう。

 怖くないといえば嘘になるが、どこかで絶望的な状況にむしろ興奮している。

 前世の経験か。

 あるいはアルグの血か。

 よくわからないが、なにか楽しんでいる自分がいる。

 外を見たが、騎士たちは動かない。

 むしろ彼らのほうが緊張しているかのようだ。

 そこまで考え、それも当然だと思った。

 あの街を燃やし尽くしたのは自分たちではない。

 あくまでアーガロスの悪霊の仕業である。

 しかし彼らはたぶん、その事実を知らない。

 向うも、こちらが怖いのだ。

 ヴァルサはおそらく、街一つを灰燼にできる恐るべき火炎魔術師とみなされているのだろう。

 頭を使え。

 彼らの誤解を利用しろ。

 ひどく喉が渇いてきたのに、心踊るような気分になっている。

 もちろん恐怖はあるが、それとはまた異なる感覚も存在しているのだ。

 ところで、アーガロスはどうしているのだろう。

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