7 nazc abote to tanjuto ci vispo cu?(まさかお前らはこの私から逃げられるとでも思っていたのか?)

 まただ。

 闇のなかで、黒い頭巾をかぶり、長い柄と刃をもつ鎌をもった女神が言った。

(実に感動的ではあるな。かつて人の愛を、ぬくもりを知らなんだ男が、新たな世界で愛するものを見出したか。スルフィンを信じる吟遊詩人ならば、見事な歌にするかもしれぬ。だが……あいにくと、それはわらわの趣味には反する)

 スルフィンとやらが何者か知らなかったが、それはどうでもいいことだ。

(しかしあんたも、暇人だな。死の女神様が俺みたいな一般人と話している時間があるのか)

(これでもわらわは忙しいのだ。命が我がもとに転がり込むたびにせぬことが多くてのう。しかし、汝はわらわに感謝すべきではないかな。わらわがおればこそ、そこな小娘に出会えたのだぞ)

(ああ、じゃあありがとさんよ。これでいいかな)

(愉快じゃ。恐れを知らぬ異界のものよ。しかし汝もだいぶこの地に慣れてきたようではある。言の葉もある程度は覚えたか。重畳なことよ)

(で、あんたはお祝いしにきてくれたってのか)

(ならば良いのだが、そうでもない。さすがに汝の存在に、いろいろと気づくものが現れ始めた)

 厭な予感しかしなかった。

(まずは道化。あの愚か者はこととしだいによってはわらわの目論見をめちゃくちゃにしかねぬ。あやつに幾度、煮え湯を飲まされたことか)

 死の女神を怒らせるとは、その道化とは神と呼ばれるにふさわしい存在なのだろう。

(他にもいろいろとおるが……まあ、そろそろ目覚めたほうがよかろう。汝の元に、客がおるぞ)

(客?)

(然り。まさかもう忘れたわけではあるまいな……)


 目を醒ましたが、まだあたりは暗かった。

 窓から、曙光が空の端を白ませているのが見える。

 違和感を覚え、ねぼけ眼で室内を見回し、そしてモルグズは見た。

 血にまみれ黒ずんだローブをまとった痩せこけた老人が、こちらを大きな目玉で凝視しているのを。

 口の中がからからに渇いていくのがわかる。

 甘かった。

 アーガロスの悪霊は、この街までしっかりと追いかけてきたのだ。


 nazc abote to tanjuto ci vispo cu?(まさかお前らはこの私から逃げられるとでも思っていたのか?)


 なかば半透明になっているが、この悪霊は魔力も失っているようではない。


 ers mig,mig cos zemgav tuz .now wayc ers ned fanpon.ham eloto za viz.(お前たちを殺すのはとても、とても容易い。とはいえ、それではちっとも面白くない。もっと私を楽しませるのだ)


 体が震えた。

 まるで金縛りにでもあったように、体が動かない。


 citso:r.rxobi:r.ubodi:r.ham,ham eto....(苦しめ、恐れよ、絶望せよ。もっと、もっとだ……)


 そのまま、朝日が硝子窓を通して入り込んでくるのと入れ替わるように、すうっとアーガロスの姿は消えていった。

 守れるのか。

 本当に、ヴァルサを守れるのか。

 魔術的な対抗手段でしか、あの魔術師の悪霊を追い払うことはできないだろう。

 彼を殺すことができたのは、一種の奇跡だったのかもしれない。

 もしアーガロスがもう少し、用心深い性格であれば、自らの身の守りを固めていたに違いない。

 魔術のなかには、たぶん防御の性質を持つものもあるはずだ。

 彼は異界からの知識を得ることで興奮し、冷静さを失っていた。

 だからこそわずかな隙をついてなんとか殺せたのだ。

 気がつくと、窓硝子の丸を通して陽光が無数の黄金の楕円となって寝台を照らしていた。


 nmmm.....


 ヴァルサが、ゆっくりと瞼をあける。

 とろんとした緑の瞳がやがて焦点を結んだ。


 van fo+sel.(おはよう)


 モルグズはなんとか微笑もうとした。

 だが、笑いがどうしてもぎこちないものになるのは、自分でもわかっていた。


 新しい朝が来た。

 だが、希望の朝とは言い難い。

 朝食も寝室で食べた。

 ヴァルサは「連れは顔にひどい傷があるのでそれを見られたくない」と説明しているようだが、果たしてどこまで周囲の人間は信用しているだろうか。


 socum faca:r!(早く運べっ!)


 a:ba sablasuwa!(パンが冷めちまう!)


 yoy,ti:l yem era!(おい、スープがまだだぞっ)


 menxava!(すいませんっ)


 階下からは賑やかな音が聞こえてきた。

 丸い硝子窓を通して外を見ると、昨夜はよくわからなかった街の光景がはっきりと目にすることができる。

 街の規模はさほどではないだろうが、幾つか気になる建物があった。

 一つは塔がそびえる建物で、鐘楼らしきものがある。

 もう一つはその傍らにあり、円蓋屋根を二つ組み合わせたような独特の意匠をしていた。

 こちらには見覚えがある。


 had ers cu?(あれはなんだ?)


 ers solaris zersef ya: fo+sefzo.ers asxaltiama zersef dewma markife fo+sots ya:.solaris ers solsuma zeros.asxaltia era sat ta fa:nxadma zerosa.(塔があるのはソラリス寺院よ。二つの丸い屋根のあるのがアシャルティア寺院。ソラリスは太陽の神様ね。アシャルティアは大地と豊穣の女神)


 太陽神はともかく、大地の女神も都市で信仰されているようだ。

 ただ農村と違って、寺院は別らしい。


 to:jsuma resa zertowa asxaltiazo.ta had algowa sefincho pagice zerosarizo kap.(街の女の人たちはアシャルティアを信仰してるの。あとあそこはセフィンと他の女神たちも祭ってる)


 sefin?(セフィン)


 era se:firesma gardozerosa.aln reys avas e+zema gardozeroszo.(セフィンは大工の女神。みんな自分の守護神を持っているの)

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