7 jumite zad ju:mzo cu?(悪い夢でも見ていたの?)

(思い出したか?)

 またあの女神が待ち構えていた。

 頭巾の口元には艶麗な微笑が浮かんでいる。

(思い出したよ)

 モルグズは言った。

(そうだったな……いや、なんとなく気づいてはいたんだよ。絶対にこの世界でのあれが「最初」じゃねえなって)

(八人)

 ゼムナリアが苦笑した。

(たかが八人。さしたる数ではない)

(現代日本じゃ、女を八人殺したってのは大事件なんだよ)

(一年に一人ではないか。のんびりしたものよ)

 みな、美しい黒髪の女たちばかりだった。

(汝の憧れの相手が死んだことは、地球の神々の責任じゃ。ただ、そんなものが汝のかつていた世界に実在するのであればな)

 嘲笑。

 神などいない。

 あのときはまだ小学六年生だった。

 憧れの従姉妹が結婚すると知ったときは、生まれて初めて泣いたものだ。

 だが、まもなく挙式というときに彼女が事故死したとき、どこかで喜んでいたことは記憶している。

 誰にも彼女は奪えないからだ。

 婚約者の男はどう考えても不釣り合いだった。

 だが、もうそんなことはどうでもいい。

 あの日、棺桶のなかで眠る憧れの女性と最期の対面をしたときに、もう運命は決まっていたのだろう。

 美しかった。

 死者となった彼女はあまりにも綺麗すぎた。

 ひんやりとした頬の感触は、たぶん永遠に忘れられない。

 もともと他人に執着するタイプではなかったが、彼女だけは特別だった。

 それから、何人もの女とつきあったが、みなに失望させられた。

 生きている人間の熱が、うとましい。

 人間には生来、相手に共感する能力が備わっているという。

 他者の苦痛を、痛みとして受けとる能力があるのだ。

 だが、自分にはそれがないことは幼い頃から知っていた。

 さらに他人の感情というものが、よく理解できない。

 だから、冷静に他者を観察しつつ、そうしたものを学習した。

 しかしまさか、自分の同類が親族にいたとは夢にも思わなかった。

(あなたも本当は演技しているんでしょう)

 彼女は、のぞみはそう言った。

(笑ったり悲しんだり、よく理解できない。でも周囲の空気を読んでなんとかしている。お互い、大変よね)

 そのときのぞみが浮かべた笑みも、偽りのものであると知っていた。

 なのに心が動かされたのはなぜだろう。

 そして、彼女は死んだ。

 ひょっとしたら、事故ではなく自殺だったのかもしれない。

 彼女はおそらく、自分にも世界にも絶望していたはずだから。

 まっとうな生活をするふりをしながら、進学し、受験をして、就職した。

 まともな人間の皮をかぶって。

 最初の獲物は二十歳のときにやった。

 だが、思ったほど満足できなかった。

 警察の捜査手法を徹底的に学び、彼らの裏をかいたつもりだったが死体が二体、発見された時点でいずれ捕まることは覚悟していた。

 警察の手が自分に近づいてくることを悟り、両親を殺した。

 連続殺人鬼として逮捕されたあとのことを考えると、二人が気の毒な気がしたからだ。

 同情や共感ではなく、育ててもらった恩義があったからだが、それを説明しても誰にも理解されなかった。

 八人の死者。

 だれもがのぞみの偽物だ。

 精神鑑定をうけたが精神病質の可能性を指摘されただけだった。

 どうでもよかった。

 一審で死刑を求刑された。

 弁護士は上告すべきだと言ったが、断った。

 そして結審し、拘置所でさまざまな書物を読んで時間を過ごした。

 世の中には変人が多いらしく、殺人者である自分を恋い慕うものたちがいた。

 とにかく書物による知識が欲しかったので、彼女たちの差し入れには本を求めた。

 暇つぶしのための知識だ。

 まったく役に立たないはずの知識を頭に詰め込み、ある日、その日はやってきた。

 なにも感じなかった。

 これで消えるのかと思っただけだ。

 そして、拘置所の端の奥まった施設で、刑を執行された。

 死刑囚は拘置所が満杯でもない限りは原則として拘置所に入れられる。

 足元から床が消え、体が落下した。

 言語に絶する苦痛をたっぷり味わい、首を絞められる音を聞きながら、やがて息絶えたはずだった。

(だが、わらわが汝の魂をこちらに呼び寄せた。せいぜい、感謝するがよい)

(しねえよ)

(あの魔術師の娘に出会えたではないか)

 自分でも、なぜ言葉に詰まったのかわからない。

(汝があの娘に抱いている感情は、おそらく前の世界では汝が知らなんだもの)

 かもしれない。

 まさかこの自分が、誰かを守りたい、などと本気で思うとは。

(あるいは半アルグの体がなにか関係しているのか。いずれにせよ、興味深いことじゃ。さて、汝はあのとき、わらわと交わした約定を覚えておるか?)

(百万の人の魂を捧げろって奴か)

(然り)

(出来るわけねえだろ)

(さあ、それは汝の活躍しだい。汝はあまたの死を求めるようになる。わらわは知っておる。そう簡単に楽になれると思うべきではない)

 それでようやく理解した。

 他の人々にとっては現実の世界であっても……少なくとも自分にとってセルナーダの地はこの忌まわしい死の女神に用意された「地獄」にほかならないことを。


 誰かが体を揺さぶっている。


 mazefa:r! mazefa:r!(起きて、起きて!)


 目を開けると、見知った顔がそこにあった。


 jumite zad ju:mzo cu?(悪い夢でも見ていたの?)


 夢、にしては妙にいろいろと相変わらず現実的すぎる。


 mende era ned.(問題ない)

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