10 alg(アルグ)
二。二つ。二倍。二個。二体。
そういえばセルナーダ語には一番、二番といった序数詞はあるが助数詞はないことに気づいた。
助数詞とは、物を数えるときに後ろにつく言葉のことだ。
たとえば日本語にはかなり大量の助数詞が存在する。
人を数える時ならば、一人、二人と後ろに「人」をつける。
動物ならば一匹、二匹、あるいは一頭、二頭であり、魚なら一尾、二尾、皿ならば一枚、二枚、などなど、きわめて多様だ。
それに対し、印欧語などには助数詞はほとんど存在しない。
セルナーダ語という言語は、どうにも奇妙な言語だ。
地球のさまざまな言語の特徴が混じっているようでもありながら、そのどれとも異なっている。
言語学者ならこの言語をどのように分類するのかは少し興味深いところだったが、今はそれよりも先に考えることがある。
dewd。
こういうときは、逆転の発想が必要になるかもしれない。
dewにもし関係しているとしたら、逆に「二分の一」を意味するかもしれないのだ。
だとすれば「二分の一のalg」ということになるが、なんだかこれもよくわからない。
半分のアルグ。
あっ、と勝手に低い声が漏れた。
これと似たような表現を、知っている。
半エルフ。
思い出した。
昔、地球にいた頃、映画で見たことがある。
異世界を舞台にした剣や魔法のファンタジー大作だ。
あまり興味のあるジャンルではなかったが、試しに見て、はまってしまった。
映画そのものがよくできていたというのもあるが、原作の小説があると知り、本屋で全巻、すべて買いそろえた。
映画ですでにストーリーを知っていたが、読むとそれでも面白かった。
その小説について調べているうちに、作者が故人ではあるがイギリスの著名な大学の言語学者だったということを知ったのだ。
呆れたことにこの作者は、自分の趣味としてエルフという種族の言語を作り、さらにその言語が使われている架空の世界までわざわざ作り上げたのだという。
正気の沙汰ではない。
しかし、言語学という学問の世界に興味をもつきっかけにはなった。
言語学の勉強と同時に、実際にその言語を本やネットで調べたりもした。
なぜ、いままで忘れていたのか、不思議なほどだ。
しかしこの世界は、例の小説よりも、なんというか生々しい。
小説の世界だと、もっと勇壮で高貴な戦士たちや偉大な魔法使いが、なかば神話的な活躍を見せたのである。
それはともかくとして、半エルフという存在が作中に登場してくる。
彼らは高貴で無限の寿命を持つエルフと、人間の間に生まれたものたちだ。
半エルフは自らをエルフとして生きるか、人間として生きるか、選択する権利を持つ。
エルフとしての道を選んだものはエルフと同様、戦いなどで殺されたりしない限りは果てしなく生きる。
一方、人間としての生を選んだ者は、一般の人間よりは遥かに長命とはいえ、いずれ死ぬ定めにある。
あるいは、半algというのも、そうした存在かもしれない。
考えてみれば、口に生えたこの牙こそがその象徴のようなものなのではないか。
モルグズ。
この名を自ら選び取ったとき、そういえばヴァルサはどこかでこちらを恐れていなかっただろうか。
ただの妄想、あるいは勘違いであってほしい。
だが、悪い予感に限ってよくあたるものだ。
自分は地球から、この異世界にある意味では転生してきたようなものだろう。
しかしこの世界の「人間」ではなく、半algとして生まれ変わったのだとしたら。
そしてヴァルサがあれだけ動揺していたということは、dewdalg、半algとは相当に危険な存在なのではないか。
おかしい。
この矛盾は看過できない。
もし半algがそういった存在であれば、なぜヴァルサはあそこまで献身的にこちらの身の回りの世話をしてくれたのだろう。
そもそも「この体」は、自分の魂が宿る前は、どこでなにをしていたのだ?
まさかとは思うが、ヴァルサともなんらかの形で血がつながっている、ということはありえないだろうか。
たとえば、実の兄妹という可能性すらある。
ならばそれで説明がつく気がするが、どこかで違和感があった。
ヴァルサが半algとはとても思えなかったからだ。
いや、ヴァルサは純粋な人間かもしれない。
異父兄妹ということも考えられる。
まず、人間の母親がalgと子をなして、この体の持ち主が生まれた。
それから別の人間の男とつくった娘が、ヴァルサなのだとしたら筋は通る。
ただまだなにかがおかしいという気はする。
これは直感としか言いようがないのだが、ヴァルサと血がつながっている気がまったくしないのだ。
それは心のどこかで彼女を異性として感じているせいもあるだろう。
近親者には本能的に性欲めいたものは抱かないのではないだろうか。
もっとも、ここは異世界である。
兄妹どうしの結婚など当たり前、という可能性もある。
地球でも、古代エジプトのファラオのように近親婚がある程度、行われていたことがあるのだ。
そこまで考え、より本質的な問題にやっと気づいた。
もし自分が半algだとすれば、algという種族は「人間と交配できる」ことになる。
つまり、遺伝的にかなり近いはずだ。
最近の研究ではホモ・サピエンスは他の人類、たとえばネアンデルタール人、あるいはデニソワ人などとも交雑した子孫である、という説が人類学では一般的になりつつある。
いわばこの世界におけるネアンデルタール人が、algかもしれない。
ネアンデルタール人は現生人類より遥かに腕力が強かったらしいが、結局は同化されていまでは種として残っていない。
しかしこの世界では、algはまだ絶滅していないのだとすれば……。
仮定につぐ仮定で、そもそも半algなどというものが存在しないかもしれないのに、考えが先走りすぎだ、と自分を戒めた。
これはただの勘違いであって欲しい。
アーガロスの首筋に平然と噛みついて殺してしまったのが、半algの習性と無関係とはどうしても思えなかったのだ。
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