65-8 栞のバレンタイン

 

「はい! それでは参加者の皆はバレンタインをこの箱に入れてください」

 会長は大きな段ボールを机に置くと、1番と書かれた札をオシャレな紙袋に付けて、最初に段ボールの中に入れた。


「ルールは前に言った通り、匿名にする為各自用意しておいた番号の付いた札を付けて段ボールの中に入れてね」

 会長はそう言って段ボールの前から離れると、皆次々と入れていく。


 うーーん……なんかくれてやる感が強いというか……。

 段ボールに入れられていく俺のバレンタインにがっかりしてしまう……普通に欲しかった……。


 しかし……なんだろうこの雰囲気、所詮遊びの一貫だと思っていたのに。

 栞の雰囲気が、何か戦闘モードの様な雰囲気に俺はただ事では無いと感じていた。


 旅行先の調査に行く……会長はそう言っていた。

 俺が他の女子となんてあり得ない。

 いくら生徒会とはいえ、学校側が認めるわけがない。


 これには何か裏がある。

 栞の様子がそれを証明している。


◈◈◈



「結果発表~~~パフパフ」

 ちなみに司会は会長、パフパフは口で言ってる……会長……。


 別室にて匿名男子9人と俺が投票をした……って言うか……なんなんだこれは?

 別室にて机の上に並べられたチョコレートを一人一人が部屋に入り、確認、一番気に入った物を選んで投票するという事……だったんだけど……。


「結果は、栞さん3票、雫さん6票、そして裕君は棄権しました」


「……わ、私が!」

 会長からの結果を聞き雫が驚く。


「棄権? 裕?」

「お、お兄ちゃん?」

 栞と美智瑠が俺に向かってそう言う……てか、わかるだろ? あんな事したんだから……。


「いや……だって……」


「まあまあ、これでわかったんだから良いじゃない…………雫さん……貴女が……スパイですね」

 さっきまでの高いテンションから一転、会長は雫を見つめながらそう言った。


「え?」

 

「とぼけても駄目よ……」


「……どうして、私が……」

 そう言いつつも雫の顔がみるみる青ざめていく……。


「じゃあ、なぜ同じチ○ルチョコレートで貴女にだけ票が片寄ったのかしら?」


「同じって……そんな! 引っかけたのね?」


「ごめんなさい……でも茜さんが来ちゃったから」


「茜? 会長?」

 茜? 一体何がどうなっているのやら……俺はとりあえず棄権しろと言われただけなので、全く状況が理解出来ていない。


「お兄ちゃん……茜さんは元副会長……市川瑞希の妹よ」


「……は? はあああ?!」


「ふん! 母親は別だけどね」

 茜はめんどくさそうにそう言う。ちょっと待て、どういう事なんだ? 久しぶり過ぎて事態が全く飲み込めない。


「いや、それよりも……雫がスパイって」

 茜が妹なら茜が瑞希のスパイなんじゃ? だって雫は俺の幼なじみ……の筈……。

 俺は雫を見つめるといつも気弱だった雫が突然豹変した。


「……バレちゃったら仕方ないか……ごめんねアンちゃん、そういう事なんだ」


「そういうって」


「仕方ないじゃない、お姉ちゃんの為なんだから」


「お姉ちゃんの為?」


「そうよ、お姉ちゃんの奨学金の為に、アンちゃんに近付いたの、瑞希様に頼まれてね」

 

「……やっぱり……おかしいと思った……同じ学校にいたのに、元副会長が居なくなってすぐここに来た……生徒会での最初のイベント、学園祭の時……」

 栞が残念そうにそう言った。そもそも栞が今まで気が付かなかったなんて……それくらい雫の演技は全く違和感を感じ無かった。


「もう少しだったのになあ、アンちゃんの子供を身籠れば、お姉ちゃんと一緒に海外のどこにでも住まわせてくれるって……残念」


「な!」

 そうか、それでこのようなタイミングなのか……。

 これで優勝すれば俺との旅行……そこで雫は……マジか……。


「あーーあ、全部終わっちゃった……」

 雫はそう言うと悪びれもなく両手を上げ背伸びをした。


「澪さんは知ってるの?」

 栞は表情を変えず淡々と雫に聞く。


「知ってるわけ無いでしょ? お姉ちゃんは私にはさせないって、アンちゃんの子供をどうにかしようって思ってたくらいだもん、だから少し焦っちゃった。お姉ちゃんは私の本性も知らない……ずっと昔と同じだって、子供の頃の私と同じだって思ってる……私はずっとお姉ちゃんを騙してる……だからアンちゃん達を騙すなんて簡単……」

 そこで初めて雫の表情が変わった、悲しそうな、哀しそうなそんな表情に……。

 

「とりあえず……雫さん……貴女を、生徒会書記から解任します、ここから出てください」


「──あははは、何を今さらって言うか、まあそれが会長の仕事よね、まあお姉ちゃんの奨学金はもう貰ったから当初の目的は果たしたし、もうここに用は無いわ、バイバイ、アンちゃん、栞……ちゃん」


 雫は満面の笑みで、今まで見た事無い表情で生徒会室から出ていった。

 すっきりした表情で……ずっと辛かったのだろう……俺を俺達を騙してこの場にいた事を……。


 俺はそう思う事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る