karma18 特別混成チーム

「訓練中失礼します。緊急の用件で……」


 訓練制御室の技術士の声はにわかに焦りの色が滲んでいる。


「どうした?」


 生島は早々に用件を聞き出そうとする。


「愛媛と福岡に出現したブリーチャー群ですが、愛媛に現れたブリーチャーは陽動だったらしく、一気に福岡へ大規模なブリーチャー群が陸へなだれ込んできてしまい、福岡で対処している防雷撃装甲部隊over6だけでは対処できないとのことで、防雷撃装甲部隊over7の出動要請がありまして」


「今日の緊急シフトは防雷撃装甲部隊over5と聞いてるが?」


 川合雪は何かよからぬことが起こっているんじゃないかと察しつつ、確認を含め尋ねる。


「え、ええ、それでも足りないほど、多くの群勢のようで、やむを得ず緊急招集を」


「こうなった以上、やるしかないようですね……」


 羽地は苦い表情をしながら無理やり自身を納得させる。


「司令官には了解したと伝えてくれ」


「了解」


 訓練制御室との通信が途切れる。

 生島は剣身を消し、腰にライトブレードの柄を戻す。


「そういうことだ。訓練は終了する」


 新人隊員たちは呆然ぼうぜんとしてしまう。少し拍子抜けでもあり、安心したような気分だ。そんな新人隊員たちを気に留める素振りもなく、生島は出動の調整を進めている。


「古澤、行けるか?」


「ご心配なく、まだやれますよ」


「そうか。みんな行けるか?」


「わたしもまだ行けるよ~!」


「自分も問題ありません」


 栗畑と板茂もやる気満々だった。


 戸惑う攻電即撃部隊everの新人たちだったが、氷見野だけ浮かない表情が貼りついている。


「福岡……」


 氷見野の頭によぎった顔。みすぼらしい部屋で共に過ごしたあの日、彼女とは結局会えずじまいで別れてしまった。

 こんな苦難の時代に夢を追うことを選んで、基地を出た中島時雨なかしましぐれは、福岡に行くと言っていた。背中に嫌な汗を感じるが、管轄外の自分が出る幕ではない。それに防雷撃装甲部隊overを始め、多くの人が必死に守ってくれているはず。信じて待つくらいしかできない。

 特別訓練室にいる機体スーツのシールドモニターが受信アイコンを表記する。


「たびたびすみません」


「司令室からで、早急に救出しなければならない民間人がおり、こちらで数人出してくれとの要請がありますが……」


 生島の表情が曇る。


「難しいな……」


「はい……」


 重々しい表情と声から察し、新人隊員はすでに西防衛軍の置かれている状況に興味を示していた。


「横からすみませんが、どうされたんですか?」


 藍川はおずおずと伺う。

 稲坂は重い口を開く。


機体スーツにシステムエラーが頻発してた時期があって、数部隊が機能できない状況に陥ったことがあったの。早急に改善してるんだけど、すべて解決できたのが1ヶ月前。それ以前は、不具合がある機体スーツで戦いを強いられた」


 低い男性の声が淡々と鼓膜を揺らしてつないだ。


「万全ではないから部隊を出動できませんでしたじゃ、俺たち日本特殊防衛軍は存在理由をなくす。それでも戦うしか選択肢はなかった。運よく死人は出なかったが、続々と負傷者が出てな。実質壊滅さ。復帰には時間がかかる。西防衛軍基地に住む防雷撃装甲部隊overの隊員OBに依頼したり、特別採用による新人起用によって人員を確保してるが、うまく回っているとは言えないな」


 深刻な表情で語る板茂の話に、他人事と感じない説得力があった。


「現状、残りの部隊でどうにか回してる。まともな休日があったのは2週間前だ」


 川合は新人に元気もない声色で神妙に答える。


「お話聞いちゃった~」


 場にそぐわぬ陽気な声がARヘルメットのスピーカーに流れる。


「藤林……」


 川合は眉間に皺を寄せる。


「ふっふーん。こういう時は僕たちを頼ったら?」


「西防衛軍基地の護衛区域に攻電即撃部隊everの出動を要請しろって? んな面倒なこと、上が許さねえぞ藤林の兄さんよ」


 羽地は気だるく反論する。


「特防法第24条第3項、緊急を要する事態において、1項で定められた護衛区画の範囲によらず、隊員は司令官の命令なく、日本の領土、かつ国民を守衛することが支持される」


 澄み渡る凛とした声が成文を読み起こす。


「そういうことだよ。さすが咲耶ちゃん」


「だとしても難しいだろ。いきなり東防衛軍に、人員が足りないからこっちに回せってのは。あんたらの管轄も余裕があるわけじゃないんだろ?」


 古澤は遠くから参加しながら、川合たちのところへ向かっていた。


「ん? 何か勘違いしてないか?」


 防雷撃装甲部隊over攻電即撃部隊everは疑問が移ろうばかり。


「いるじゃないか、攻電即撃部隊everならここに」


「まさかお前、この新人たちを連れて行けと?」


 川合は藤林の意図を察しながら、まだ疑念を持たずにいられなかった。

 だが藤林は生島から受け取っていたマイクイヤホンに微笑を零す。


「それ以外にないでしょ」


「はぁ、またあの人は……」


 板茂はぐうの音の代わりに独り言をぼやく。


「今日の彼らは研修のため部隊から一時離れている。つまり、現在の彼らは東防衛軍の警護の任から外れているのさ」


「そんな屁理屈が通る相手かよ。少なくとも防衛省のお偉いさんや外野がうるせえぞ」


 羽地は藤林の奇策による後始末を懸念する。


「でも、これで成果を上げれば部隊の株は上がるでしょ?」


「そりゃそうだが……」


 訓練制御室の技術士たちは混線する話に事態の成り行きを聞きながら戸惑っている。それは攻電即撃部隊everの隊員たちも例外ではない。


「な、なんか……」


 琴海は勝手に話が進んでいく状況に困惑しっぱなしだった。


「おいおい、こんな展開ありかよ」


 志部は疲弊の混じった愚痴を零す。

 隊員は固唾を呑んで見守っていた。その視線は一様に生島の下へ向かっている。そして薄く口を開いた。


「どうなっても知らないからな」


「裏方仕事は任せてよ。表舞台は新星に預けるから」


 キリッとした瞳が固く意志を宿す。


「制御室」


「は、はい」


「司令室へ伝達を。防雷撃装甲部隊over7、攻電即撃部隊ever隊員8名を加えた特別編成部隊で任務に向かうと」


「了解しました」


 訓練制御室との通信が切れ、生島は場にいる隊員たちを見渡す。


「今立っている攻電即撃部隊everの隊員共、まだ動けるか?」


「ああ」


 狩野は縦に首を振る。

 桶崎も黙して頷く。特別訓練で生き残った攻電即撃部隊everの隊員8名、すでに覚悟を決めていた。


防雷撃装甲部隊over7特別混成チーム、ただちに出動用機体スーツをセットアップし、現場へ急行する」


 生島の指示を受け、各自行動を開始した。

 思わぬ状況の変化も呑み込み、攻電即撃部隊everの新人はすぐに思考を切り替え、機体スーツを着替え直す。


 流星ジェットに乗り込んだ青の機体スーツと白と紫の機体スーツは、アルカリイオン水を飲んだり、事前に乗せていた軽食を食べたりと、訓練の疲れを取って到着まで待っていた。

 氷見野も不安を募らせながら、小さな窓の外へ視線を移す。白い雲の上へ出た流星ジェットからの景色を眺める氷見野は、頭に浮かぶ予感が取り越し苦労で終わってほしいと願い、拳を握る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る