karma13 町を救った傭兵

 観覧室の窓は隊員たちが戦っているエリアを映している。大きな窓を区切って画面が分割されていた。隊員が戦闘を繰り広げている各エリアのライブ映像は、音を消して映像のみを届けている。そうしなければ、観覧室にいる人々の耳がどうかなってしまう。

 観覧室でキャンプに持ち寄る小さな椅子に座っていた4人は、お茶会に洒落しゃれ込んでいた。


「うーん、ジャスミンティーが出てくるとはね」


 藤林隊長は香りを楽しみながら温かいジャスミンティーをすする。


「いいんですかね? こんなゆっくりしてて」


 四海は眉をハの字にして微笑する。


「ん? どういうこと?」


 藤林隊長は首をかしげる。


「あ、いやぁ、みんなが訓練中に僕らはゆっくりしてていいのかなって」


「私たちの訓練の時も、ゆっくりしながらモニター観てる時間はあるでしょ。そんなに気を使う必要ないと思うけど?」


 いずなはどっしりと深く座ってモニターに視線を向けている。


「そうだよー四海君。おうちにいるような感覚でいていいんだよ」


「私はそこまで言ってない」


「えぇ……」


 いずなに反論され、藤林隊長は喉に何かつっかえたように眉尻を下げる。


「それより、容赦ないですね防雷撃装甲部隊overは。もうちょっと手加減してあげればいいのにって思っちゃいますよ」


 四海は手こずっている新人隊員たちに苦笑いを浮かべる。


「彼女たちの力を引き出すためには必要なことよ」


 生島は淡々と答える。


「咲耶ちゃんって意外とスパルタだよねぇ」


「あなたはもう少し緊張感のある隊長になったらいいんじゃない?」


「ええ? 僕だってたまにはちゃんと隊長やってるよ」


の自覚があってホッとしたわ」


「僕には一層スパルタだね……」


 げんなりする藤林をよそに四海は笑いをたたえている。


「そののおかげで、誰かが救われてる部分もあるんだから、落ち込むこともないでしょ」


「あれ?」


 藤林隊長は戸惑いながら生島隊長を見つめる。生島は無表情のまま、モニターにその透明感のある瞳を向ける。

 観覧室は会話をするところではない。したがって、静かに視聴していることも多い場所だ。だがこの空気に違和感を持たない者はいなかった。

 生島の目が細くなり、視線が藤林に流れる。


攻電即撃部隊ever4で隊長をやってる自分に自信を持ってもいいんじゃない?」


 生島の頬が少し赤らんでいるように見えた。


「もしかして、感謝してる?」


 生島は盛大なため息をつく。


「そういうところさえなければ、もっと尊敬してくれる人は増えるのに……」


「え? ななんて?」


 隣同士と藤林と生島は50センチくらい離れて座っている。あまりに小さな声のせいで藤林には届かなかった。


「なんでもないわ」


 生島は思い出に浸る頭を捨て去り、今を映すモニターに意識を向け直す。


「私たちが新人の頃もひどいものだったけど、彼女たちの比じゃなくなるかもしれない」


 生島の言葉を発端にして、3人の頭の中で埃を被った記憶がかすかによぎり、苦汁くじゅうが舌を痺れさせる。


「まだ経験が浅いから実力不足は否めないけど、思ったより耐えてる。瞬時の判断と連携の取り方、この辺はあらかた押さえられてる。あとは時間をかけて洗練されていくはずよ」


「お誉めの言葉を授かったと皆の衆にお伝えしておくよ」


 生島はうやうやしくからかってくる藤林に若干の苛立ちを覚える。


「いずな」


「うん。あとでみっちりしごいとく」


「今、物騒なやり取りが交わされたよね?」


「真剣に聞かないあなたが悪い」


「ま、まあ、ひとまず安心しましたよ。ちゃんと隊員としてやっていけるスキルが身についてるってわかって」


 四海は苦笑を浮かべて場を収めようとする。


「突出した経験者がいるのは大きいだろうね」


 藤林がやっと真面目に会話する。


「桶崎謙志ですか?」


「ああ」


「経験者って?」


 生島は前のめりになって問いかける。


「金城から聞いた話でね。ここに入る前、彼は傭兵をしていたんだ。政権が安定している国は、自国に防衛網を敷きやすいが、不安定な情勢だとそうもいかない。メキシコの傭兵斡旋組織から隣国のグアテマラに派遣された桶崎は、政府軍と治安活動を行っていたそうだ。ブリーチャーへの警護と反政府組織の粛清、犯罪の取り締まり。やることは多岐に渡っていた」


「グアテマラ政府が招集したの?」


 興味をそそられたいずなも疑問を投げた。


「7年前のグアテマラは、武器密輸に関与している組織とグルなんじゃないかと疑われていた。そのせいで他国とバチバチやって、外交関係は冷え切っていたからな。数少ない協力関係にあるメキシコ政府の便宜で、金で動く企業しか頼るところがなかったんだろう」


「グアテマラの国防は中米の中でもかなり強靭きょうじんなはずじゃなかったの?」


 生島はいぶかしげに問う。


「僕もそう聞いていたけど、実情は違ったようだ」


 藤林は不敵に微笑む。


「グアテマラの兵員が反政府勢力に流れたんだ。ブリーチャーの対抗策も整っていたからね。ブリーチャーによる被害もほとんどなかったのもあって、国内の問題に目を向け始めたんだろう。先行きの見えない国の未来を憂い、政府に貧困問題と公平な勉学の機会を求めた運動、青い革命運動。マヤの伝統衣装に使われる生地を象徴として掲げられた平和的行進は、グアテマラ市の大通りを埋め尽くした」


 藤林は厳しい顔つきになって陰る。


「当初は平和的なデモのはずだった。だが、一部の国民が政府の転覆を狙って、デモを利用したクーデターを起こしたんだ」


「デモを利用するって、どういうことですか?」


 四海は激しい閃光が赫々かくかくとするモニターを気にする素振りもなく、藤林の話に聞き入っている。


「報道ではデモの参加者の一部が暴徒化した程度にしか扱われていない。実際は反政府組織がデモの参加者に紛れて議会を襲撃しようとしたんだ。当然、政府は反政府勢力の仕業だと疑った。だがデモ参加者と反政府勢力の見分けなんてつきようがない。青い生地をぶら下げていれば、デモの参加者のように振る舞うことができるからな」


「暴力行為をすれば反政府勢力とみなすとか?」


 生島はジャスミンティーをすすり、単調に述べる。


「あれ、知ってたの?」


「推測したまでよ」


「さすがですね」


 四海が微笑しながら生島を称賛する。


「政府はそう警告したんだ。デモの参加者が紛れていた反政府組織の暴力行為に感化され、暴力行為に及ぶ事例も出ていたからね」


「デモに参加する人は同じ意志を持った仲間だと思い込んでしまう」


 いずなは重々しく独り言を呟く。


「ブリーチャーへの防衛も怠るわけにもいかない。多くの問題を抱えた政府は人手が必要だった。派遣された傭兵はグアテマラ全土に散らばり、一般国民に被害が及ばぬよう治安の回復に努めた」


 藤林はジャスミンティーで口を湿らせ、話を続ける。


「どこから入手したのか知らないけど、反政府組織は武装して軍に対抗した。だが軍の誇る武力の前には、遠く及ばなかったようだ。反政府組織の衰退は時間の問題だった。デモも長くは続けられない。圧倒的な人員と力によって、制圧されようとしていた。そんな時に、ブリーチャーの群集がグアテマラの北東から乗り込んできたんだ」


 藤林たちには想像に容易い。ブリーチャーが陸へ上がってくる勢いは津波のごとく。特に旧態のブリーチャーは、マグロよりも速く泳げる。この優れた泳力で、海や川から上陸してくる。それを受け止める前線にいた者は、悪夢を見たかのように形容する。

 死に物狂いで生きながらえたとしても、心に傷を負って復帰できない状態を長く過ごしている者もいる。


「近くの町が被害に遭った。ブリーチャーたちが町を壊し、人を喰らう。警護していた軍だけじゃない。一部の住民も、反政府組織に協力していた者も、抗戦した」


 四海はモニターに視線を移す。目の前に広がる映像。光と黒煙が空気をむさぼり、息も詰まりそうな高速のいくさまたたく間に移り変わっていく。

 藤林の瞳もモニターに注がれ、陰浸かげひたる口調が紡がれる。


「ブリーチャーたちの進化はすさまじかった。片やブリーチャーたちに対抗する国民は、有効な武器を持っていなかった。劣勢を強いられる現状を踏まえ、政府軍は一時撤退するしかなかった」


「町を捨てたのね」


 藤林は生島の言葉に頷く。


「態勢を整えるため、退く以外に選択肢がなかった。混乱の最中だ。まだ取り残された町民も多くいた。それでも戦おうとする者もいた。傭兵だった桶崎たちさ。軍の命令を無視して、町と人を守るためだけに戦い、あの惨劇から生き残った」


 すると、藤林の表情が柔らかい笑みを見せた。


「地獄のような日々が終わりを迎えた。町は壊滅的な状況だ。グアテマラの地下遺跡に避難していた町民、傭兵、撤退し遅れた兵員、全482名が保護された。町民は傭兵たちに感謝の意を込め、町のシンボルである大樹のそばに壁画が造られた。どんな逆境にも立ち向かう強さと民族の誇りを忘れないためにね」


 藤林の左手首につけられたガムレシーバーが緑に光る。


「お、悪いけど、おかみがお呼びだから席を離すよ」


 そう言って藤林が観覧室を出ていく。

 しんみりとした空気に息を落とす生島。いずなはにわかに感じる熱い空気を察し、隣に視線を向ける。


「涙もろい」


「い、いや……普段から涙もろいわけじゃないから」


 四海は涙を拭い、鼻をすする。


「きっと、まともな支援物資もなかったでしょうね。そんな渦中で戦うことが、どれほど苦しいものだったか……。生気を尽くして戦う者たちにしか分からない」


 生島の表情はいつだって凛としている。だが微細な表情と零れる言葉に、生島の感情は香りを纏っていた。いずなはまじまじと生島の顔をうかがっている。


「それだけの戦禍を経験しているとはいえ、桶崎謙志の動きは私たちも学べるものがある」


「そうね」


「あとは、氷見野優だけね」


 生島は分割して表示するモニターの端へ瞳をやる。

 氷見野たちが戦っているエリアを映す画面は、遠巻きに機体スーツたちを捉えている。デザインの異なった2つの機体スーツは、ひたすら激闘を交わし、損傷しながらもあらがい続けていた。


「氷見野優の女王クイーンの力は私以上になる。いえ……トップクラスの力を誇る可能性を秘めている」


「咲耶以上? それって……」


「真の女王クイーンが誕生すれば、新世界をひらけるかもしれない」


 生島の拳は固く握られ、鋭い瞳になっていく。


「氷見野優……。なぜあなたが、そんな力を持っているの?」


 四海は生島の様子に呆然ぼうぜんとしていた。いずなもいぶかしげにつぐんでいる。

 生島は画面を睨みつけるように一点に注いでいる。画面上ではどの機体スーツが誰かは分からない。しかし生島には、どの機体スーツが氷見野優のものか分かるみたいだった。1つの機体スーツ射竦いすくめていた。

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