karma22 光体の獣を飼う戦士

 爆風が過ぎ去った地に朝日の光が降り注ぐ。禍々しい光を放つ魔炎が轟々とうめいている。地に下ろした炎は、もはや何を燃やしているのか分からない。ただ成せるままに燃え続ける。

 雲陰る長い時間が嘘のように過ぎ去った朝は、意味もなく燃える炎が吐き出す黒煙に侵されていく。その黒煙が戦いの幕引きを告げるエンドロールにと、朝日に捧げる祈りのようだった。


 火の粉が宙を舞い、灯火を消して黒い炭になってゆらゆらと地に落ちていく。体にかかる圧迫感が収まり、西松は背けていた顔を後方へ戻した。

 高く伸びる炎の姿が点在する地は、澄みきった空に相反しておぞましさすら覚えると同時に、悲哀が頭の奥で粘りついた液体のように付着していた。

 虚しさが漏らした吐息と共に西松は体を起こし、勝谷をかたわらに抱いて立ち上がる。


 枯らした地面が擦れ合う音。足底が摩擦する音————ではない。もしそうであるなら、背後から聞こえるわけがない。西松はかすかな音を耳にし、恐々と後ろへ視線を向ける。

 火先を激しく揺らす炎。その中に1つの影が浮かび上がる。ドロドロに溶けた皮膚を表出する者は、無心に宿敵へ体を前進させる。黒く焦げている箇所もあるが、どうにか再生しようとする体が気泡みたいにドクドクと細胞を膨らませていた。


 足取りは変わらず、炎の中から帰還した。

 体の頂点にある美しい球体は見る影もない。業火にも耐えた双端剣デュアルヘッドソードは、汚れを付けただけで綺麗な曲刃きょくばを顕在させている。体は形こそゆがみを起こしているが、どうにでもなるといった素振りが、二足歩行の生物の意志を示していた。


 西松は急き立てる反応のままに足を動かした。

 完全体の生物は、炎から生まれたかのように次々と現れる。

 燃焼では生物の機能を完全に停止できない。戦う余力など残っているはずがなかった。

 ほんの少しでも生物たちから離れる。1つの使命だけを頼りにガタがきた体に命令する。


 蓬鮴の強力な爆雷により捕獲対象を失った生物たちは、新たな捕獲対象を見定め闊歩していく。それでも、生物の体に蓄積された総負荷量は走って追いかけるのも拒否したくなる。1体の生物は腕を伸ばし、標的に照準を合わせた。

 西松の視界が激しく揺れ動く。倒れそうになる体をすんでのところでこらえた。足が震える。少しでも気を抜けば倒れそうだった。


 失えないものがある————。

 たとえ死ぬことになったとしても、最後の最期まで戦い続ける。今あるものを守るために。


 西松は歯を食いしばり、再び足を一歩前へ出す。口端から血を零そうとも、歩みを止めることはない。しかし、生物たちの体は歩を進めるごとに再生している。そして、それは戦うための力を残しているということだ。

 斉唱せよ。死の旋律を。

 彼らの牙は何者にも砕けぬ堅牢な意志が宿る。ただひたすら、ためらいもせず、敵を討つ力を行使する。それだけのために生まれたと知る生物は、高貴な主のめいに従い、たった1つの存在意義を顕現するのみである。

 爪の弾丸、大型の両剣。数々の攻勢が一点に向かう。


 滝沢市エリアEの文明的建造物は戦いに巻き込まれ、今や荒れに荒れた地に還りし物であふれている。遠方の地では戦いの余波を受けた建造物が砂ぼこりを被り、すべてがくすんでいる。太陽の光がそれを克明に照らしていた。

 太陽が映し出す物は何も廃墟の装飾物だけではない。視認するには難しい光体は、隕石のように飛来する。

 光の球体は速度を極め、西松たちの背後で急停止する。西松は背後に感じた外部からの電磁的圧力を受け、背中を押されるようにして倒れた。

 光の球体は急速に長い太筋をいつくも生やして、一斉攻撃を防ぐ。盾になった光の球体が攻撃を受け止めた時、擦り切れた音を喚き散らして、飛ぶ斬撃を破壊し、爪の弾丸を粉砕した。


 生物たちは横から割り込んできた光の球体に進行を止める。西松はまだ息のできる自身に驚きつつも、周囲を見回す。すると、視界に飛び込んできたのは青い筋だった。横に伸びる太い筋はブラインドのように西松の両側をさえぎっている。

 一瞬、電磁剣のたぐいかとも思ったが、それにしては多過ぎた。剣らしい尖端はなく、丸い形状を表している。尖端から逆に辿ると、そこには大きな球体が浮かんでいた。

 西松は面食らってしまう。仮想光物質歩兵部隊VLMCとも似つかない爽やかな青を灯す球体は、時折電気的ノイズを鳴らしながら直径1メートルの大きさを誇示して浮遊していたのだ。


「わりぃなー。こっちも色々大変でさぁ。ちっとばかし遅れちまった」


 攻電即撃部隊ever5の隊員ではない声。シールドモニターは正しく表示してくれない。光の球体が伸ばす青い光の触手の隙間から覗くと、人影が1つ。機体スーツを纏う者は、荒廃する地を五体満足で踏み鳴らす。

 物騒な電磁剣を携え、金城箕六かねしろみろく隊長は悠々と西松たちに近づいていく。


「金城隊長……」


 金城隊長は宙に浮かぶ球体の横に立つと、右手の指を曲げる。球体の光は青い電気の触手をしまい、綺麗な球体に戻る。


「よく生きてたな。あとは俺たちが引き受けるから安心しろ」


 金城隊長の優しい言葉が西松の耳に届いた瞬間、西松の体が突然軽くなった。

 意識を失っている勝谷も西松の手から離れていく。西松は何が起こっているのか分からない。見えない何かが西松と勝谷の体を支えているようだった。西松の戸惑いを見透かしたようにARヘルメットが通信を受ける。


強硬武装部隊HAUだ。1人でよく頑張った。俺たちが運んでやるから身を預けてくれ」


 音声翻訳システムに干渉された言葉が西松の尽力を称賛し、力強く安全を約束した。


 在日米軍の強硬武装部隊HAU。光学迷彩の機能を持たせた特殊防着とARヘルメットを着けた特殊急襲部隊。

 本来、強硬武装部隊HAUは初動防戦部隊や特殊機動隊だけでは対処が難しいブリーチャー属の対処が主な任務であるため、攻電即撃部隊everが到着した時点で出動を要請されることはなかった。

 仮に出動要請がなされた後で日本のウォーリア部隊が到着した場合、民間人の逃げ遅れの救護や被害情報の伝達などのサポートになる。

 任務マニュアルを遵守して解釈するならば西松たちは民間人ではないが、青森県の三沢基地から飛び立ったMEX-4D、エリザベートからの情報を解析していた在日米軍本部が、アメリカ国防総省を介さず直接防衛省に掛け合い、協定外の出動任務が実行された。


 全気力を振り絞っていた西松は、ようやく力を抜くことができたこともあり、意識を失った。

 強硬武装部隊HUAは自分たちより背の高い機体スーツを2人で持ち上げ、小型収納された全面シールド板で囲ったストレッチャーを背中から外し、その中に手早く収容した。

 高速運搬用のストレッチャーを中心に3人1組で隊列を作る。後方の2人はストレッチャーのハンドグリップを持ち、先頭の1人はストレッチャーをベルトにつなぎ、固定する。


 傍から見ると、突然出てきた棺桶みたいな箱に機体スーツを来た人間が収納され、棺桶が浮いている摩訶不思議な光景が拝める。

 強硬武装部隊HAUはブーツを変形させると、立位のまま体を浮遊させた。自ずと棺桶も宙に浮く。強硬武装部隊HUAはものの数秒で宙を滑るように戦場から離脱していく。

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