karma21 未来に贈る大輪の花
異様な静けさが辺りを包み込む。夜の陰りにもわずかな光が差した。
蓬鮴は膝を曲げ、地を踏みしめる。赤く濁った爪を携え、一閃の時を駆ける。生物は片足を前に出し、腰を落として構えた。
蓬鮴は敵対する刃に歯向かう。三日月の刃が猛進する蓬鮴に襲いかかる。蓬鮴は左から来る三日月の刃を回避し、右に逸れて赤い爪を突き出した。生物は大きな刃を地面に突き立てる。金属の鈍い叫び声が辺りに響く。鈍色の刃と赤い刃は互いに動きを止めた。
それを機に、蓬鮴と生物の高速の斬り合いが始まった。蓬鮴は生物の足下を動き回り、爪を振り切るも、生物の剣が阻む。5本の爪と両端に刃を持つ武器は、狂ったように異常な速さで太刀筋を描く。
乱舞する刃の隙間を縫って、
しかし蓬鮴もまた無事では済まない。電磁砲による死滅を免れた手は、爪の弾丸を射出していた。多くの弾丸は蓬鮴に向かっている。が、異常な速さで立ち回る状況では、生物も被弾してしまう。まさに肉を切らせて骨を断つ。すべてではないが、蓬鮴は爪の弾丸を電撃で弾ける。
それを分かっていながら、自身がダメージを負うことをいとわない。瞬く間もない速さで再生できるゆえに取れる手段であろう。
2つの激しい攻防が入り乱れる中、外部からの援護は生物の細胞片による攻撃がほとんど。
すでに蓬鮴の頭に助かろうという思いはなかった。いくら被弾しようとも攻撃をやめなかった。また、生物も蓬鮴を逃がすつもりはない。
蓬鮴の
同じく生物も体を傷つけられるが、いくら攻撃を撃ち込もうとも瞬間的な再生では動きを鈍らせる程度にしかならない。武器を奪うにしても、すぐに修復して掴み直し、攻撃に移されてしまう。
黒幕は上がり、空は夜明けを告げる。
その時、爪の刃が宙を舞った。空しく5本の刀身が転がる。爪の刃は少しずつ光を弱め、赤い灯りが消えた。
蓬鮴は膝から崩れ落ちる。蓬鮴のARヘルメットはシールドモニターを失っていた。
蓬鮴は顔をうつむかせて固まっている。生物の細胞すべてが攻撃を停止していた。抵抗しない標的にこれ以上の攻撃は不要だと、意思を示し合わせているようだ。
蓬鮴と斬り結んだ生物は、戦意を喪失した蓬鮴にゆっくり刃を近づける。刃は蓬鮴の首元で止まった。その光景は斬首刑の執行前に酷似している。それを間近で観覧しようというのか、様々な形の細胞が接近し、取り囲んでいく。
蓬鮴の手がARヘルメットを外す。頭が露わになり、ARヘルメットを
人の忌まわしき過去にならったわけではない。傷を負って戦った祝杯の開始を告げる合図。感慨もひとしおだろう。厳粛な式が執り行われようとしているみたいに、生物たちはその場に
少ない享楽の1つで、この戦いの終わりを同胞に知らしめる。歓喜する姿はない。まだ
蓬鮴は地面に手をつき、あぐらをかいて座る。蓬鮴はわずかな最後の時に思いを馳せる。いざそうなってみると、あまり多くのことは考えないらしい。
思い残すことなんて何一つない。そう言えれば格好がついたが、結局最後までできなかったことが、何よりの後悔となってしまった。
やっぱり湿っぽい話をするのは苦手だと、力ない苦笑が零れる。嫌になるほど自分の弱さが
生物の
そして、笑った。
「くたばれ化け物」
蓬鮴は鎖を左手から引き抜いた。瞬間、朝焼けを塗り潰す光が咲き乱れた。
朝に咲く花は大輪の
敵味方などない。息絶えた隊員を巻き込み、生物の細胞を1つ残らず消滅させんとする火力だった。
西松と勝谷は強い衝撃波を受け、転倒していた。立ち上がることもままならないようでは、身を伏せて耐えるしかない。体を半に
西松は理解せざるを得ない。みんな死んでしまったと。後で周辺を探したところで、骨も残っていないだろう。あまりに残酷だった。
蓬鮴隊長と2人きりで話したあの日。
西松は蓬鮴隊長から命令を受けた。
もし
あの日した打ち合わせを、こんなに早く使う結果となってしまった。そうして思う。蓬鮴隊長は、こうなることを予期していたんじゃないかと。ならば、どうして予期される事態を一緒に回避しようと言ってくれなかったのか。
二度と届かない無念を抱き、目の前まで迫らんとする爆炎の光に瞼を閉じ、顔を背ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます