karma19 絶望を握る右手

 味方の肉を切り刻む結果となっても、悔いるようなことはない。むしろそうなることを踏まえ、放った斬撃だった。勢いは衰えぬまま、空気の刃は巻き添えとなる生物を撃ちながら、西松と勝谷を呑み込もうとする。

 災難は重なって起こると、一度地獄を見ている西松は知っている。疲労と心身のダメージの蓄積により、思考に陰りがある中、攻撃が立て続けに来ることを予期していた。そして西松の予想通り、無差別の斬撃が翔けてきた。


 西松に考える猶予はない。瞬時の判断により、斬撃をどうにかする必要があった。脚を負傷し、かつ瀕死状態の勝谷がそばにいる状況では、避けることもできない。手段は1つしか用意されていなかった。

 もし勝谷を見捨てたとしても、司令官や他の先輩隊員は西松を責めなかっただろう。だが西松の頭には、勝谷を見捨てるなどはなから選択肢になかった。

 西松の手が大きな斬撃に伸びる。跡形もなく、身がなくなってもおかしくないほどの大きな斬撃だ。

 縦に伸びる斬撃の高さは、優に5メートルはあるだろう。それを片手で受け止めようとする西松の行為は、もはや正気の沙汰ではない。斬撃が西松の右手に触れようとする瞬間、西松の右手から発せられた荒々しい光がさく裂した。


 西松は伸ばした右手にありったけの力を込め、電撃を放出する。それでも、最初の衝撃は西松の骨の芯まで届いた。

 相対する2つの力がせめぎ合う。西松の右手から肩にかけて、まるで骨に釘を穿うがたれているような激しい痛みが次々と襲った。

 受け止めた衝撃波が何者も寄せつけない風圧を伴う。小粒の砂やなんの破片かも分からない鉄くずなど、風に乗って行き先も知らず飛ばされていく。


 西松は体が投げ出されそうになるのを耐えようと、地面に左手をついた。

シールドモニターにはヒビが入り、突き出した機体スーツの右手はいくつもの亀裂を作る。


 強烈な斬撃を耐え忍ぶ中で、かの記憶が異様な速度で何度も繰り返し、頭の中に流れていく。過去には戻れない。何度後悔したところで、柴田和希を救うことはできない。あの日も、自分たちの無力さを知り、できることをした。柴田も無力さを知り、わずかな希望に賭けた。

 今だって、蓬鮴隊長と木戸崎も、雲を掴むような、頼りない希望を手繰り寄せるために、自分の身を投げ打つことにしたのだ。


 部隊を守れなかった後悔。己の力のなさが生んだ、見るも耐えがたい光景。一度ならず二度までも……。

 心臓を掻きむしりたくなるくらい、自身の無力さが腹立たしい。

 自身への怒りと胸の奥をえぐる悲しみに比べれば、右の手と腕に伝う痛みなど、大したことはなかった。

 一度目と違うのは、自身が守れる状況にいることだ。何がなんでも、勝谷を守り抜く。この右腕がどうなろうと、蓬鮴隊長や附柴、下田と木戸崎の無念も、すべてこの手に引き取り、必ず2人とも生き残ってみせる————。


「ああ"あ"あ"あああああああああああアアァァ"ア"ア"ア"ア"!!!!!!」


 西松のたけりは、雨も吹き飛ばす斬撃と電撃の叫喚きょうかんには及ばない。だがその次、世界が息を止めたかのような静寂の刹那に一閃した。


 右手は体の外に振られ、擦り切れるような音を響かせていた斬撃と電撃は消え失せた。

 西松は遥か先にいる完全体の生物を睨みつける。武器を持った生物は表情こそないものの、呆気にとられたように見えなくもない。生物は双端剣デュアルヘッドソードを振り切ってそのまま固まっている。


 生物にとって、先の一撃は確実に仕留めるための斬撃であった。ウォーリアでも斬撃を相殺させるのは至難の業だ。その上、片手で斬撃で受け止め粉砕するなんてまず不可能……そう高をくくっていた。

 生物も稀有な力の持ち主であるが、西松もまた、稀有な力を持つ者なのかもしれない。

 何を思ったのか、完全体の生物は睨みつけた西松を無視し、蓬鮴のいる方向へ向かい始めた。他の生物たちも武器を持つ生物にならって、勝谷と西松を無視する。先に木戸崎と蓬鮴を仕留めるのを優先したようだ。


 西松は何がなんだか分からなかったが、難を逃れたみたいだ。すぐに勝谷の体を抱えて起き上がらせた。すると、蚊の鳴くような小さな声が西松の耳に届く。


「……置い……て、け」


 おぼろげな意識の中、勝谷はわずかな気力で訴えた。


 西松は無性に腹立たしい思いに駆られるも、勝谷の腕を首に回し、立ち上がる。


「こういう時だけ弱音を吐くな、バカ野郎が……」


 左足を前に出して地を踏みしめた瞬間、西松の左足が鋭い痛みを発する。西松は歯をギシギシと噛みしめ、震える体を制して歩き出す。一歩、一歩と。左足を庇い、勝谷を引きずるように戦禍の灯火がほのかに照らす先を、ひたすら進んでいく。


「体……言うこと、きかねえ……。こんな死に……ッ! 死にぞこない、なんか……助けてんじゃ……ねぇよ」


 勝谷は朦朧とする意識下で抵抗する意志を主張するも、緊張の糸が切れた体は、もう自身の体とすら感じられなくなっていた。

 それゆえ、みっともない自分にとめどない憤怒の念を抱かずにはいられない。悔しさのあまり涙の1つでも流しそうであったが、全身にまとわりつく強い痛みと機体スーツの重さのせいで、情動も鈍くなっていた。


 そばで力のない勝谷の声を聞いていた西松は、更に勝谷の態度に腸が煮えくり返りそうだった。同時に、何もかも諦めようとする勝谷に目頭を熱くさせていた。

 怒りと悲心ひしんの熱にうなされたかのように、西松の右手が勝谷の首を掴んだ。勝谷の顔面を強引に自分に向かせ、顔を突き合わせる。


「俺たちに戦場で死ぬ権利なんかねえんだよッ!!」


 西松は自分に言い聞かせるように怒鳴った。


「蓬鮴隊長や木戸崎さんが、時間を稼いでくれてる……。2人がどんな思いで、俺たちを退避させようとしてんのか、お前も分かってなきゃいけねえだろうがっ!」


 勝谷の瞳は虚ろだ。かろうじてエラー警告がシールドモニターに確認できるが、克明に滲む、強固な決心が露わになる西松の顔を、勝谷は輪郭すら捉えられない。だが、西松がどんな表情をしているのか、声色で浮かんでくる。虚勢混じりの強気な声は、ふやけた感覚にしっかり届いた。


「今ここで俺たちが倒れたら、誰も救われねえだろ」


 西松は勝谷の首から手を離し、背中に勝谷をもたれさせる。勝谷の右手を引っ張り、勝谷の体をグッと引き寄せる。前を見据え、再び歩き出す。


「絶対死なせねえぞ。簡単に死にやがったら、テメエの死体に唾かけてやるからな」


 勝谷は小学生みたいなことを言う西松に力なく笑みを浮かべた。

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