karma18 今、決する時

 ずいぶんと辺りの生物の数も減った気がしていた蓬鮴は周囲を見渡す。その時、大きな破片の飛沫を目の当たりし、ようやく現状を把握した。

 ウォーリアには電磁的素養が備わっている。戦闘下は特に、ウォーリアが無意識に発する電磁波が強くなる。それを感知することは、長年戦場にいる者であり、かつ機体スーツを着た者でなければ難しいだろう。だが、蓬鮴には感じられた。木戸崎と勝谷から発せられる電磁波が弱くなっていることを。


 それが意味するもの。機体スーツの不具合、生体反応の弱体化。いずれにせよ、2人を当てにして勝機を望むのは、現実的ではなかった。現在まともに戦える隊員は自分を含め、西松だけだ。

 ……現実になってしまった。奴が預言したことが。そう悟るに充分な状況であった。


 西松は武器を持たない完全体の生物を相手に3体を殺す。それでも、再生能力に限界はないと言わんばかりに、生物たちの数はまだ安心できるような数じゃなかった。

 西松も勝谷と木戸崎の危機を感じていた。次こそ救おうと奮い立つが、敵も西松を危険視している。どんな形であれ、何が何でも阻もうとする生物の行為に込められていた。


 西松の中で焦りが募っていく。疲れも蓄積している中で、これ以上気力でどうにかできそうになかった。

 その最中、西松を包囲する生物たちの一部が、月光のような明滅する光にあてられ、体を破裂させた。西松が戸惑いながら残る生物や細胞片を駆逐していると、機体スーツが眼前に入ってきた。

 金棒バットのような武器を持つ機体スーツは、生物たちを殴り倒していく。西松が相手にしていた生物さえも、電撃を放って牽制けんせいした。それはまるで自分に攻撃の対象を移させようとしているみたいだった。すると、通信の応答を急かす文字がシールドモニターに表示される。

 西松は通信をつなぎ、背後から襲ってきた生物の手を避ける。


「西松」


 蓬鮴隊長だった。どこか生気のない声が、西松に一抹の不安を与える。


「どうしました?」


 西松は細かな動きで生物たちを翻弄していく。


「勝谷はもう戦えない……。分かるな?」


 西松の心臓が跳ね上がる。カラオケボックスでのこと。蓬鮴と2人きりで、話したあの夜、をした。


 ————もし、任務中に部隊が壊滅的な状況に陥った場合、勝谷を連れて逃げろ。


 西松は本気に取っていなかった。あくまで万が一の備えだと、蓬鮴隊長も言っていた。なのに、こんなに早く実行に移される日が来るとは、まったく予想だにしていなかった。

 西松は悔しさをはらんだ表情で銃を乱射する。もどかしく、耐えがたい命令だった。今まで頑張ってきたことが崩れ去っていくようだった。そうなったのも、自分の無力さが遠因であると知っていた。だとしても、悔しくてたまらない。こんな形でしか、役に立てないのか。

 心臓が痛いほど鼓動する。時間は待ってくれない。その状況下で、西松に選択肢はなかった。


「はい……」


 くぐもった声で頷いた

 軋む体の警告を無視して、西松は木戸崎に場を任せて走り出した。手早く武器を変え、入り乱れる猛攻を払い、身を粉にして飛びかかる生物の断片を掻い潜る。

 西松は風を切って淀む戦場を駆けていく。青い線条が空間に残り、暗闇に溶ける。西松のシールドモニターは赤い爪を捉え、一直線に向かう。

 地べたに野垂れる瀕死の勝谷を背にする蓬鮴は、赤い火花を散らして烈火のごとく生物を蹴散らしている。蓬鮴は一筋の光を視界の端に捉え、体を右側に寄せた。空いたスペースに走り込んだ西松が倒れた勝谷を抱える。

 片手に抱えた勝谷を強引に背中に回し、電撃と電磁剣が唸る。生物の体が一瞬の間に断裂した。西松は退路を切り開き、雷鳴を置き去りにして走った。


 一向に空は星空を見せない。未だに雨をもたらす雲を集め、パラパラと耳朶じだを打つ。シールドモニターの表面が雨を弾くが、瞳のガラスは水気を多く含んでいる。

 二度と繰り返したくはなかった。そう誓ったはずだった。

 しかし、現実は甘くはない。桶に溜まった水の中に、顔を沈められたような息苦しさが呼吸を乱す。辛酸しんさんが鼻根に到達したが、西松は涙をこらえる。非力な自身が情けなく、拍動する筋肉に鞭を打っていく。

 不甲斐なさの念が湧き上がり、頭の中をまわっていた。塞ぎ込む心を叱咤しったするように、左足が声なき悲鳴を上げる。


 西松の顔が渋面じゅうめんにゆがむ。左足から力が抜けていく。体が傾き、西松は転倒した。


「ッ……!!」


 じわりと熱を持った機体スーツの左足には、亀裂の1つもない小さな穴が空いていた。脚に伝う温かな液体。見えなくとも、脚から血液が流れているのを感じた。

 西松は自身の足よりも、真っ先に勝谷の方へ視線を向ける。勝谷は地面を舐めるようにうつぶせに倒れ、身じろぎもしない。ひずんだ音が今もどこかで鳴っているはずなのに、雨音と自分の呼吸、砂を被る濡れた地面が擦れる音だけが、耳の奥で反響している。


 無防備な西松と勝谷は格好の的だ。西松は右手に持っていた電磁剣を探す余裕もない。狩りをする者が弱っている獲物を見逃す手はない。

 木戸崎と蓬鮴がすべての生物を相手にしようとしていたが、今日出会ったばかりの生物の生態を知らないに等しいにもかかわらず、戦場を掌握するなど無茶な話だ。

 西松と勝谷を狙う手は、宙で銃口となりける指を構え、一斉に射出した。


 西松は上体を起こし、降りやまぬ雨に逆らうように雄叫びを上げた。その声に応え、西松の内なる血潮から絞り出される、金槌を打つような鋭い電撃が周囲に放たれる。迫る爪の弾丸などものともせず、気高い雷轟らいごうがむごたらしい箱庭を燦爛さんらんと染める。


 滅灯めっとうした後、朽ち果てる地で空気は震えた。

 夜をます一撃は入念に狙いを定める。今や月が雲に隠れる空に、三日月は輝く。鈍色の三日月は朝の訪れをしらせることはない。もっと深い、闇の中。獄門を開く刃となる。

 振り落とされた刃は、神の戦士ウォーリアの電撃に勝る速度で、地を割る斬撃を撃った。

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